第26話事情
「はぁ…はぁ…はぁ…」
授業終わりの昼休み。体育の授業を終えた俺の足は自然と学園に設置された自販機へと向かっていた。
今日の授業はバスケットボールで、隣の組とのゲームだった。白熱した試合は激闘の末うちの組の勝利となった。
普段クラスでは目立たない立ち位置の俺には出番は来ないと思っていたのだが、部活での故障が相次ぎまさかの出場となったのだ。お陰でヘトヘトだ。
運動は好きではないが、できない訳では無い。それなりには出来るのだ。だからこそ今回は選ばれてしまったわけだが。当分は運動は控えておこう。
「…うん…大丈夫。ちゃんとやってるよ」
自販機近くまでやってきた俺は先に誰かがいることに気がつく。俺はとっさに物陰に身を隠した。
このまま行って鉢合わせになると少し気まずい。挨拶されても『アッス…』ぐらいしか言うことが無い。必要以上のコミュニケーションは避けたいところだ。先客が早く去ってくれることを願おう。
「うん…そっか、忙しいんだね」
聞き耳を立てていると、先客が誰かと電話していることに気がつく。できれば長電話はやめて欲しいところだ。俺の喉が潤いを求めて限界を迎えようとしている。…でもこの声、どこかで聞き覚えがあるような…?
「あのさ…最近私、髪染めたんだ。その…ごめん。余計な話だったよね」
何やら話がうまく行っていない様子だ。声色からもそれがわかる。どうにも気になってしまった俺は壁から少しだけ顔を出して先客の様子を覗き込んだ。
「…やっぱり」
覗き込んだ先にいたのはやはり芹沢さんだった。…やっぱあの髪って染めてたんだ。
「…あのさ、今度…球技大会があるんだ。だから、その…あっ」
どうやら話している途中で電話が切れたらしい。相手がまだ話している途中だというのに切ってしまうとはとんだ無礼者もいたものだ。
とはいえ、電話は終わったようだ。かけ直す様子もない。とりあえずは芹沢さんが去るのを待つとしよう。
「…はぁ。やっぱりダメか…」
やっべ、こっちに向かって来てる!?どうにかして隠れなければ…
ガタッ
「あ」
「え」
芹沢さんから身を隠そうとした俺は思わず近くのゴミ箱に衝突してしまった。その際にバッチリと芹沢さんと目が合う。なんとも言えない気まずい空気が数秒流れた後、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「…透くん?そこでなにしてるの?」
「えっ、あ、いやー、その…」
「乙女の会話を盗み聞きなんてイケナイんだぞ!」
「…すんません」
「ふぅ…助かった…」
乾いた喉にミネラルウォーターが染み渡る。俺は一気に飲み干したペットボトルをゴミ箱に投げ込んだ。投げたペットボトルは弧を描いてゴミ箱へと吸い込まれる。
「ナイスシュート。さっきまで体育だったの?」
「はい。もう疲れたっすわ…」
今日の時間割は変則的で、男子と女子で時間割が違う。なんか保健の授業で男女に分けられるあれだ。こういうのは小学生までかと思っていたが、この学園ではこうするのが普通らしい。
「あはは、透くん体力無いねぇ?そんなんじゃ誰かに襲われた時に逃げられないぞー?」
…確かに。
「…で、あそこで何してたの?」
芹沢さんが笑顔で詰め寄ってくる。さっきので誤魔化せたと思ってたんだけどな…案外騙せないものだな。
「…別に通りかかっただけですって」
俺は彼女を顔を見ずにしらを切る。身ていなくても彼女の瞳が俺の顔を写していることがわかった。
「…私のこと覗いてたの?」
「そんなわけないじゃないですか…」
「ふーん?…今はそういうことにしておいてあげる」
芹沢さんは疑問の残る顔でそう言った。良かった…この距離感だと愛里奈さんに見つかったときに言い訳ができない。とりあえずは彼女との距離が確保できた。この人軽率に距離詰めてくるから困るんだよな…
「…ねぇ、透くん。この前会った愛里奈ちゃんのことなんだけどさ」
芹沢さんの口から出てきた話題に俺は自分でもわかるほどにビクッと肩を跳ねさせた。我ながら分かりやすすぎる…これでバレたらどうするんだ俺。いちいち名前なんかでドギマギしてたらやってらんないぞ…
芹沢さんは俺の様子を少し疑問に思っているようだったが、特に言及することはなく続けた。
「…めっちゃかわいいね」
「…そうかもっすね」
「何あの子。どこにあんな逸材隠してたの?ていうか何個下?学校はどこに通ってるの?」
芹沢さんは目をキラキラと輝かせながら俺に詰め寄ってくる。確保されていたスペースなどなくなり、俺の目と鼻の先まで顔が迫る。
妹設定など愛里奈さんがあの時付け焼き刃で考えた設定のため、細かいことなど考えていない。俺は脳の全神経を思考に総動員させて言葉を絞り出した。
「あー、あいつは別の学校に通ってて…あの日はたまたま予定が合ったんで遊ぼうってなったんですよ」
「へー!兄妹で仲良いんだね!」
「あはは…まぁ、はい」
「いーなー兄妹…私も年下の妹とか欲しいな〜」
「芹沢さんは面倒見が良いですし、きっといいお姉さんになりますね」
「そうかな?透くんは褒め上手だね」
俺の脇腹をグイグイと押してくる芹沢さんに俺は苦笑いを溢す。こんなところをあの人が見てたらキレるどころじゃ済まないぞ…
「ていうか、芹沢さんって一人っ子なんですね」
「うん。そうだよ。兄妹って家で遊んだり出来るしいいよね〜…私もほしかったなぁ」
そう言った芹沢さんの横顔はらしくなく物寂しいものだった。普段は活発で明るい彼女がとてもか弱いもののように見える。
その憂いを帯びたまつげは普段見えない彼女の心の内を表しているような気がして、俺はなんとも言えない気持ちになる。
「…あ!そうだ忘れてた!透くん!」
「はい?」
「ジャージ、貸して!」
「…はい???」
急に素っ頓狂な声を上げたかと思うと理由の分からないお願いをしてきた芹沢さんに俺は困惑した。…何を言ってるんだこの人は。
「あ、上着だけね」
「あんまりそこ重要じゃないと思うんですけど…」
「いや次の時間女子は体育なんだけどさ、私今日ジャージの上着忘れちゃって…だからお願い!」
異性にジャージを貸すというのはいささか問題が生じる。この人は気でも狂っているのだろうか?
「いやいや、俺さっきまで着てたやつなんですけど!?他の人から借りてくださいよ」
「えー?いーじゃん私別に気にしないよ?」
「いや流石に…まず俺と芹沢さん性別から違いますし…」
「ねーおねがい。透くんにしか頼めないの。…ほらほら、もう休み時間終わっちゃう。貸してくれないならこのまま身ぐるみ剥がすよ?」
「なんか急に怖い…あーもう!」
俺は後のことなど考えずにジャージの上着を脱いだ。そして芹沢さんに差し出す。
「ありがとー!助かるわ〜!」
「もうもってけ泥棒ですよ…」
キーンコーンカーンコーン
「やっべ、時間なっちゃう!?透くんありがとねー!!!」
そう言うと芹沢さんは走りながら校舎内へと消えていった。俺もさっさと戻らないとまずいな。早く戻るとしよう。
この後、案の定愛里奈さんに詰められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます