第8話全てを

 私、美空甘寧は昔から嘘をつくのが得意だった。

 些細なことから想像のできないことまで、私は人を欺くことが得意だ。

 なんで得意なのかはわからない。ただ、この都合のいい顔を使えば人を騙すことなんて容易だ。それに気がついた私はそれを使わない手は無かった。


 男なんてちょっと誘惑すればすぐに寄ってくる。無様に鼻の下を伸ばして、まるで発情するサルのような顔をする姿は滑稽だ。こちらはお前の事なんて一ミリも好きじゃないのに。

 ただ、ちやほやされるのは悪くない。私が右に行けばあいつらは右に動く。左に動けば左に動く。アイツラは私の奴隷。思いのままだ。これ以上の優越感は存在しないだろう。


 神様はきっと私を愛しているのだ。なぜそう思うかって?こんなに都合のいい顔と才を与えてくれたのだ。そんな私を愛してないことなんてある?無いでしょ。

 神に愛されたのだから私はきっとこの力を託されたのだ。この力を使えばなんだって手に入る。金、信頼、いい男。すべて思いのままだ。


 最近はようやくイケメンの彼氏を手に入れることができた。爽やかイケメンで、クラスの人気者。運動神経バツグンで、私の彼氏に相応しい。

 …できたのはいいのだが、付き合ってみるとなんだか違うんだよなぁ…顔はいいのに。それは私もか。

 まぁ、表向きには美男美女のラブラブカップルということになっているから結局は私に羨望の眼差しを集めるだけの道具に過ぎない。利用できるだけしてタイミングを見計らって捨てよう。


 最近別れたあのゴミは中々に使い勝手が良かったんだけどな…こんなことになるんだったらまだ適当な言い訳して復縁しようかな…でも、あいつなんか勘づきそうだったし先に別れて正解だったかな。

 

 最近のお気に入りは新しくできたセフレだ。名前は獅子堂蓮汰。大学生で財力もそれなりにある男だし、何より体の相性が抜群だ。いくらヤッても飽きないし、相手も私に惚れている。はぁ…なんか考えてたらムラムラしてきちゃったな。今日も会いたいって連絡しとこ。どうせ♡付けてれば来るでしょ。

 正直、今にでも蓮汰と付き合いたいところ何だけどなぁ…ん?


『おっけー!すぐに学校まで迎えに行くよ!』


 さっそく返信が来たようだ。授業も終わったことだし、さっさと行こうかな…


「…甘寧、ちょっといいかな?」


 …はぁ。今行こうとしたタイミングでかよ…空気読めし。顔はいいのに、もったいないなぁ…ま、表向きには付き合っていることは公表しているわけだし、破局するわけにもいかないか。


「なに?どうしたの?」


「ちょっと話したくて。…ここじゃなんだからさ」


 …?なんか妙に神妙な…なんだろう?ま、大した話じゃないでしょ。とっとと済ませて蓮汰のところに行こうっと。




「…で、どしたの?なんか相談?」

 

 妙に神妙な面持ちの健吾を前に私は問いかける。なんでもいいから早いところ済ませたい。彼はなにか言いたげな様子だったが、ためらっている様子だった。…早く言えよ。


「…うん。あのさ…俺達、別れよう」


「…は?」


 彼の口から出てきた言葉に私は身を固まらせる。まさかの言葉に私の脳は理解が追いつかなかった。


「…あ、あははっ、何の冗談?まだエイプリルフールじゃ…」


「…冗談じゃないよ。甘寧、俺に隠してることあるよな?」


「は?いや、隠し事なんて別に…」

 

「…透くん、騙してたんだよな?」


 …なんで、こいつがそれを…?なんで?絶対バレないように証拠も消したし、口封じもしっかりしてたはず…健吾に接触させないようにしてたのに…なんで?

 私の中には疑問が募っていく。それと同時にらしくない焦りが生まれているのが自分でも分かった。


「そ、そんなことしてるわけ…」


 普段だったらもっと良い言い訳が思いつくのだが、こんな時に限って言い訳が浮かんでこない。自分でも笑っちゃうぐらいに苦しい言い訳しか出てこない。


「俺、見たんだよ。お前が透くんから金を取ってるところ。…そうやって人のこと騙してきたんだろ?」


「なっ、私がそんなことしてる奴に見えるわけ?そこまで言われると私だって怒るんだけど!」


「またそうやって白を切るつもりか?もう分かってるんだよ。お前が嘘ついてるってことぐらい」


「っるっさい!!!大体、アンタみたいなサッカー馬鹿に言われる筋合いなんて無いのよ!!!」


 今思いつく目一杯の愚痴を健吾にぶつける。それでもあいつは嫌なほどに動じない。私のことを真剣な眼差しで見つめてくるだけだ。うっざ…ただの使い捨ての駒の分際で…


「…最悪だよお前。人から金をむしり取った挙げ句に知らんふりとか。学園のマドンナが聞いて呆れるな」


「なによ!それがアンタに何の関係があるわけ?私、アンタにはなにもしてないじゃない」


「俺にしてるしてないの話じゃないんだよ。…俺はお前の今までの行動について問い詰めてるんだよ」


「っ…」


 嫌になるほどに真剣な眼差しを向けてくる健吾に思わず目を逸らす。最悪なことにこの場で追い詰められているのは間違いなく私だった。焦燥感が私の思考をいちいち遮ってくる。嫌な感じだ。


「人の事騙してそんなに楽しいかよ。騙されたやつの身にもなってみろよ。急に裏切られて、お前のせいで絶望の色で塗りたくられたやつのことを…」


「知らないわよ!…あんな奴ら、全員私の駒に過ぎない。いいように操られたたのはあいつらの方だし、操られる方が悪いでしょ!」


「この期に及んでまだ言い訳かよ…言っておくが、俺はこの事を言いふらすつもりだからな。あのマドンナの噂とは言え、付き合ってた俺が言うならみんな信じるだろうな」


 そんなことをされたら私は終わりだ。今まで騙してきたこと、やってきたことすべてがバラされる。なんで…なんで私がこんな目に…!騙されたのはあっちじゃない!信じてついてきたのはあっちじゃない!私はなにも悪くない!私は神に愛されてる女のはずなのに…!なんでこんな奴なんかに…!


「透くんのおかげで気づけたよ。甘寧、お前は終わりだよ」






「…あいつか」


 …すべての元凶が分かった。あのゴミ…余計なことを…絶対、絶対に許さない…奴隷の分際で私をコケにしやがって…!

 今あいつを終わらせてやる…


「な!?おい、待て!甘寧!」


 



「はぁ…」


 HRが終わり、生徒達の談笑する声が聞こえる窓際。俺はため息を吐いた。

 いつもならそそくさと帰っている時間帯だが、今日はそんな気にはならなかった。

 HRが終わってすぐのこと。健吾くんが甘寧を連れて教室を出ていった。恐らく、彼女を問い詰めに行ったのだろう。二人が出て言ってから数十分。帰ってくる気配は無い。…無いとは思うが、健吾くんになにかあったらと思うとなんだか落ち着かない。分かった上では素直に帰れる気分では無かった。


『…健吾くんが心配なのね。分かるわ…』


 俺のスマホの画面に愛里奈さんからのメッセージが映される。…声には出していなかったはずなのだが、どうやら彼女にはお見通しらしい。


「最初から見てたの。廊下のロッカーの中からね』


 聞いてもいないのに返信が返ってくる。愛里奈さんのメッセージから視線を廊下にある掃除用具入れのロッカーに移す。…国民的モデルが掃除用ロッカーに潜伏とは、これいかに。

 だが、ロッカーはちょうど教室を覗ける位置にあり、俺を監視するならば利にかなっている。恐るべし御剣愛里奈…


『…二人が出ていってからかなり経ってるわね。今のところ事件の気配…とまではいかないけれど、不信感は覚えるわね』


『なにも無いといいんですけど…』


 実際、俺にはなにもできない。二人がどこにいるのかもわからないし、凪達も先に帰ってしまった。教室には部活前の談笑にふけている生徒達がまだ残っているため、愛里奈さんと動くこともできない。今は彼の帰りを待つしか無かった。


「…待て!おいっ…」


 何やら廊下が騒がしい。歓喜に溢れたそれではなく、困惑に満ちた声だ。


「…見つけた」


 俺が廊下を見ようと立ち上がると、すぐにその元凶が現れた。

 異様な様子の甘寧。片手にはカッター。普段ならその都合の良い面が輝いているのだが、今は不気味な恐ろしさを感じさせるまでに歪んでいる。

 背筋を伝っていく嫌な寒気と激しくなっていく拍動。俺の本能がなにかがおかしいと訴えかけてくる。その直後に襲ってきた恐怖に俺は足を固まらせた。


「…お前の…お前のせいで…!死ねぇぇぇぇっっっっっっ!!!!」


 嘆きにも似た叫びと同時に突撃してくる彼女。俺は固まった足をどうにか動かして既のところで躱す。躱した甘寧の横っ腹にタックルを入れたが、距離が少し離れた程度。彼女が怯んだ様子も無い。


 一瞬の静寂から悲鳴や驚きの声につつまれた教室は混沌と化した。甘寧がまたその狂気に満ちた瞳を俺に向ける。

 立って躱そうとするが、うまく立てない。足が完全にすくんでしまっていた。


「死ねっ…!」


「させないわよ」


 俺に振り下ろされた腕は見事に弾き返される。俺の目の前には、颯爽と走り込んできた愛里奈さんの姿。がら空きになった甘寧の体にローキックを入れる。甘寧は壁へと突き飛ばされた。


「があっ!?」


「透くん!」


「え、愛里奈さん…」


「甘寧ッ!!!」


 続いて健吾くんが叫びながら甘寧を押さえつける。彼女の動きは健吾くんの両腕によって封じられた。叫び声を上げながら暴れている。あのままだとまた暴れだすのも時間の問題だ。早く助けを呼ばなければ…!


「放せっ!!!ああああああああああ」


「ぐっ!?」


「健吾くん!」


 暴れた甘寧の腕に握られたカッターが健吾くんの腕に突き刺さった。刺さると同時に健吾くんの腕から血が吹き出す。床にべっとりとついた血痕が俺達にまた恐怖を与えた。

 刺された腕を抑えた健吾くんのもとに駆け寄る。白いワイシャツにどんどん血が滲んでいく。生暖かい液体が俺の手にもついた。

 鼻を刺す錆びた匂いが俺の思考をかき消してくる。うざったくなるほどにしつこい。


「はぁ…はぁ…ぅぐ…」


「健吾くん、血が…」


「殺してやる…殺してやる…!」


「止まりなさい!…止まらないのなら、容赦しないわよ…!」


 健吾くんの腕を刺してもなお甘寧は止まる様子がない。俺に殺気に満ちた瞳を向けてくる。

 流石の愛里奈さんは少し怯んでいる。彼女にはもう、見境がないと分かったからだろう。

 静寂から混沌。そして悲鳴へと移り変わる教室に俺はもうパンクしてしまいそうだった。俺の頭はただ健吾くんを守ることしか浮かんでこない。


「お前もまとめて死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「止まれ美空!」


 甘寧を止めに入ってきたのは担任の先生だった。背後に腕っぷしの強そうな男性職員が数名見受けられる。先生はその手に握られたさすまたで甘寧を押さえつけた。


「大丈夫かお前ら!ここは一旦教室を出てろ!」


「分かりました!…愛里奈さん」


「えぇ。健吾くん、捕まって」


「…ぅ、へへっ、甘寧、お前は終わりだよ…」


「クソが…ッ!!!!」


 俺と愛里奈さんは健吾くんに肩を貸して教室を出た。

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