第27話
ある朝、カルタは神社で一人ぼんやりと紅葉を眺めていた。
「……なんだ?」
なにやら山全体がざわざわと騒がしい気がして、カルタは思わずその場から立ち上がった。
朝の静けさに身をひたしていたからこそ気づいたのかもしれない。
ふもとが見下ろせる場所まで行くと、いつも見える炊事の白い煙とは別で黒い煙が村から上がっていた。
耳をすますと悲鳴のようなものまで聞こえる。
「……なんだ? ……なんだ? おかしい! 村でなにか起こってる!」
カルタは急いで金棒を手に取り、山を駆けおりた。
山道の途中でも異変に気づいた。
いつもなら適当に歩き回るだけで一匹や二匹くらいはモンスターと遭遇するのに、今日は一匹もいない。
焦るカルタであったが、こういう時に都合よく鬼の姿になることはできない。
人間のままで、遅い足を恨みながらひたすら駆け抜ける。
ふもとの村の入口まで着いたカルタが見たのは地獄だった。
燃えさかる家、多数のモンスター、血まみれで倒れる村人たち。
「どういうことだよ!」
そう叫びながらカルタの身体は鬼に変化していく。
何に対しての怒りかはわからない。
モンスターに対するものか、この状況に対するものか、自分自身に対するものか、説明しようのない怒りが頭の中を白くしていく。
「
「鬼神様だ! 来てくれたぞ!」
近くにいた狼のようなモンスターの頭を叩き潰しながら、鬼は叫んだ。
「なんでこんなことになってるんだ!?」
「わかりません! 急にたくさんのモンスターが村を襲ってきたんです!」
初老の男性がそう答えた。
彼も腕から血を流している。
狼はその場に数匹いる。村の男たちが農具や即席の武器を手に取り、なんとか女子供を逃がそうと奮戦していた。
いくら鬼であろうと一度にすべての相手はできない。
そこかしこにいる狼たちに対し、なんとか村人の身代わりになって噛みつかれながらも、一匹ずつ対処していくしかなかった。
狼は動きが速く、鬼の状態のカルタであってもスムーズに一撃で殺すのは難しい。一匹だけであれば、時間をかければそこまで傷を負わずに倒しきることができるのだが、狼の習性なのか奴らはチームを組んで獲物を狙う。
一匹に気を取られていると、後ろから別の狼が喰らいついてくる。噛まれた箇所を気にして意識をそらすと、また別の狼が襲い掛かってくるのであった。
いくら訓練したところで、もともと戦いを得意とするタイプではないカルタにとって、狼の集団とスマートに戦う方法はいまだにわからない。
肉を切らせて骨を断つ。
鬼としての彼にできることは、それだけである。
腕を噛まれれば、そのまま抱きついて首を絞め落とす。
足を噛まれれば、その狼ごと蹴りをはなって別の狼に叩きつける。
そうして、一匹ずつ、泥臭く、醜く殺していくと、順調に狼の数は減っていき、最終的に立っているのは血まみれの鬼だけとなった。
まわりにいた村人たちは感謝しつつも、畏怖の念を感じざるを得ない様子で呆然としていた。
村人たちのなかには、すでにこと切れている者もいるようだった。
生きている者も、ケガをして、地面に座り込んでいる。
「鬼神様、村にはまだモンスターがいるはずなんで、行ってください」
「すまん」
自分の傷ならいくらでも治せる鬼であったが、他人の傷はどうしようもなかった。
ここでできることは何もない。
鬼は再び走り出した。
村に入りこんだモンスターは、ゴブリン、狼型のモンスター、角の生えた兎あたりである。
このあたりでいつも見かけるモンスターであり、カルタとしては対処に慣れている。
しかし村人たちには一匹であっても荷が重い。そんなモンスターが大量に村に入りこんでしまっている。
いくらカルタが村人を守ろうとしても取りこぼしはある。
一人また一人と村人が傷つき、死人が出るのは避けられなかった。
鬼は血を流し、いつしか涙を流し、それでも戦い続け、ついには村からモンスターを一掃した。
カルタとしては一番気になっていたのは井田と老婆だったが、二人ともケガなく生きていた。
もちろん適合者でもない二人が自分の力だけでこの状況を切り抜けられるわけがなかった。警察官の小林が身をとして二人を守っていたのである。
「鬼神様……本当に鬼だったんだね……ゴホッゴホッ……ッ!」
「おい! 喋るな!」
モンスターにはなぜか銃が効かないため、小林は警棒と手製の盾で戦っていた。もちろん一般人よりは戦う技能を持っている彼だったが、さすがに多勢に無勢。
その場でケガが治っていく鬼とは違い、全身傷だらけになった小林は重傷だった。
血を流しすぎており、顔も蒼白になり始めている。
「最後に警官らしい仕事ができてよかったよ……」
そう言って、弱弱しく笑いながら、小林は目を閉じた。
井田が「小林さん!」と呼びながら何度か肩を叩いたが、小林がそれ以降目を開けることはなかった。
彼女は歯を食いしばりながら涙を流している。
鬼は彼女にかける言葉を持たなかった。
犠牲は多かったものの、なんとか乗りきることができた、と気を抜いたその時、パンッ、という音と共に、鬼の腹に痛みが走った。
「うぐッ……!」
強烈な痛みに思わず膝をついた鬼が、音の鳴ったほうをにらみつけると、警官の姿があった。
もちろん小林ではない。この村で見たことがない大柄な男性だった。
男の後ろには五人ほど仲間がいるが、警官の制服を着ているのは彼一人のようだった。
警官は銃を構えたまま、鬼のほうへ少しずつ近づいてくる。
「
「そのようだな」
警官は自身の後ろにいた勇正高校の制服をきた男子に声をかけた。
この地獄のような場所に似つかわしくないほどの美男子である。
その美男子が言った。
「やあ、はじめまして。ボクは豪徳寺アキラというものだ」
「……ッ! お前かァ!」
勇正高校生徒会長。そして、カルタの命を狙うもの。
目の前にいる彼が、偽物ではなく、今度こそ本物の豪徳寺なのだと理解した瞬間、鬼の中で
怒りに呼応するように、まだ再生途中だった全身の傷が勢いよく治癒されていく。
「ふむ、本当に傷が治るんだな。気持ち悪い奴め」
「お前、何しに来た」
「ふんっ。いい加減ボクの邪魔をされるのは
「まさかお前が……お前がこれをやったのか? このモンスターを連れてきたのも、お前だっていうのか?」
「そうだよ? ここ最近の君の動きを観察した結果、それが一番君の嫌がりそうなことだと思ってね。どうだい、気に入ってくれたかな?」
ニヤニヤと笑いながら豪徳寺はそう言った。
鬼は、あまりの悪意に吐き気を催した。
「お、ま、え…………ぶち殺してやる!」
「おっと、せっかちだなぁ。ほら、最後のプレゼントだよ、楽しみな」
豪徳寺が余裕そうに笑いながらそう言うと、飛びかかろうとした鬼の足に、パンッと、肉の花が咲いた。
警官がまた銃を撃ったようだ。
その銃声が合図となり、豪徳寺と警官が後ろへ下がり、それ以外の四人がいっせいに鬼に向かって動き始めた。
豪徳寺の仲間の中で、一番年上に見える中年男性が、武器を持たず素手のまま一番前に出てきた。
その他の三人は全員勇正高校の制服を着ており、それぞれ日本刀を持っている。
中年男性とカルタから少し距離をとり、カルタを囲むように移動した。
――日本刀なんてどこから持ってきたんだよ。
――そういえば武器を作れる適合者がいるっていってたし、そいつに作ってもらったのか。
無手の中年男性が鬼の目の前まで来て大声をあげた。
「柔道三段、黒田!」
「……?」
「名を名乗れ!」
馬鹿なのだろうか? と鬼は首をかしげた。
「先生、そんなのいいからはやく攻めてください!」
どうやらこの中年は勇正高校の教師らしい。
しかし仲間である生徒たちからも呆れた声があがっている。
「名を! 名乗れ!」
「……ただの鬼だ。お前らに名乗る名はない」
そう吐き捨てながら、鬼は金棒を教師にむかって振り下ろした。
意外にも機敏な動きを見せる柔道三段黒田は金棒をよけて、鬼の腕と襟を掴んだ。
すぐに振りほどいてやると、鬼が考えた次の瞬間、鬼が見ていた景色がぐるりと反転し、背中に強い衝撃を受けた。
「ぐはッ!」
「今だ!」
いつの間にか地面に叩きつけられてしまったと理解した鬼が起き上がるよりも早く、三本の日本刀が振り下ろされる。
一本はとっさに金棒で防いだものの、もう一本は鬼の足を切りつけ、もう一本は鬼の腕に刺さった。
当然痛みはある。が、鬼にとってそれは致命傷ではなかった。
「ガアアアアァ!」
叫びによって痛みを塗りつぶし、あえて腕に刀を刺したまま、その刀の持ち主の手に金棒を叩きつける。
「痛っ! しまっ……」
相手が刀を手放した隙に、鬼が相手に抱き着いた。そのように周りからは見えた。
教師の黒田や生徒たちは、その動きの意味がわからなかったが、鬼が唐突なハグから相手を解放して離れたところで、その結果を目撃した。
「ごぼッ……ヒュー……ヒュー……」
ハグをされた生徒の喉には穴が開き、血と空気が抜け出していた。
教師と生徒がいっせいに鬼を見る。
鬼のひたいに生えた角から、さきほどまでなかった血が滴り落ちているのだった。
「刺したのか……? 角で……?」
「バケモノめ……」
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