第6話
大鳥は門番に対してひとしきり文句を言った後、校舎へ入った。
大鳥はそのまま校長室へ向かい、ノックもせずに部屋の中へかけこんだ。
部屋の奥にあるソファに座っていた豪徳寺は急な来訪にびっくりしたような顔を一瞬見せたが、すぐにイラついた表情で文句を言いかけた。が、それよりも先に大鳥が叫んだ。
「タケシたちが殺された! しかも、その殺したやつがこの学校まで乗り込んできたんだ!」
豪徳寺は目の前の無礼者に対して話を聞く気が失せていたものの、さすがに内容が内容だったので続きをうながした。
「……ちっ。ノックぐらいしろクズが。で? タケシはそれなりに強いはずだ。相手はどんなモンスターだ?」
大鳥は豪徳寺の機嫌の悪さにひるんだ様子をみせながら言った。
「に、人間だよ」
「ほう。そいつも適合者だったのか?」
タケシは
この勇正高校にいる者たちは、タケシが校舎のまわりにいるモンスターを何匹も葬るところを目撃している。そんな彼を適合者でもない人間が殺すのは難しいだろう。
「あれがスキルなのかはよくわからないけど、鬼の姿になって戦うやつだった。鬼になる前は普通に日本語をしゃべってたからモンスターってわけじゃないと思う」
「ふうん。鬼になる……か。聞いたことがないスキルだな。で、乗り込んできたってことは、捕まえたんだろうな? それとも、もう殺したか?」
豪徳寺は大鳥の目をまっすぐに見つめながら問いかけた。
大鳥は目を下に逸らしながら答えた。
「い、いや……門番が逃がしたんだよ」
「ちっ、どいつもこいつもなんでそんなに無能ばかりなんだ!」
豪徳寺は机をバンッと叩いて激昂した。
「そもそもなんでお前は生きている? おめおめと一人で逃げだしてきたっていうのか? お前が持っているスキルを使えば相討ちにくらい持っていけたんじゃないのか?」
「それは……」
「はぁ、情けない。自分でスキルを使えないなら、ボクが無理やり使わせてやってもいいんだぞ?」
「……! それだけは勘弁してください! 次は必ずなんとかしますから」
大鳥は豪徳寺の次の言葉を聞く前に、大きく一礼をして、逃げるように校長室を出ていった。
「ちっ、使えないやつめ」
豪徳寺はそう呟いて、黙考しはじめた。
――その鬼とやらの目的はなんだ? わざわざボクたちの拠点までやってきて。
――鬼は鬼らしく大量虐殺でもしにきたっていうのか? それとも殺しそこねた大鳥を追ってきた? それともまさか……ボクか?
――確かに、いろんなやつらから恨みを買っている。だが、今まで追い出したやつのなかに鬼になる適合者なんていなかったはずだ。もし、それだけ強そうなやつがいたら絶対に手元に置いておく。
「めんどうだな。とりあえず指名手配書を作らせておくか」
豪徳寺は、顔写真を撮ったであろう門番のところへ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
不動カルタは街中を疾走しながら、大鳥のセリフを思い出していた。
『こいつを捕まえろ! こいつがタケシを殺したやつだ!』
――先に殺そうとしたのはそっちだろうが!
――だけど……俺が人を殺したというのも、また事実。
――俺は人殺しに、なったんだ。
――俺が、人殺し……?
あの村で戦っている間は、ただ死なないために夢中だったし、頭の中は煮えたぎる怒りで埋め尽くされていた。
坊主頭の男を殺した時も、後悔はなかった。 特に気分が悪くなることもなく、『ただ敵を倒しただけだ』という気持ちでいた。
もちろん平和な日常の中であれば、殺人は許されないことだと、カルタも理解している。
本来、彼は殺人どころか喧嘩すらしない人間である。子供の喧嘩レベルであっても、暴力をふるう人間を理解できないと考えていたはずだった。
それなのに……何かが彼の中で変わってしまった。
今、この世界は、わけのわからない非常事態に突入している。
法律や常識というものはすでに通用しないだろう。
それに影響を受けただけなのかもしれない。
だが、それだけではない何かが彼を根本的に変質させてしまったような予感があった。
走りながら、吐き気がこみあげてきたカルタは思わず立ち止まった。
――人を殺してはいけないと、身体が理解しているとでもいうのか?
――俺はもう人間じゃあなくなったのか?
――化物。
――モンスター。
――鬼。
もう、スキル的にも社会的にも、どこかしらのコミュニティに所属して平和に生きることはできないのだとようやく理解したカルタは、顔をゆがめ涙を垂れ流しながら、ふたたび走り出した。
2030年11月4日 17時ごろ
カルタはとぼとぼと住宅街を歩いていた。
すでに涙は止まっているものの、心は沈んだままだった。
しかも、泣きながら適当に走っていたせいで迷子になっていた。
大きな道を目指して歩いていると、ふと、遠くで女性の叫び声が聞こえた気がした。
「……! モンスターかなにかの鳴き声、じゃないよな?」
カルタは立ち止まり、耳をすませた。
かすかにだが、悲鳴と、「たすけて」という言葉も聞き取れた。
ぐっと全身に力を入れ、走り出そうとしたカルタだったが、その直後、すぐに脱力し、その場から動けなくなった。
「今さら、俺が誰かを助けて、なんか意味があるのか? むしろ……」
むしろ、関わらないほうがいいだろう。そう考えたのである。
なぜなら、また鬼になって、誰かを殺してしまうかもしれないからだ。
悲鳴をあげている女性を助けに行って、その女性を殺すことはないにしても、仮にこの女性を襲っているのがモンスターではなく人だった場合、自分はどうするのだろう、と自問した。
――自分への攻撃に対して正当防衛をするならまだしも、他人を助けるために人殺しなんてしたくない!
「たすけて!」
「ケイコ! このクソ狼!」
いつの間にか距離が近づいていたのか、さきほどよりも声がはっきり聞こえた。
クソ狼、と叫んだのも女性の声だった。
どうやら女性二人組が狼型のモンスターに襲われているらしい。
狼型のモンスターにまだ出会ったことがないカルタは、その戦い方を想像した。
――大きさにもよるけど、ゴブリンより動きが速くて強いだろうな。
――ただの犬でさえ本気で走られたら追いつけるわけがないしな……勝てるのか?
「いやいや、何を考えてるんだ。そもそも助けにいかないから」
口ではそう言いながら、彼の足はなぜか悲鳴の聞こえるほうへ向かい歩き始めていた。
だんだんと早歩きになり、「どういう戦い方をするのか観察くらいするか」と言い訳しながら、最後には走り出した。
走り出して1分もしないうちにたどり着いたのは小さな公園だった。
遊具もなく、ベンチが一つあるだけで、公園というより空き地といってもよかった。
そこでは大型犬ほどの大きさの狼一匹と、それに立ち向かうように武器をかまえた女の子が二人いた。
一人は小さな弓を持ち、矢をつがえてかまえている。
もう一人はすでに攻撃を受けてしまったのか腕から血を流しながらも、ゲームで見るような盾を構えて狼の攻撃にそなえている。
狼には一本の矢が刺さっており、そのせいか警戒して、すぐに飛びかかることはなさそうだ。唸り声をあげながら、慎重に隙を狙っている。
――隙を作るくらいしてやるか。
カルタは彼女たちに顔を見せたくなかったので、隠れたままサポートする方法を考えた。
結果、思いついた案は、『木の枝を投げる』だった。
――狼と言ってもしょせん犬っころだろ? いや、モンスターだけどさ……。
――ともかく、犬なら木の枝が好きなはずだ! 絶対に反応するだろう。その隙に、あの女が矢を放って……あとはなんかうまくやってくれるだろ。
――そして、どさくさに紛れて俺は逃げる。完璧な案だ!
カルタは足元に落ちている木の枝を拾い、木々の隙間から枝を投げるタイミングを見計らう。
――次に狼があの子の盾に攻撃した直後にやるぞ。
数秒後、その時はおとずれた。
狼が姿勢を少し低くし、ほえながら飛びかかる。
「ガウッ!」
「きゃあっ……」
――今だ!
勢いよく枝を振りかぶった瞬間、バキバキ! と大きな音が彼の足元で鳴った。足の裏に感じる木の枝を踏み潰したような感触。
――やべっ!
狼はその音に敏感に反応し、カルタを視界におさめた。
カルタの動きは止まらない。
狼と目を合わせながら、枝を投げた。
そうなるともう、こっそりと隙を作るどころの騒ぎではない。ただの敵対行為である。
狼は枝を避けながらカルタにむけて走り出した。
「くっそ! ミスった」
カルタは金棒をひきずりながらも構え、狼の頭めがけて、野球のバッティングのように振り抜いた。
鬼の状態ではないカルタにとって金棒は重い。ゆるゆると振るうのがやっとで、狼はそれをたやすく避けた。
金棒を振り切ってバランスを崩したカルタの腕に狼が食らいつく。
「痛っ! 離れろ!」
彼が狼の頭を殴りつけても、腕ごと振り回しても、狼は気にせずくわえ続ける。
カルタに再生能力があるといっても、さすがに相手の牙が刺さったままの腕は再生できない。
痛みに耐えながら、どうやって倒すか悩んでいると、狼がいきなり「キャンッ!」と鳴いてカルタの腕から離れた。
何がおこったのかはよくわからなかったが、チャンスと思い、再び金棒を狼の頭に叩きつけた。
狼もぐっと踏み込んで避けるように見えたが、その踏み込みの途中でガクリと力が抜けたように動きをとめた。
そして金棒はしっかりと狼の頭をとらえて、陥没させた。
狼はそれ以降、動くことはなかった。
再生していく腕を気にしながら、カルタは狼を観察した。狼はゴールデンレトリバーよりもひとまわり大きく、黒い毛色をしている。
――初めてみたけど、やっぱりゴブリンより強かったなぁ。
――最後、こいつの動きがなんか変だったよな。それのおかげで勝てたけど……。
陥没した頭から狼の全身へ目を移すと、すぐに謎がとけた。
狼の体には矢が二本刺さっている。一本は腹へ、もう一本は後ろ足へ。
――最初は一本だったよな。あの戦闘中に当てたのか!? すごい技術だ。
――っていうか、ミスったら俺に当たってたんじゃ……?
カルタは、称賛半分、文句を言いたい気持ち半分で女子たちを見た。
狼が動かないことを確認したのか、二人は彼のほうへ近づいてきていた。
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