第30話修羅場

「愛里奈さん!?てかなんで窓から!?」


 突然の愛里奈さんの到着にオレは動揺を隠せなかった。なんせ窓を割ってから入ってくるまでがスムーズすぎる。てかどうやって窓割ったんだ?まさか素手?


「しょうがないじゃない。なんか通路には変な人達がいっぱいいて通れないのよ!」


「随分と大胆に突破してくれるねえりち…」


 流石に窓から入ってくるのは芹沢さんも予想できていなかったようで若干引いている。


「って、そうじゃないわ。貴方、よくも私の透くんを…気絶させるなんて、乱暴よ!怪我でもしたらどうなるのよ!」


 すっごいブーメランですよ愛里奈さん。この際言わないけど。


「いやー、なんかこの方法が一番手っ取り早いかなって。…ねぇえりち、透くん私にちょうだいよ」


「寝言は寝て言って頂戴。さもないとその首吹き飛ばすわよ」


「あはは、流石にするっとはいかないか」


 目の前で張り合う愛里奈さんと芹沢さんの間にひりついた空気が流れ始める。

 表情は冷徹そのものだが、見れば分かる。愛里奈さんの怒りのメーターはMAXだ。対して芹沢さんは引く気がない。ただじゃ済まなそうだ。


「…透くんは私のものなの。私が辛い時に唯一支えてくれた私の愛する人。だから貴方にはあげる気なんて一ミリもないわ」


「だったら私も同じだよ。傷心したところに透くんが来て支えてくれたんだから…」


「…とんだ女誑しね透くんは」


 愛里奈さんから横流しに視線が突き刺さるが、今は見てみぬふりだ。まずはこの芹沢さんをなんとかしなくては。


「…私は愛が欲しいの。透くんと言う名の、揺るぎない愛がね」


「だからって私から透くんを奪おうっていうのね。それがまかり通るとでも思ってるのかしら?」


「そう思わないからこうなってるんじゃん?まさかこんなに早く来るとは思ってなかったけど」


「狂ってるわねこの女…」


 …もう突っ込まなくていいかな。既に愛里奈さんの頭にはブーメランが突き刺さってるのが見える。化け物と渡り合えるのは化け物だけなんですよ愛里奈さん。


「…透くん、今なんかすっごい失礼なこと考えてたでしょ」


「え…?なんで…」


「えへへ〜顔にそう書いてあるぜ?」


「透くんの心を読むとは…ただの女じゃないってことね」


「そう。透くんへの愛だったら私だって負けてないんだぜ?」


「戯言はそこまでにしなさい。貴方が透くんへの愛で私に勝ることなど…」


「誕生日は9月9日。血液型はAB型。身長は173.4cm。バイト先は路地裏にあるカフェshade。パスタで好きなのはペペロンチーノ」


「な…!?この女、透くんの個人情報を…!」


 …割愛。

 目の前で繰り広げられる化け物たちの祭典に俺はただ見ているだけだった。狂ってしまった芹沢さんの前に元から狂ってる愛里奈さんが立ちはだかる。化け物たちのにらみ合いは静かに激しさを増していく。


 結果から言えば膠着状態になっただけだった。愛里奈さんがいる以上、芹沢さんは俺に触れることができないし、愛里奈さんは芹沢さんに直接手を下すことはない。口ではあぁ言っていたが、暴力を避けたいのだろう。世間体でのこともある。大騒ぎにはしたくないらしい。


「この女…やっぱり私が今ここで嬲り殺しにしてやるわ…!」


 …訂正。やっぱりこの人血気盛んです。狂戦士です。


「愛里奈さん、世間体のこともあるんですからあまり騒ぎ立てないでくださいよ」


「…そうね。透くんの言う通りだわ。ここは穏便に痛めつけてやるとしましょう」


「そういうことじゃないんだけどな…」


 愛里奈さんは震える拳をしまうと、芹沢さんを再びキッと睨みつける。再び張り巡らされた糸のような緊張感が走る。


「何がどうあれ、透くんはこの通り私のものなの。貴方には譲らないわ」


「うーん、困ったね。私もこのまま諦めるほど諦めのいい女じゃないんだ。…ねぇ透くん。私、えりちよりも君のこと分かってあげられるよ?乗り換えるなら今じゃないかなぁ?」


「…魅力的な提案ではありますけど、俺にも責任があるのでね」


「…魅力的?透くん、それどういう意味なの?ねぇ、まさか私に不満があるっていうの?」


「こんな時までやめてくださいよ…一旦落ち着いてください」


「へー…私をこうした責任は取ってくれないんだ」


 俺に向けたその瞳は失望したような、それでいて呆れたような物だった。侘びしさまで感じさせるそれに俺は思わず固まってしまう。


「透くんはつくづく罪な男だね。私のことこうしたのに…相手がえりちじゃ仕方ないかな?」


「私相手に透くんを奪おうなんて100億年早いわよ」


「私じゃ、ダメだったのかな?」


「…そんなこと、ないですよ」


「…へぇ?」


「こうなったのは俺の責任もあります。それに芹沢さんは確かに俺のこと分かってくれますし…確かにそっちのほうが自分のためかもしれません。正直、差なんてどっちが早かったかぐらいです」


「…透くん?」


「…でも、愛里奈さんは…こんな俺を支えてくれた数少ない人間の一人なんです」


 愛里奈さんと芹沢さんの差。それは大したものではない。正直言わないだけで芹沢さんの方が性格は良いだろうし、趣味だって一緒だから俺のことだって分かってくれる。差なんて早かったか、遅かったかぐらいだ。

 でも、一つだけ違ったのは俺を助けてくれたという事実。形はどうあれ、俺を支え、救ってくれたという事実だった。それはけることのできない不変的なもの。俺と愛里奈さんとの間にできた揺るぎない関係なのだ。


「その事実は、誰にも変えられません。俺の中でただ一つ変わらない、揺るぎないものなんです」


「…そっか」


「透くん…」


 震えながらも言い切った俺は愛里奈さんと視線が交わる。俺の中で揺るぎない存在となった彼女はかけがえのない大切な人なのだ。今更乗り換えなんて、死んでもできない。

 しかし、俺の予想とは裏腹に愛里奈さんの表情は次第に曇っていった。


「なによ差が無いって。あるでしょもっと!!!」


「…今怒りますかそれ。空気読んでくださいよ」


「なんで私がおかしいみたいになってるのよ!?私は透くんのことを想ってるのに!!!」


「いやおかしいのは事実っていうか…ほら、芹沢さんが変な目で見てますから…」


「…はぁ。もう十分かな。今日はこの辺にしておくわ」


 芹沢さんは呆れたようなため息の後にフフッと笑ってそう言った。未だに気に食わない愛里奈さんを前に俺はその表情を見て、妙に安心してしまった。そこにいたのは俺が知ってる芹沢さんだった。


「騒がしくしちゃってごめんね。…ガラス代は私が払っておくよ。それじゃ、またね透くん」


「え…芹沢さん?」


「また明日、ね?」


 そう言い残して芹沢さんは部屋を後にした。数秒後に玄関の扉が閉まる音がする。

 残された俺と愛里奈さんを包んでいた静寂は崩れ落ちた彼女のため息によって切り裂かれた。


「ちょ、愛里奈さん!?」


「っはぁ…ようやく終わったわね…」


「だ、大丈夫ですか…?」


「…気がついたらカメラが全部潰れてるし、連絡も取れないから焦ったわよ。来てみれば変な人達がたくさんいいるし…透くんが襲われる前に到着できてよかったわ」


 珍しく弱々しい愛里奈さんを見て、俺は困惑してしまう。これほどまでに取り乱す彼女を見るのは久しぶりだ。

 それと同時に俺を心配してくれていたという事実に俺は思わず頬が緩んでしまう。


「…透くんが盗られたらと思ったら…もう…私…」


 ズルズルと床に力なく崩れ落ちた愛里奈さんはへたり込んだ。俺はその隣に座ると、彼女に手を差し出す。


「…愛里奈さん。俺言ったじゃないですか。俺は捨てないですよ。愛里奈さんのこと」


「えぇ、そうだったわね…」


 愛里奈さんは差し出された俺の手を握る。その日は彼女が落ち着くまで手を握っていた。




「…あれ」


「おふぁほふほおふくん」


 翌日。目が覚めた俺はリビングへと向かうと、その先にいたのは芹沢さんだった。トーストを口いっぱいに詰め込んで何を言っているか分からない。その奥で愛里奈さんが青筋を浮かべているのが見えた。

 夢…では無いよな?


「…芹沢さん、何言ってるか分からないです。ていうかなんでここにいるんですか」


「えへへ〜家にいてもつまんないからさ。これからここで過ごそうかなーって」


「…はぁ?」


 …何を言ってるんだこの人は。気でも狂ったか。そんな笑顔で言われても飲み込めないんですけど。


「透くん!!!この女勝手に入ってきてるのよ!!!」


「…もう突っ込んでいいですか」


「今日からよろしくね!…ダメって言ったらえりちのこと世間にバラすから」


 こっわ。ちゃんと怖いじゃん…昨日の芹沢さんが残ってる…


「上等よ!私と透くんの愛の巣を荒らそうなんて…この女狐…!」


 とか言っておいて朝食は準備してあげてるんだ…


「まぁまぁ、そんな顔すんなってえりち。かわいい顔が台無しだぜ〜?透くん大好き同士仲良くしようぜ〜?」


 …あれ、もしかしてこれ…一番負担がかかるの俺なのでは?

 かくして、同居人が一人増えたのだった。

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クズ彼女に捨てられた俺、人気モデルの彼氏にされる。…でもなんか思ってたのと違う。 餅餠 @mochimochi0824

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