第18話 触れていいのは私だけ

「じゃ、男女混合リレー出る人は体操服に着替えてからグラウンド集合するように!」


 放課後になると体育委員のある男子がそう言った。話によると外でバトンパスの練習をするようだ。


 体育祭1週間前。高校の体育祭は、練習する時間がほとんどない。だから放課後に練習しようということになった。


「奏太くん、一緒に行きましょ」


 若菜も男女混合リレー出るらしく途中まで一緒にと誘ってきた。


 ちなみに光希や真昼は混合リレーには出ないので先に帰ってしまった。


「途中までなら」


「はい、では行きましょう」


 混合リレーのメンバーは、俺と若菜以外に後6人いるらしい。だが、俺は、若菜と光希、若菜以外のクラスメイトとはあまり親しくない。


(走る練習とかだろうけど、あまりタイプが違う人と話すのは少し緊張するというかなんというか)


 若菜と更衣室近くまで一緒に行き、途中で別れて俺は男子更衣室へと入った。

 

 すると更衣室にはクラスメイトと思われる男子が3人すでに着替えていてそのうちの1人が俺に気付き、肩に手を回してきた。


「おっ、はらっちじゃん。混合リレー、一緒だよな、よろー」


「えっと……」


(なんか凄い急に絡まれた……)


「おいおい、広瀬、田原が困ってるからダル絡みはやめろよ」


「えっ、あっ、ごめんごめん。はらっちが着替えるまで待ってるから一緒にグラウンド行こうぜ」


「……あっ、あぁ、すぐに着替える」


 高校に入ってから光希以外の男子と話す機会があまりなかったから少し緊張した。


 けど、今の感じだと皆、優しい人ばかりでとても親しみやすいと思った。


「てか、はらっちって誰がつけたあだ名なんだ?」


 体操服に着替えて、着た服をまとめながら広瀬という彼に聞いた。


「えっ、誰だっけ?」


 広瀬はそう言って後の2人に聞くが、首を横に振り、辺りがシーンと静まり返った。


「広瀬じゃね?」

「うん、広瀬が勝手に呼んでるんだろ」


(本人がつけたんかい……)


 謎のやり取りの落ちに思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。


 更衣室から4人ででてグラウンドへ出ると体操服を着た若菜が待っていた。


 それに気付くと広瀬達も気付いたのかニヤニヤしながら俺のことを見てきた。


「彼女さんがお待ちしてるぜ、はらっち」


「彼女じゃない、幼なじみだ」


 広瀬のいうことに訂正すると若菜がこちらへ駆け寄ってきた。


「あら、お友達ができたのですか?」


「いや……」


 今日初めて話しただけな人を友達といっていいものなのかわからず返答に困っていると広瀬がまた肩に手を回してきた。


「ん、さっき仲良くなったんだよ。はらっちも城市さん、男女混合リレー仲間として頑張ろうぜ」


 広瀬が拳を出したので俺と若菜は、顔を見合わせてからコツンと拳を当てた。


「わ~ちゃん! 更衣室からいつの間にかいないからビックリしたよ~」


 走ってくるなり、若菜に抱きついた彼女も男女混合リレーのメンバーの1人だ。


「すみません、向井さん。奏太くんを見つけてしまってつい」


「おぉ、わーちゃんが大好きな田原くん! 話すの初めてだよね。私、向井菜穂むかいなほ。皆からは、むっちゃんって呼ばれてるよ。わーちゃんだけは、安定の向井さんだけど」


 向井さんは、若菜に抱きついたまま自己紹介してくれた。


(仲良さそう……真昼以外にも友達がいるんだな)


「ちょ、むっちゃん。若菜が困ってるから離れなさいよ」


「あっ、理紗ちゃん!」


 後ろから2人の女子が来て、そのうちの1人が向井さんを若菜から引き剥がした。


「若菜って友達多いよな」


「友達が多いのは困りませんよ、皆さん、優しいですし知らないことを教えてくれます。ところで、奏太くん。今朝は登校するのが早かったようですけど、何か理由があるのですか?」


 気のせいかもしれないが、若菜が少し怒っているように見える。


「大した理由じゃないんだけど、早く行ったら若菜と話せるなって思って」


 いつも若菜は俺より早く学校に来ているので俺が早く行けば彼女と朝、話せる時間が増えると思い、今朝は早く学校へ行くことにした。


 けれど、朝早くに起きるのはやはり苦手で明日からはまたいつもの時間になりそうだ。


「そ、そうだったんですね……」


「うん……話そうと思ったんだけど、青木さんに声かけられて結局───」

「そうです。青木さんとどこか行っていたようですけど、何をしていたのですか?」


 言葉を遮られて、若菜が顔を近づけてきた。答えてくれるまで逃がしませんみたいな雰囲気が彼女からはしていた。


 今朝の青木さんとのことは隠すようなことでもないので若菜に教えることにした。


「青木さんも男女混合リレーのメンバーだろ? だから今朝、偶然いた俺にグラウンド使用の許可を一緒に取りに行こうって誘われたんだ。1人じゃ不安だからって」


「なるほど、そうだったのですね」


 今朝のことを話すと若菜は、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 もしかして、今朝、若菜が机に突っ伏していて元気がなかったのは俺と青木さんに何かあったのかと気になっていたからかな。


 若菜と話していると青木さんが手を叩いて、皆の視線を集めた。


「はいはーい、時間決まってるからリレーの練習するよ。体育委員、しっかりしてよね」


 そう言って青木さんは、広瀬に向けて言い、体育委員が誰であるか知らなかった俺は驚いた。


(体育委員だったんだ……)


「青木さん、怖いなぁ。じゃ、早速練習するか。走る順番決めたいから最初に50m計測して、その後はバトンパスの練習と走る練習でもしよう」


「「「おぉ~!!!!」」」


 まだ始まっていないのにこの熱量。最後、疲れてそうだな。





***





「こうやってこう持つんだよ」


 向井さんからバトンの持ち方を教えてもらっていたのだが、距離が近すぎる。


 バトンを握ると向井さんが、こう持つんだよと俺の手を握ってくる。


(陽キャの距離感どうなってるんだ……)


 少し困っているとタイムを計り終えた若菜が、走ってきた。


「向井さん、タイムの順番ですよ! 奏太くんのことなら任せてください!」


 若菜が凄い早さでこちらへ来たので俺も向井さんも驚いた。


「うぉっ、わーちゃん! じゃ、任せるよ~」


 向井さんが立ち去っていくと、若菜が先程、向井さんがやっていた時のようにバトンを持つ俺の手を握ってきた。そして俺にだけ聞こえるような声で囁いた。


「奏太くんに触れていいのは私だけです」


「! もしかして、向井さんがこうしてたの見てたのか?」


「えぇ、タイム測定が終わって奏太くんの方を見たらこうしていたので」


 だから俺が他の女子に触られたくなくて急いでこちらに来たのか。


 ゆっくりと彼女の方に視線をやると若菜は、ニコッと微笑んだ。







         【第19話 これからも一緒】

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