第24話忘れた記憶

「いらっしゃいま…ってあれ?透くん?」


「こんばんは雫さん。…席空いてます?」


 芹沢さんとの一件の後、文字通りの公開説教を受けた俺は小腹が空いてきたと言う事でこのSHADEにやってきたのだ。俺は適当にフードコートで済ませても良いのではと言ったのだが、愛里奈さんがどうしてもというので押されるがままにここに来ている。…バイト先に客として来るってなんか変な感じ。


「空いてるけど…そっちの人は…?」


「あ、えーっと…」


「天内愛里奈です。妹です」


「…あぁ、妹さん?いらっしゃいませ。ゆっくりしていってね」


 若干違和感があったが、どうやら誤魔化すことができたようだ。雫さんに促されて奥のテーブル席へと向かう。


「天内愛里奈…あぁ、なんていい響きなの…」


「…愛里奈さん、なんか名乗るの気持ちよくなってません?」


「当たり前よ…透くんと同じ性を名乗ることが出来るなんて、夢のようだわ…」


 よほど嬉しいのか、愛里奈さんは噛みしめるようにそう答えた。名乗るだけなのにそんなに気持ち良いのだろか?俺には理解しかねる。

 席についてメニュー表を開く。その中から今のお腹の状況にあったものを選ぶ。

 

「注文どうします?俺はもう決まりましたけど」


「私は透くんの愛を一つ頼むわ」


「…ふざけてないで早く決めてください」


「そうね…それじゃ、このサンドイッチセットにするわ」


「はいはい…すいませーん」


 近くにいた店員を呼び止めて注文を済ませる。俺はカプチーノとマカロニグラタン。愛里奈さんはサンドイッチセットだ。注文を聞き届けた店員はそそくさと雫さんのもとへと戻った。

 さっきから雫さんからの視線がこちらに向いている。おそらく俺が連れてきた愛里奈さんのことが気になっているのだろうが…これは疑ってるな?面倒なことになったな…まぁ後で適当に誤魔化せばいいか。


「…それにしても、芹沢さんを家に連れ込んでゲームね…」


「…その話はさっき済んだじゃないっすか。もう許してくださいよ…」


「まぁ今回は不問にしておいてあげるけど、透くんはずるいことをさり気なくする人なんだからもう少し危機感を持ったほうがいいわ。この歳の女なんてちょっとのことだけで揺れる人だっているんだから」


「ちょっとのことで揺れるって愛里奈さんもそうじゃないっすか」


「そうよ。さすが透くん。私のことよく分かってるわね」


 …この人いつになっても無敵だな。少しぐらいは取り乱してくれてもいいのだが。まぁめんどくさくなるよりはマシか。


「透くん、これだけは覚えておいて。過度な優しさはときに凶器となりうるの。それは相手を痛めつけるものでもあり、自分を傷つけるものでもあるわ」


「優しさは…凶器?」


「えぇ。優しさはいつも万能じゃないの。…優しさは人を狂わせることだってあるわ。そう、私のようにね」


「自覚あるんですね…」


「何よ。透くんが勝手に私をこうしたんじゃない。無責任な人ね」


 神妙な面持ちで語った愛里奈さんの言葉は妙に説得力のあるものだった。その意味は今の俺にはよく分からなかったが、俺より経験豊富な彼女のことだ。きっとなにか考え合ってのことなのだろうが…まぁピンと来ないわな。


「…あの子からは少し危険な香りがするの。なにかうちに大きなものを抱えてるような、そんな何かを感じるわ」


「なんの勘ですかそれ…ただの言いがかりじゃないんですか?」


「私の勘は90%当たるわ。信じておいたほうが身のためよ」


 愛里奈さんは自信に満ちたその表情で俺を見つめる。一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。当たる確率が90%なのは良いことだが、傍から見たらただのホラ吹きにしか見えないのだが。やっぱり彼女は分からない事だらけだ。


「まぁ…信じておきますね」


「えぇ、そうして頂戴。あと私の勘だと透くんは数ヶ月後には私にメロメロになってるわ」


「それはにわかに信じがたいですね…」


「お待たせしました〜」


 談笑しているうちに注文した物が運ばれてきた。それぞれサンドイッチセットとマカロニグラタン、カプチーノがテーブルに置かれる。そして2人分のチョコケーキが置かれた。


「え、これ頼んでないんですけど…」


「これは店長が持っていけと…」


 カウンター席の方に視線を向けると、雫さんがにこやかな表情で応えてくれた。どうやら彼女からのご厚意らしい。ありがたく受け取るとしよう。

 ごゆっくりどうぞという言葉とともに店員は奥に消えていった。


「…いい店長さんね。ここなら安心して透くんを働かせることができるわ」


「誰目線ですかそれ…とりあえず、食べますか」


 熱々のマカロニグラタン一すくいして、やけどしないように冷ましてから口に運ぶ。口の中に広がるホワイトソースの優しい味わいが公開説教で冷え切った俺の心を温めてくれた。

 愛里奈さんも小さく開けた口でサンドイッチをぱくりと食べた。食べるときの表情は普段と違って意外と可愛らしいのが彼女だ。


「懐かしいわね…ここに初めて来たときもこのサンドイッチセットを食べたのよね…」


「初めて来たときって…俺と初めて会った時ですか?」


「えぇ。懐かしいわね…あの頃は何もかもがうまく行って無くて…それでふらふらしてたらここにたどり着いたのよね。今考えたら神の啓示だったのかもしれないわね」


「なんですか神の啓示って…なんか宗教じみてきたんですけど」


「私は透くんのために尽くすために創られ、生まれてきたの。その使命を思い出させるために神が巡り合わせたのよ」


「…左様ですか」


「あの時のことは今でも忘れないわ…どん底だった私を励ましてくれた透くんの言葉、今でも一言一句違わずに言えるわ」


「それはもう怖いんですけど…ていうか俺自身覚えてないし…あ」


「…覚えてないの?こんなに私のことをズブズブにしたのに?」


「えと…はい」


「はぁ…まぁいいわ。今から透くんの記憶を呼び起こしてあげる」


「えぇ…?ありがとうございます(?)」


「忘れもしないわ。あれは今からちょうど一年前のこと…」

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