第9話後日
「先日16時頃。諸星学園にて女子生徒一名がカッターナイフを片手に暴れる事件が発生し…」
朝食を食べ終えた俺は朝のニュースを見ていた。内容は先日の甘寧の件について。全国放送で大々的に放送されていた。
あれから数日。学校は未だ現場調査のため休校となっている。そのため俺も自宅待機だ。
世間は先日の事件で持ち切り。最近の事情と絡めた憶測やあることないことが書きこまれていたりと、好き勝手されている。クソ女一人の悪事を暴くはずが、まさかここまでの事件になるとは。
「…かなり大事になってるわね」
愛里奈さんが隣に座ってくる。あれからどんなときも不安で不安で仕方がなかったが、彼女の存在に救われた。目の前で人が殺されそうになったのだ。彼女も相当きついだろうに、なんだか申し訳ない。
「まさかこんなことになるなんて、思ってませんでしたね」
「最後まで後味の悪い女ね…透くんを殺そうとするなんて、まったく許せないわ」
「怒るところそこっすか…」
愛里奈さんはかなりご立腹な様子だった。自分のお気にいりを目の前で殺されそうになったのだから、当然と言えば当然か。にしても図太いなこの人は…
「今回の事件であの女の悪事は次々に露呈。飲酒にパパ活、更に被害者男性が何名か名乗りを上げたことで証拠は確定。学園はもちろん退学。こうして見ると、かなりやってくれてるわね…」
「なんか、結局復讐したみたいになっちゃいましたね」
「いいのよ。事件が起こらなかったにせよ、健吾くんの告発でこうなっていたことは確実だもの。それに、あんなやつ野放しにしてたら危険よ」
愛里奈さんの口から出てきた彼の名前に俺は目を伏せた。
健吾くんはあの後病院へ搬送。命に別状は無かったものの、怪我をさせてしまったのは俺にも責任がある。見舞いに行った時には気にしなくて良いと言ってくれたが、俺の心にかかったモヤは晴れることは無かった。
「…その顔、まだ気にしてるのね?」
「…はい。俺が健吾くんに言わないで、自分でなんとかすれば健吾くんも怪我はしなかったんですから…」
「透くんだけの責任じゃないわ。暴れたのはあの女だもの」
「それでも…俺には責任が残ってるんです」
「…透くん」
愛里奈さんの手が固く握った俺の手に添えられる。視線を上げると、優しさに満ち溢れた彼女の表情が目に入ってきた。
「健吾くんは、透くんに元気でいてほしいからあぁ言ったのよ。それが嘘だったにせよ、透くんが落ち込んだままだったら健吾くんが気にするわ。だから、今の透くんの役目は元気になってまた健吾くんに会うことよ。いい?」
「愛里奈さん…」
「私のためにも、ね?」
俺は愛里奈さんの言葉に力強く頷いた。それを見て彼女はまた微笑んだ。ここ数日励まされ続けてきた彼女という存在が心に染みる。警戒はしているものの、俺は彼女を頼りにしていた。
「…よし。これで邪魔な女もいなくなったわけだし、正式に透くんは私のものね…♡」
「おーっとなんか危ない雰囲気ですね…」
先程までの感動的な感情はどこかへすっ飛んでいき、俺の手をがっちりとホールドした愛里奈さんの暗い瞳に焦りを覚える。手を引き抜こうにも思いの外彼女の握力が強く、引き抜くことができない。
「…衝撃的な事件は遠かった二人の距離感を一気に縮めるわ…私と透くんはもう一つも同然なのよ…♡」
「なにわけわからんこと言ってるんですか…!前からそこそこ距離近かったでしょ!」
「ねぇ透くん…今夜はこのまま…」
愛里奈さんに俺の声は届いていない様子だった。既に一種の錯乱状態に陥っている。この人俺のことになると周りが見えなくなるのなんなんだ…!
このままだとこの人一線を越えるつもりだ。彼女と一線を越えてしまったさかいには俺の立場がなくなる…!少なくとも既成事実を作られるような状況は避けなくては。
しかし、彼女の手を振りほどこうにもがっちりとホールドされているため身動きが取れない。彼女に声が届いてる気配は無いし、こうしているうちに彼女の顔面偏差値マックスの顔は近づいてきている。
俺はただ、声を上げるしかなかった。
「っ、愛里奈さんっ!!!」
「…ぁ…」
俺の叫びにようやく反応した愛里奈さんはか細い声を漏らしながら俺の手を離した。彼女の瞳は未だ闇に染まっている。
固まっていた彼女の手は次第に小刻みに震えだした。
「…ぁ…ご、ごめんなさい…わざとじゃないの…」
「え、愛里奈さん…?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「ちょ、ちょっと?そんな怒ってないですよ?おーい?」
「…捨てないで…お願い…透くんから拒絶されたら私、もう行く場所がないの…お願い…」
「…愛里奈さん!」
「ひぇっ…」
「…怒ってないですから、落ち着いてください」
俺の言葉がようやく届いた愛里奈さんは元の様子に戻っていた。先程までの錯乱した様子は無く、瞳ももとに戻っている。愛里奈さんはどこか落ち込んでいるかのようなため息を吐いた。
「はぁ…ごめんなさい。少し取り乱したわ」
「…大丈夫ですか?らしくない様子でしたけど…」
「…えぇ。私には透くんしかいないの。だから、捨てられたらと考えると少し感情が制御できなくなってしまう時があるの。びっくりさせたわよね。ごめんなさい」
愛里奈さんはうつむいてそう答えてくれた。
感情というものは人間は制御できない。ましてや、負の感情なら尚更だ。彼女もその性格ゆえに抑えられないのだろう。自分でも他人でもどうにか出来るものではない。さすれば、俺がすることは一つだった。
俺は愛里奈さんに優しく語りかけた。
「…俺は捨てないですよ。愛里奈さんのこと」
「え…」
「俺はこの数日間、愛里奈さんに助けられました。…最初こそ怪しさ満点でしたけど、失恋で折れそうだった俺が立ち直れたのは間違いなく愛里奈さんのおかげです。俺が捨てるとか決めれる立場じゃないですよ」
「透くん…ありがとう。私も透くんに助けられてばかりね。あの時からずっと」
助けていたつもりは無いが、いつの間にやら俺と愛里奈さんは助け合う関係になっていたらしい。国民的モデルを支えることが出来るなんて、光栄だ。
「…ようやく透くんに恩返しが出来ると思ったのに、迷惑をかけてばかりね…」
「そんなことないですよ。こうやって無事に家にいるのも愛里奈さんが助けてくれたおかげですからね」
先日の事件でも俺は愛里奈さんに助けられた。襲いかかってくる甘寧に愛里奈さんがローキックをぶちかました時は俺も驚いてしまった。あの時助けられてなかったら、俺も今頃は病院送りだろう。
「見事な蹴りでしたけど、なにか護身術でも習ってたんですか?」
「芸能界に入る上でちょっとだけね。でも、大半は独学だったわ。いざという時に透くんを守れなかったら意味が無いもの」
「今回はそれが役に立ったと…」
護身術を独学…?この人そんなことも出来るのか。頭脳明晰、容姿端麗とはよく言われているものだが、ここまでとは…
「…でも、あの時は本当に肝が冷えたわね。まさかカッターナイフを持ち出すなんて…掃除用具に引っかかって出るのが遅れたし」
そうだこの人掃除用具入れの中に隠れてたんだった。変人じゃん…
「…健吾くん、ショックだっただろうなぁ…」
「そうね。裏切られたのだもの…」
きっと健吾くんは心の何処かで否定していたはずだ。甘寧がそんなことをするはずがないと。俺もそうだった。
だから今、彼はかなりのダメージを受けているはず。また学校が再開したら俺が出来る限り励ましてあげよう。それが先に騙された先輩の精一杯だ。
「学校また始まったら、励ましてあげましょう」
「えぇ。私もできる限りは手伝うわ」
「関係はバレないようにしなくちゃ、ですね」
愛里奈さんは俺の言葉に頷いた。
助けてもらうことは悪いことではない。これからも十二分に彼女に頼らせてもらうことにしよう。俺は彼女の手をそっと握った。
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