第4話 あなたのそういうところに勝てません
「私、仲良くなりたくないんだけど?」
「そんなこと言わないでくださいよ、一之瀬さん。私とあなたは似ています。ですので、仲良くなれます」
「意味わかんないんだけど」
初対面でピリピリしている若菜と真昼。こうなった原因は明らかに若菜の言われたくないワードを言った真昼だろう。
今さらだが、この2人を引き合わせて良かったものなのか。
ピリピリした空気になり、周りにいたクラスメイトが何だろうかとざわつき始めたその時、明るい声がした。
「おはよ、奏太。何か揉め事?」
この場の雰囲気を変えてくれたのは光希だ。光希が来ると真昼は嫌そうな顔をした。
「揉め事というか真昼が言われて嫌なことをストレートにわ───城市さんに言ってな」
危ない。ここで、若菜と下の名前で呼べば、周りがどういう関係なのかとざわつくところだった。
「へぇ、なるほど。初めまして、城市さん。幼なじみの真昼が悪口を言ったみたいですまない」
「いえ、あれは悪口ではないですし、怒ってませんので、大丈夫ですよ、園川くん」
(いや、思いっきり怒ってましたよね?)
軽く突っ込みを心の中で入れると隣にいる光希は驚いていた。
「名前知ってるんだ。もしかして、もうクラスメイト全員の名前を覚えてるとか?」
「えぇ、覚えてますよ。奏太くん、園川くんとは、お友達ですか?」
「うん、そうだよ。中学からの」
俺と光希が友達か聞くだけの質問だったのだが、周りはざわついた。
(あぁ、俺だけが気を付けてもダメなの忘れてた)
「えっ、奏太くんって下の名前で呼んでない? どういう関係なんだろう」
「付き合ってるのかな?」
「えーどうだろう。けど、昨日彼氏はいないって言ってたよ」
誤解されないために下の名前で呼ばないよう注意していたが、若菜が俺の名前を呼んでしまった。これはもうどうしようもない。
周りから聞こえてくる会話を聞いて、小さくため息をつくと、目の前にいる若菜がクスッと小さく笑ってこちらを見ていた。
(まさか、若菜……この状況になることを望んで下の名前で呼んだのか?)
「ねぇ、若菜ちゃん。田原くんと付き合ってるの?」
昨日、若菜と仲良くなった女子の1人が、代表して俺と付き合っているのか聞く。
名前を覚えられている嬉しさよりもここで、若菜がどう返答するかの方がとても気になる。
「いえ、まだ付き合っていませんよ。奏太くんとは幼なじみです」
そう言ってニコッと笑う若菜。いや、ニコッじゃなくて若菜がとんでもない発言したんだけど。
まだ何て言ったら今後恋人になるかもしれないと言っているようなもの。
「へぇ、そうなんだ。頑張ってね、若菜ちゃん」
「ありがとうございます」
周りにいた人が次第に察したようだ。若菜は俺のことが好きで、けれど、付き合えない状況であることを。
***
高校生活初めての昼食の時間。授業はまだ始まっていないが、高校生活には少しなれてきた。
光希に昼食を一緒に食べようと誘われ、自分の椅子を持って彼の席へ移動しようとすると後ろから服をクイッと掴まれた。
後ろを振り向くとそこには若菜がいて、彼女は、ニコッと笑いかけてきた。
「私も一緒にお昼いいですか?」
「えっ……」
この「えっ」は、決して嫌だからではない。驚きの方だ。
「大丈夫ですよ。周りには幼なじみと知られてしまいましたし、一緒にいても誤解されません。友人の園川くんもいますしね」
「……うん、そうだな。光希、若菜もいいか?」
後ろにいて話を聞いていた光希に聞くと即オッケーしてくれた。
「ありがとうございます。真昼さんも一緒に食べましょう」
いつの間にか若菜の隣にいた真昼は、嫌そうだが、コクりと頷いた。
今朝からこの昼休みまでにあった3回の休憩でどうやら若菜と真昼は、仲良く(?)なったようだ。
俺と若菜は席が近いので、席をくっつけて光希と真昼は、近くから椅子を借りた。
作ってきたお弁当の蓋を開けると隣に座る若菜が覗き込んできた。
「奏太くん、お料理得意なんですね」
「うん、まぁ……若菜も得意だったよな?」
「えぇ、何か欲しいものがあればあげますよ」
弁当箱をこちらに向けてどれか食べたいものはないかと聞いてくる。
いいよと断ろうとしたが、美味しそうな卵焼き、タコさんウインナー、ミニハンバーグを見て食べたくなってしまった。
「卵焼きどうです?」
彼女は、卵焼きを1つ箸で掴み、返答に悩む俺に問いかけてくる。
「いや、だい────」
「はい、あ~ん」
大丈夫と断ろうとしたが、若菜は、ニコニコと笑顔で卵焼きを掴んだ箸をこちらに向けていた。
「自分で食べれるんだけど……」
「そんなこと言わずにどうぞ。私、奏太くんに食べさせたいんです」
そう言って小さく笑う彼女を見て俺は、ドキッとした。
「……じゃあ、ありがたくいただくよ」
口を開けて差し出された卵焼きを食べ、無言で味を噛みしめる。
昔、若菜にお弁当を作ってもらったことがある。その時の卵焼きも美味しかったが、今は昔より更に美味しい。
「美味しかった」
ポツリと感想を呟くと若菜は、両手を合わせて嬉しそうな表情をした。
「ふふっ、美味しくて当然です。昔、気に入ってくれた味と奏太くんのお母様から教えてもらった作り方で完成したものですから」
いつの間に母さんに教えてもらったんだとか気に入ったと当時言った覚えはないのになぜ知っているのかとか突っ込むべきことがありすぎる。
「美味しいと言ってもらえて嬉しいのですが、奏太くんが食べさせてもらうことを何とも思っていないようで悔しいです。私としては恥じらう奏太くんを見たかったです」
「いや、恥ずかしかったけど……」
求めていた反応と違っていたと彼女は、言うが、友達が前にいるこの状況で女子から食べさせてもらう行為を何とも思わないわけがない。
多分、表情に出ていないから何とも思っていない反応に見えたのだろう。
「城市さん、奏太のこと好きなんだ」
何も言わず見ていた真昼がそう言うと若菜は、頷いた。
「えぇ、大好きです。この前、振られてしまいましたけど……。真昼さん、もしかして───」
「好きじゃないから安心して。奏太とは何もないから。振られたとしてもライバルが城市さんとか勝ち目なさすぎ」
「そうでしょうか?」
「いや、そうでしょ。城市さん、完璧人間すぎるし、可愛いし。ね、奏汰?」
急に話を振られて全員の視線がこちらに来る。若菜は、俺が何と言うか気になるらしくじっと見てきた。
「うん、美人で可愛いのは間違いない」
嘘偽りなく答えると若菜が、下を向いて俺にだけ聞こえる大きさでボソッと呟いた。
「そういうところ本当に勝てません」
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