クズ彼女に捨てられた俺、人気モデルの彼氏にされる。…でもなんか思ってたのと違う。
餅餠
第1話別れと出会い
「お前の女は貰った」
そんな短い一言がスマホの画面を揺らす。彼女の連絡先のはずなのにメッセージは彼女らしくない。
タップしてメッセージを見ていると、一つの動画が送られてくる。その動画は自分の彼女がベッドの上で嬌声を上げながらその体を揺らしている動画だった。
嫌な寒気が背中を伝い、手がガタガタと震えだす。俺はその信じられない光景から目を離したいのになぜか釘付けになってしまっていた。
「な…んで…」
俺はいても立ってもいられず、彼女に連絡を取ろうとする。しかし、何度電話をかけても一向に通じる気配はない。俺は部屋の中で立ち尽くすしかなかった。
「私達、別れましょ」
その一言は非常にも俺の耳にぎりりと響いた。鈍器で殴打されたかのような強い衝撃が俺の頭に走る。
動揺で揺れた視界に金髪の女が映る。ふんわりと巻かれたカールをくるくるといじりながらその女は俺のことなど気にも止めていない様子だ。その態度が全てを物語っているような気がして俺は思わず声を漏らす。
「え…なんで、そんな、急に…」
「他に好きな人ができたの。あんた見たいな鈍臭いやつなんかじゃなくて、イケメンのね」
ズキリ。また俺の頭に衝撃が走る。ガンガンと揺さぶられるようなその衝撃に俺の思考はますます混濁していく。
そっけない彼女に手を伸ばしても、その手を掴んではくれない。それまでの彼女との記憶が砂のようにサラサラと崩れていく。
「ま、金づるにしてはいい男だったわ。じゃあね」
「そ、そんな…待って」
「さわんないでよ気持ち悪い…」
弾かれた俺の手は虚しく空を切った。
「この前うちの彼氏がさぁ〜」
「あはは、マジ〜?やばくね〜?」
「ほんとにやめてほしいわ〜」
広いクラスのまさに中心で数名の女子達が楽しそうな話し声を上げる。その声が俺にはノイズのように聞こえた。
髪色は一人一人違い、それぞれ派手な色で染めている。俺、
その中でも一際目立つ金髪の女。ゆるくカールのかかった髪の毛をくるくるとさせながら談笑にふけている女は
モデルにも負けず劣らずのそのスタイル、整った顔立ち、誰にでもフレンドリーなその性格。嫌われる要素の無い彼女は男女問わず人気だ。
だが、それも表での話。彼女の裏の顔はただのクズだ。
裏では男に金をせびり、自分のいいように使うだけ使ったら捨てるただの人間のクズ。俺もそうして捨てられた。
かれこれ数ヶ月前、俺は甘寧に告白された。クラス一の美少女からの告白に舞い上がってしまった俺は彼女の告白に二言返事で答えた。
今まで恋すら無縁だった俺にとって彼女という存在はまるで天使だった。可愛らしい彼女が俺を好いてくれているそれだけで俺は天にも昇る思いだった。
しかし、それも最初のうちだけ。彼女は徐々に本心をあらわにしていった。
彼女は次第に俺に金をせびるようになった。最初は今だけかと思っていたが、そんなことはなく彼女の要求はエスカレートしていった。最近はデートは俺が全額負担が基本。お小遣いまでよこせと言われる始末だ。…女性が見た目に金がかかるってのは分かるんだが、流石に男が全額負担は無いだろう。
少し口答えしようものなら彼女は即座に冷たい態度を取る。彼女はクラスの女子の中心人物。そんな人を不機嫌にしようものならクラスの女子から白い目で見られることになるのは確実だ。情けないことに俺は彼女に抵抗することができなかったのだ。
そして俺は先程捨てられた。こうして机に伏している。奈落の底に叩き落された気分だ。
今思えば俺はいいように使われすぎだ。金を使うだけ使われて挙句の果てに振られるとか…情けなさすぎるだろ。自分が恥ずかしくなってくる。
表面上は彼女とはなんの関係も無いことになっているので彼女は飄々として過ごしている。以前はクラスでも目が合ったりしたら多少は手を振ってくれたりしたのに今となっては目線すら合わせてくれない。
「甘寧、肌綺麗だよね〜どこのやつ使ってるの?」
「ん〜雪花秀?ってやつ」
「え!それめっちゃ高いやつじゃん!い〜な〜」
…俺の金で買ったやつだ。いい顔しやがって…
「どっからそんな金出てくんの?…もしかしてパパ活?」
「甘寧がそんなことするわけないでしょ?きっと本物のパパが太いんだよ!」
違う。俺の金だ。パパ活紛いの事してるんだぞこいつは。…言っても信じて貰えないだろうけど。
クラスの中心人物達の輪の中で自慢げな顔をする甘寧の顔が俺にはどうしても腹立たしかった。が、それと同時に過去の自分に嫌気が刺してきてなんとも言えない気持ちになる。俺は再びため息をついた。
「どうしたんだよ天内?なんかあったのか?」
「…別なんでもねーよ。疲れてるだけだ…はぁ…」
何をしようにも憂鬱な気分がつきまとってくる。どうにかしてこの気分を晴らしたいところだが、その方法は見つからない。
なぜだか分からないが何をしても無駄な気がする。俺は机に顔を埋めて意識を闇へと沈めた。
「…」
たった一人俺に視線を送る女の様子にも気づかずに。
夕暮れの放課後。結局今日一日憂鬱な気分だった俺はその感情を引きずりながらもとぼとぼとある場所へと向かっていた。
学校から数分の大通りに面した路地に入り、突き当りにある扉を開く。扉の先には落ち着いた雰囲気が漂う空間が広がっていた。
知る人ぞ知るここはカフェ『SHADE』。俺のバイト先だ。家から近いということもありこの店でバイトをさせてもらっているのだが、何よりこの落ち着いた雰囲気が俺の性に合う。この空間が俺は好きだ。
カランカラン…
「ういーす…」
「あ、透くん。いらっしゃい」
入ってきた俺をメガネをかけた黒髪ロングの女性が迎え入れる。
目元の泣きぼくろが特徴的な彼女は影山雫さん。ここの店長さんだ。大人な雰囲気をまといつつもすこし垂れた目元や微笑んだその顔は優しさに溢れている。
「学校お疲れ様。準備は整ってるからゆっくり着替えていいよ」
優しい顔つきの彼女は俺に向かってにっこりと微笑んでくる。まるで母親のような優しさに涙が出そうだ。廃れた心に染み渡る…
「…どうしたの透くん?なにかあった?」
「…いえ、なんでもないです。着替えてきますね」
「そう。…ふむ」
寝取られた挙げ句になんの仕返しもできずに振られたとはいえ、バイトはバイトだ。私情を持ち込むわけにはいかない。落ち込むのは後からでも出来る。
甘寧に振られた今、稼いだお金は自分に入ってくる。しっかりと働くとしよう。
「透くん、これ三番のテーブルに」
「…」
「…透くん?」
「…あっ、す、すいません!今運びます!」
「お待たせしました、ツナサンドです…」
「…おや?私が頼んだのは確かタマゴサンドだったはず…」
「あっ、申し訳ございません!今すぐにお取替えいたしますので…」
「…はぁ……あっ」
ガシャ−ン
「透くん!?大丈夫?怪我してない?」
「すいません店長…今片付けますので…」
「ありがとうございました。…はぁ」
最後のお客さん出たのを確認したのと同時にため息をつく。
結局バイト中も今日のことがよぎって集中できなかった。その結果は失敗続きで店に迷惑をかけることになってしまった。情けない限りだ。
「お疲れ様。…やっぱり何かあった?」
「いえ…ちょっとだけ」
「悩みがあるなら店長に言ってごらん?これでも透くんよりは長い年月を生きてるんだ。人生経験なら私のほうが上だよ?」
雫さんがカウンターの座席をぽんぽんと叩いて俺を座るように促してくる。溜め込んでばかりも良くない。彼女になら相談しても良いだろう。
「…実は」
「…そっか。振られちゃったんだ…あんなに大切にしてたのにね」
「…自分も自分で悪かったんです。最初から勇気出してやめておけば…」
「透くんは悪くないさ。でも世の中にはそういう人を利用しようとする悪い人がたくさんいるんだ。安易に信用してはいけないよ?」
「はい…反省してます」
うなだれた俺の目の前にカプチーノが差し出される。顔を上げると、雫さんのいつもの優しい笑みが俺を照らしていた。
「それは私の奢りだよ。失恋の痛みを少しでも和らげるためのお薬さ。私の愛情入りだよ」
「店長…ありがとうございます!」
「いいのさ。透くんは私の子見たいなところあるからね」
雫さんに頭を撫でられながら飲むカプチーノは優しい甘さを孕んでいて、心に染み渡る味だった。
「ありがとうございました。…お皿の分はバイト代から抜いておいてください」
「大丈夫。お皿の一枚や二枚ぐらい、透くんの心に比べたら安いものさ。気をつけて帰ってね」
雫さんにペコリと頭を下げて扉を閉める。今日は彼女にだいぶお世話になってしまった。後日なにかでお返しするとしよう。
少し長居してしまったために遅い時間になってしまった。早いところ家に帰るとしよう。そうして振り返った時だった。
「…見つけた」
俺の目の前を一人の人間が塞いだ。声的に女だろうか。目元は帽子を深々と被っており見えず、口元は黒いマスクで覆われている。少し大きめな紺色のパーカーに黒のデニム。目立つ服装ではない。…というか、怪しい。
だが、どこかで見た覚えがある。たしかではないが、カフェに一度…
「…天内透。誕生日は9月9日。血液型はAB型。七星学園に通う高校二年生。2の4組。ここでバイトをしている…」
驚くことに、覆面の彼女は俺の個人情報を言い当ててきた。どうやらただものではないようだ。
覆面で初対面の人間の個人情報を言い当ててくる。どう見ても不審者だ。最近不審者の目撃情報は出ていなかったようだが…俺が被害者第一号ということだろうか。
「あの…どなた様…ですか?」
「…え?」
「え?」
「私、私よ透くん!…もしかして覚えてないの?」
「覚えてないもなにも…それだと顔が見えないんですけど…」
俺の一言でようやく気がついたらしく、彼女はそのマスクと帽子を外した。
帽子の中でまとめ上げられていた長い髪があらわになる。それと同時に帽子の影から出てきた瑠璃色の瞳に俺は思わず息を呑む。
月光を浴びて輝くその美しい髪。凛と俺を見通すその瑠璃色の瞳。他の女性とは一線を画す立ち姿は何度見ても美しいと感じる。誰もが羨むその姿は幾度となく見てきたものだった。
「え…愛里奈さん…!?」
彼女は学園でも名高い美少女、
「覚えてもらっていて光栄よ。透くん」
「なんで…愛里奈さんがここに…」
「…いきなりで悪いけど、眠っていてもらうわ」
「がぁっ!?」
首に走る衝撃。理解の追いついていない俺の脳は即座にシャットダウンされ、意識は闇の中へと沈んでいった。
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