第26話 若菜の相談事
昨夜。彼女の家で夕食を食べる日で、食べ終えた後、彼女があることを聞いてきた。
「夏休みの少し前から始めたバイトはどうですか?」
彼女にはバイトを始めるから帰りが遅い日があるかもしれないとバイトが決まった時から伝えてあるのでカフェで働いていることは知っていた。
「周りの人も優しい人達でやりやすいよ。夏休み後も勉強と両立できそうならそのまま継続してバイトするつもり」
「そうなんですね、頑張ってください」
「うん、頑張る」
バイト先は環境がよく、先輩も優しく教えてくれて、同い年である人達もいい人達ばかりだった。そして驚いたことに由良もそこでバイトしていた。
由良は春から始めたそうで、バイト先に知り合いがいるのは少し安心感があった。
「明日はバイトありますか?」
「うん、午前から」
「そうですか」
あの時、この質問をしてきた意味を深く考えるべきだったんだ。
夕食の時間が遅くなるかどうかを気にしているかとあの時の俺はそう思っていた。
だが、違った。彼女は、俺のバイトしている姿を見るため、明日はいつバイト先にいるか聞いていたんだ。
***
「お客様、なぜここに?」
注文を取らなければならないが、なぜ若菜と真昼がここにいるか気になった。
「奏太くんのバイトしている姿を見たく、真昼さんと来ました」
「ここは会いたい人に会いに来るカフェじゃないのでお帰りください」
「嫌です」
来るなら若菜にはもっと慣れた頃に来てほしかった。あまりカッコ悪い姿は彼女に見せたくない。
だが、来てしまった以上、客を帰らせるわけにはいかないので注文を取ることにした。
「注文は?」
「セットでマンゴーパンケーキ、キャラメルパンケーキで。ドリンクはどちらも紅茶でお願いします」
「かしこまりました」
「来てくれてありがと」と小さな声で2人に言ってから伝票を取り終えたのでキッチンへと戻っていく。
俺がいなくなると若菜は、小さくクスッと笑った。
「可愛いですね、今の」
「あんな奏太、初めて見たかも」
「私もです」
***
午後8時。マンションに着いたよと若菜にメッセージを送り、俺は家に帰らずそのまま彼女の家へ寄った。
「バイト、お疲れ様です」
出迎えてくれた若菜は、エプロンをつけていて、リビングの方からはいい匂いがしてきた。
(なんか同居してるみたいだな……)
バイトが始まってから変わったことがある。それは夕食を作る当番だ。俺がバイトがある4日は、若菜が作ってくれて、その日以外は、俺が作ることに。
「今日はハンバーグか。美味しそうだな」
リビングへ行き、テーブルに用意されている夕食を見てそう呟くと若菜が小さく笑った。
「まずは手を洗ってくださいよ?」
「わかってるよ」
洗面所を借りて、手洗い、うがいをした後、席についた。
先に食べていても良かったのに若菜は俺が帰ってくるまで待っていてくれる。
なぜかと前に彼女に聞いてみたが、1人で食べるのが寂しいからこうして2人で食べることにしたのだから1人で食べるのは何か違うと言っていた。
それを聞いてから俺はできるだけバイトが終わったら早く帰るようにした。
若菜と夕食を食べることが当たり前になってきて、今では1人で食べるということは考えられない。
「では、食べましょうか」
「「いただきます」」
バイト終わりに彼女が作ってくれた夕食を食べるのはとても幸せだった。
食べ終えると俺が食器洗いを洗いをし、それをしている間、若菜が今日、真昼と何をしていたのか話してくれた。
初対面であんなにピリピリしていたのに仲良くなっているようで本当に良かった。
「そう言えば、前に今度、猫カフェに行こうと行っていた話を覚えていますか?」
「うん、覚えてるよ」
「いつ行きましょうか? バイトがない日に行きませんか?」
「空いてる日……確認するからちょっと待って」
一応、バイトがある日は覚えているが、念のためスマホのカレンダーアプリで確認することにした。
食器洗いを終えたのでソファの上に置いてあるカバンからスマホを取り出し、予定を見る。
「金曜日が空いてるけど、その日どう?」
「いいですよ、その日に猫カフェに行きましょう」
彼女は話しながらゆっくりとソファに座り、俺の服の裾をぎゅっと握ってきた。
「どうした?」
スマホをカバンに直し、後ろを振り向くと彼女が、ニコッと笑いかけてきた。
「座ってください、奏太くん。少し話しましょう」
もう遅い時間で、若菜も色々やることがあるだろうと思い、帰るつもりだったが、俺は彼女の隣に座った。
すると、彼女は、うっすらと微笑み、俺の肩に寄りかかってきた。
ふわっとしたいい匂いがして若菜が何かの香水をつけていることはすぐにわかった。
「前に何かあれば相談に乗ると聞きました。少し私の悩みを聞いてもらえますか?」
「うん、もちろん聞くよ」
前に学校でロッカーに手紙が入っている時に困っているようだった若菜。それと関係する話かはわからないが、彼女の力になれるなら聞いてあげたい。
「ありがとうございます。私の中学の時の話です。私は今のようにクラスの方とは、いろんな人と仲が良かったんです」
若菜が人気者なのは中学も同じだったようだ。欠点のない彼女に人が寄ってくるのは想像がつく。
「ですが、反対に私を嫌う人は何人かいましたね。そういう方は皆、男子にモテて、簡単にできてしまう私を邪魔だと思っていたようです」
「邪魔って……」
「本人に直接言われたことがありますからね、これは嘘ではありません。モテること、できすぎて目立つことはいいことではありません」
邪魔と直接言われて何も思わないわけがない。彼女には深く記憶されただろう。
「今もそうですね。クラスの何人かに嫌われてます。人間、人の好き嫌いはありますから嫌われていても気になりませんが……」
確かに人には好き、嫌いとある。俺だって、苦手な人はクラスには1人はいる。
「もしかしてそのクラスの人に何かされたのか?」
手紙と何か関係しているかもしれないと思い、聞いてみると若菜は、俺の手の甲に手のひらを重ねてきた。
「いえ、何も。私が好きという男子を中々振り向かせることができない女子がたまに私を睨んでくるだけです」
「何もって、睨まれてるじゃん。俺がその女子達に言おうか? 睨むなって」
睨まれてる心地がいいと思う人がいるわけがない。気分が悪いだけだ。
「大丈夫ですよ。睨まれてそれに私は微笑み返す。それだけで十分です」
そう言ってうっすらと微笑む彼女。最初、心配をかけないよう無理して笑っているのかと思ったが、この笑いは何か考えている時の表情だ。
「何か変なこと考えてないか?」
「ふふっ、変なこととは何ですか? お話は以上です。聞いてくださりありがとうございました」
軽く頭を下げた彼女は、俺の手を優しく包み込むように握り、顔を上げると俺に向かって微笑んだ。
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