第25話


 カルタが神社で暮らし始めて数週間が経過した。


 たまに鳥やイノシシを捕獲できたが、基本的に食料が足りていない。


 そんな生活をしているとすぐに痩せてしまうし、体調も崩れそうなものだが、そこは『憤怒』のおかげか、いっこうに痩せないし風邪も引かない。


 空腹状態に適応してしまったのか、あまりお腹もすかなくなってしまった。



 なんだか自分がどんどん人間離れしていくようで少し落ち込んだカルタは、どうせなら断食でもして餓死するかどうか試してみようと考えた。


 喉の渇きだけはどうにもならなかったので、神社の手水だけを飲んで過ごしていたが、一週間の断食を楽々と乗り越えてしまった。


 痩せ型でありながらも少し筋肉のついた体型は維持されたままである。


 おちおち自殺すらできない化物になってしまったのか、と彼はさらに落ち込んだ。



 数日ふて寝をしたものの、いつまでもへこんでいても仕方ないと切り替えたカルタは、食料を探しに山を降りた。



 神代山のふもとには小さな村がある。


 思えばここで坊主頭の高校生たちに殺されそうになったのが始まりだったな、と怒りをぶり返しつつも、今では相棒となった鬼の金棒を与えてくれたのもその男だったか、と思いなおし、怒りを鎮めた。



 村が見え始めたあたりで、妙なことに気づいたカルタは足をとめた。



「なんで人がいるんだ? 前はいなかったよな?」



 村の中では、年老いた男性がのんきに農作業をしていたり、小さな子供が楽しそうに遊んでいた。



 林の中に隠れながら村全体を観察した結果、少なくとも20人以上いることがわかった。


 しかも、その中には以前、坊主頭の高校生に殺されかけていた老婆もいた。


 さらには、なぜかわからないが井田までいるのだった。



 ――あのツルハシの野郎。井田も助けろと言ったのに約束をやぶったのか?



 あんなことをして別れた手前顔を合わせづらかったが、意を決してカルタは井田に近づいた。


 井田は老婆と一緒に、村の空き地で、小さな子供たちの面倒を見ているところだった。



「よう」


「……? カルタくん!? なんでここに?」


「それはこっちのセリフだ。俺はあの山の上の神社に住んでるんだが……婆さんもひさしぶりだな。あんたもなんでこんな不便そうな村にいるんだ?」



 この村には何もない。


 ちらほらと民家があり、あとは一件だけ雑貨屋があるものの、それ以外に店はなさそうである。


 避難所に行ったほうがいいだろう。


 老婆はなぜか仏でもおがむように手を合わせながら言った。



鬼神様おにがみさま……おひさしゅうございます。ワシはあなた様に助けられたあの後、運よく保護されましてな。避難所である勇正高校まで連れて行ってもらいましたわい」



 勇正高校と聞いてカルタは嫌な予感がした。



「一度は避難所に入れたんですがなぁ、結局『老人は使えないから他へ行け』と言われて追い出されましたわ。この村におるのは、その避難所から追い出された人間で、老人、子供、病人、ケガ人のよせ集めですな。近くにある避難所はその高校くらいだったもんで、ワシらが遠くの避難所へ行くのは難しく……」



 あの高校、というより豪徳寺アキラがやりそうなことだな、とカルタは心の中で毒づいた。



「それで井田も追い出されたってわけか。一度は勇正高校へ行ったんだろ? 婆さんから話を聞く前はてっきりあのツルハシ野郎が約束を破ったのかと思ったぞ」


「彼はちゃんと私のことも保護するように頼んでくれてたよ。あの後、私の家に何人かやってきて、その人達にちゃんと守られながら高校まで行ったの」


「そうか。ならよかったんだけど、じゃあなんでここにいる?」



 カルタがそう聞くと、井田は苦い顔で答えた。



「私もこの足なのに、なぜか追い出されなかったの。差別的な方針が当たり前のようにまかり通ってる状況と、それと矛盾するかのような自分の存在に耐えられなくなっちゃって……自分から出てきたの」



 井田は言わなかったが、おそらく勇正高校の人間たちは『顔がいいから』などという理由で彼女の所属を許可したのだろう。カルタはそう予想した。



「二人がここに来た事情はわかったけどさ……危ないだろ? モンスターが出たらどうするんだ?」


「一応、戦える男の人もいるけど……このあたりはほとんどモンスターがいないんだよ? なんでだと思う?」



 井田が意味ありげな視線をカルタに投げて、そうたずねた。


 カルタには見当がつかないので、「さぁ?」と首をかしげた。



「カルタくんのおかげだよ」


「俺?」



 カルタがこの村のために何かしたような記憶はなく、ますますわからなくなった。



「カルタくんが山の上でモンスターを間引いてくれてるんでしょ? この村の近くで赤い鬼がモンスターを倒していたって噂になってるんだよ」


「ああ! そういうことか」



 確かにカルタはモンスターを狩っていた。


 神社の周りにある林に入ると、たまにモンスターと遭遇する。


 鬼にならなくとも倒せることもあるが、ときどき集団のモンスターに出会ってしまったときは、敵から攻撃を受けているうちにイライラがつのり鬼になってしまうことがあった。


 以前、逃げるモンスターを鬼の姿で追いかけていたときに、かなりこの村まで近づいたことがある。その時に村人から姿を見られたのかもしれない。



 モンスターを食べる気にはならないので積極的に狩っていたわけではないが、食べられるものを探すために山中を歩き回っていたので、結果的にモンスターをその都度殺すはめになっていた。


 回りまわって、それがこの村のためになっていたのかもしれない。



 カルタが納得していると、老婆は持っていた袋から柿をいくつか取り出し、彼に差し出した。



「鬼神様はこの村の守護者ですわい。どうかこれをお納めください」


「そのオニガミってなんだよ。鬼ではあるが神じゃあない。やめてくれ」



 カルタは金棒をコツンと軽く叩きながらそう言った。



「しかし、あなたはワシを助けてくだすったじゃないですか。神様みたいなものです」


「助けた? もしかして、あの殺されかけてた時の話か? あれはあんたがたまたま生き残っただけで、俺が助けたわけじゃない」



 老婆はカルタの声が聞こえているのかいないのか、むにゃむにゃ言いながら、また手を合わせておがみはじめた。


 まわりで黙っていた子供たちも見様見真似で手を合わせている。


 井田はそれを見て笑いながら言った。



「なんだかんだ言いながら私のことも助けてくれたじゃない。まぁ、最初に声をかけたときは見捨てられそうになったけど……結局一緒にいてくれたでしょ」



 井田もカバンからから乾パンを一袋取り出し、遠慮して受け取ろうとしないカルタの手を握って無理やり押し付けた。



「助けてくれてありがとう。これはお礼ね」



 カルタはなぜか泣きそうになりながら、二人から受け取った食べ物を握りしめた。


 食べなくても死なないからいらない、とは言えなかった。



 泣いてしまう前にパッと後ろを振り向いて、「ありがとう! もらっていくよ」と言いながら、立ち去ろうとしたカルタに井田は声をかけた。



「どこへ行くの?」


「また神社に戻る。やっぱり誰かと一緒にはいられないから……お前らは来るんじゃないぞ」



 カルタは全力で走り出して、林の中へ消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る