第11話 お泊まりのお誘い
フードコートで昼食を取り、少し休憩してから次はどこへ行こうかという話になった。
「服屋に付き合ってもらったので次の行き先は奏太くんが決めてください」
若菜にそう言われて、俺が決めたらショッピングモールに付き合うとは言わないのではないかと思った。
「いや、今日は若菜に付き合うつもりだし、俺はいいよ」
「ダメです。私は奏太くんにも楽しんでもらいたいので」
どこか行きたいところを言わないと若菜は、ここから動かなさそうだな……。
「わかった。この下の階にある雑貨屋に行ってもいいか?」
「えぇ、いいですよ」
そう言って彼女は、俺の目の前に手を差し出した。これがどういう意味なのか理解できず困惑していると若菜は口を開いた。
「はぐれないように手を繋いでもいいですか?」
「……いいけど、もし、クラスの人に見られたら誤解される」
仲のいい幼なじみでも手を繋いでいたら付き合っているんじゃないかと思われる。
別に若菜ならそう誤解されても困りはしないだろうが。
「私は、誤解されても構いませんよ。ですが、奏太くんが困ることはしたくないので、嫌なら嫌と断っていただいて結構です」
「……ショッピングモールではぐれることはないだろうけどな」
苦笑いし、彼女にそう言ってから差し出された手を優しくそっと握る。
すると、若菜は、嬉しそうに小さく笑い、俺のことを真っ直ぐと見つめた。
雑貨屋に向かって歩きだすと若菜が、懐かしい思い出話を話し始めた。
「小さい頃、こうして手を繋いだことがありましたね。奏太くんは、いつも私を引っ張ってくれて、お陰で周りとも上手く馴染めました」
「そんなことあったかな……」
確かに若菜は今と違って出会った頃はいつも俺の後ろに隠れているような子だった。友達がいても俺といることを選んでたっけ。
そう思うと今の若菜と子供の頃の彼女は少し変わった。
「見てください、猫さんです」
若菜は目的地である雑貨屋に入り、猫の小さなぬいぐるみを見つけて俺に見せた。
「猫、好きなのか?」
興味本意で聞いてみると彼女は、聞いてくれたことに嬉しかったのか微笑んだ。
「えぇ、好きですよ。奏太くんは、犬と猫、どっち派ですか?」
「俺も猫だよ。猫カフェに行って癒されたい」
男1人で猫カフェには入りにくい。行ったことはないが、真昼に家族で行ったという話を聞いてから一度、行ってみたいとずっと思っていた。
「ちょうどこの階に猫カフェがあるそうですよ。また今度行ってみません?」
「うん、行こう!」
ずっと行きたかった猫カフェに行けるチャンスだと思い、即答すると若菜は驚いていた。
「先ほどの奏太くん、可愛かったです」
「えっ、俺、何かしたっけ?」
男として可愛いと言われるのはあまり嬉しくはないんだけど。可愛いよりカッコいいの方がいいというか……って何を考えているんだろうか、俺は。
「ふふっ、何でもないです」
そう言って彼女は、いろんな種類のリボンがあるコーナーに行ってしまう。その後を遅れて俺もついていく。
彼女が見ているリボンは今彼女が付けているものと形が似ていた。
「新しいリボンがほしいのか?」
彼女の隣に並び、聞いてみると若菜は、コクりと頷いた。
「このリボンはお気に入りですが、もう1つ持っておこうかなと……」
「そっか……。これとか若菜に似合いそう」
水色のリボンを手に取り、彼女の髪についている白のリボンの反対側に付けてみる。
すると、若菜は、驚いたのか肩をビクッとさせて俺から一歩離れた。
「ご、ごめん」
「い、いえ、驚いただけですので……奏太くんが似合うと言ってくださるのならもう1つはこれにします」
若菜は、俺が選んだ水色のリボンを気に入ったのか鏡でついているのを見ながら嬉しそうな表情をした。
その嬉しそうな笑顔を横から見ていた俺は、ドキッとした。
(俺、笑顔に弱すぎるだろ……)
小さい頃、彼女を好きになった理由の1つもそうだった。若菜の笑うところが好きだ。
「じゃあ、またリボンを俺からプレゼントさせてくれ」
「いいのですか?」
「うん、いいよ。テストの点で勝ったご褒美だから」
「ありがとうございます」
若菜は持っていた水色のリボンを俺に手渡した。
***
ショッピングモールからの帰り道。若菜は、さっそく水色のリボンをつけていて、嬉しそうにニコニコしていた。
「嬉しそうだな」
ショッピングモールにいる時は、ずっと手を繋いでいたからか帰り道、手を繋いでいないことに違和感を感じる。
「ふふっ、嬉しいに決まってます。好きな人からプレゼントをもらったのですから」
彼女が喜んでくれると俺まで嬉しくなる。
マンションに近づくにつれてもうこの楽しい時間は終わるのかと少し寂しくなる。
若菜といる時間が好きだ。側にいると落ち着くし、ずっとこのままでいられればいいなと思うことがよくある。
(もう少し……若菜と一緒にいたい)
マンションに着いてからエレベーターに乗り、若菜は5階のボタンを押す。俺は6階だが、その階のボタンを押さなかった。
「奏太くん? 押さないのですか?」
閉まるボタンを押す前に若菜は、俺が6階のボタンを押していないことに気付いた。
「まだ一緒にいたい」
「!」
気付いたら思っていたことが口に出ていた。
聞いていた若菜は、俺の言葉に驚いていた。そりゃ驚くだろう……俺が言いそうな言葉じゃないから。
「私もまだ奏太くんといたいです」
彼女は、そう言って閉まるボタンを押してこちらを見て微笑んだ。
5階に着くと若菜の家にお邪魔させてもらった。夕方に彼女の家に来るのは初めてだ。少し不思議な感じがする。
「夕食、一緒に食べません? 一人だと寂しいので」
一度正直な気持ちを彼女に伝えたからか今なら素直になれる気がする。
「うん、俺も若菜と一緒に夕食を食べたい」
「ふふっ、では、決まりですね。奏太くんが好きなハンバーグにしましょうか」
「おっ、いいな。俺も手伝う」
「ありがとうございます」
俺はここ最近、学校での若菜を見て、越えられないような壁を感じていた。
けれど、それは俺が勝手に思っていただけで手を伸ばせば、彼女に届く。
「そう言えば、昔はよく奏太くんの家族と私の家族で一緒に夕食を食べてましたね」
「あぁ、そうだったな。その後はだいたい泊まろうってなって一緒に寝て……」
「ふふっ、一緒に寝ましたね。では、小さい頃のように泊まっていきますか?」
「えっ……?」
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