第24話

「お前、本当に豪徳寺か……?」


 鬼は特段大声を出さずにそう言ったが、静かな神社ではよく響いた。


「……ッ! くそッ、バレたか……俺は豪徳寺じゃ……くそッ、スキルのせいで自己紹介すらできないのか!?」

「なるほど、お前、奴に『豪徳寺のふりをしろ』と命令されているな?」

「ああそうだよ!」


 やけくそになったのか、偽豪徳寺はまた鬼にむかってまっすぐ走りだした。

 そして、鬼の金棒の届く直前でまたしても指を鳴らした。


「は? ちょっ、待っ」

「馬鹿が」


 なんの事前準備もなしに、いきなり鬼の目の前に転移させられた取り巻きの男は、混乱から立ち直る暇もなく鬼の金棒を受けて即死した。


「なにやってんだ! おい、これもう全員でかかったほうがいいぞ!」


 策もなしに暴走し始めた偽豪徳寺についていけなくなったのか、取り巻きの一人がそう叫んだ。


「馬鹿やめろ! 誰か一人は離れた場所で待機だ!」


 偽豪徳寺も負けじとそう叫んだが、「うるせぇ、そんな余裕あるわけねぇだろ! お前もちゃんと頭使って攻めろ!」と、取り巻きに言い返される。


 乱戦となり始めて、ようやく偽豪徳寺は覚悟を決めたのか、慎重な動きをするようになった。


 取り巻きたちが代わる代わる鬼に対して攻撃しかけている間、偽豪徳寺は鬼の後ろからそっと近づいていく。

 鬼まであと一歩というところで、一番遠い位置にいる取り巻きと場所を交代するのだ。

 全員が戦闘モードに入っているため、急遽場所を入れ替えられた取り巻きも即応し、鬼の後ろから攻撃を加える。


 そして、偽豪徳寺は直接攻撃をせず、逃げ回りながらも戦闘をかき回し続けるのであった。


 ――地味に嫌らしい攻撃しやがって!


 その後も何度もいいようにやられ続ける鬼の様子に、取り巻きたちは士気をあげていく。


「いけるぞ! やるじゃん豪徳寺」


 偽豪徳寺はその後も油断せずうまく立ち回っていた。

 防戦一方になり始める鬼。


 ――もう少し……あと少しで……。


 鬼は動きを最小にして、何かを待ちながら、ひたすら耐え続けた。


 ――来る……1、2、3……。


「そこだァ!」


 一瞬、ぐっと姿勢を低くした鬼は、振り向きながら体をねじるようにして後ろにむかってジャンプした。

 名一杯腕を伸ばし、金棒で突きを放つ。

 そして、その先にいるのは――


「なッ……! ギャアァァ!」


 鬼が持つ金棒には多数のトゲがある。

 そしてそのトゲは金棒の先端にもあり、今、その部位がギリギリで偽豪徳寺の右目を貫いた。


 手で目を抑えながら叫ぶ偽豪徳寺は、スキルを使う余裕もない。

 鬼は「逃がさん」と呟きながら、偽豪徳寺の首を左手で掴み、すぐさま潰した。


「グゲッ……」


 そのまま首の骨をへし折り、偽豪徳寺が死んだのを確認した鬼は「ふぅ」と息を吐いた。


 ――うまくいったな。


 鬼は猛攻に耐えながら、偽豪徳寺が自分の後ろから近づくときのタイミングと距離を測っていたのである。

 身体能力向上の一部として、聴覚も強化されている。

 鬼は攻撃をガードしながらも、ただひたすら偽豪徳寺の足音を聞き、彼の位置を掴もうとしていた。

 完全に読めたと感じたタイミングで放った突きは見事にドンピシャだった。少しでもズレていたら届かなかっただろう。


「おい、あいつ勝手に死にやがった!」

「まずいまずいまずい! もう連携とかなしだ。たたみかけるぞ!」


 一応のリーダーである偽豪徳寺を失い、残り三名となった取り巻きたちは、いっせいに鬼へと攻撃を再開した。

 とっさの判断だったが、三方向からせまる攻撃はほぼ同時に鬼へと当たるようなタイミングで振り下ろされた。


「取ったッ!」


 男達の誰かが発したその声は、ガガガンッ! という金属音にかき消された。


「なッ……!?」


 鬼は金棒を横なぎに振るいながら恐るべき速さで回転し、三人の攻撃をたった一振りで弾き飛ばした。

 男達の位置関係を瞬時に把握した鬼は、自身から一番遠い位置にいた男に対して、金棒を投げつけた。

 一番遠いといっても、鬼の膂力で投げられた金棒がスピードを落とすほどの距離ではなかった。

 男からすれば、スピードに乗ったバイクがいきなり目の前にあらわれたかのような光景が見えただろう。もっとも見えた次の瞬間には死んでいたのだが。


 金棒が男に当たるのを確認するのを待たずして、鬼は両腕を左右へ広げた。


「いぎゃッ」

「やめてくれぇ!」


 鬼は、生き残っていた男二人の髪を右手と左手それぞれで掴んでいる。

 そのまま、鬼は両足を大きく広げ、しゃがみこみながら男達の頭を自身の両ひざへ叩きこんだ。


 顔面を潰されても、まだ完全に死んでいないのか、二人ともビクリビクリと手足を痙攣させている。


 ――このまま放置しておけば、そのうち死ぬだろう……が、殺しきるのもまた俺のやるべきことなんだろう。


 鬼は少し悩んだ後、二人の頭から手を離した。

 男達は地面に投げ出されたものの、痙攣しているだけで立ち上がることはなかった。

 鬼は脚を少し上げ、男の首にむかって振り落とした。

 ゴリッという音をたて、骨が折れるのを足の裏で感じた。

 残る一人も同じように処理した鬼は、さきほど投げた金棒を拾った。

 

 自分の中にあった怒りの感情が抜け落ちていることを感じた鬼は、手のひらを見つめた。

 爪は縮み、皮膚も元の色へ戻りつつある。

 憤怒がおさまると、とたんに冷静になり、今、自分の周りが悲惨な状況になっているという現実が見えてきた。


「はぁ……死体だらけじゃないか。またこれを俺が片付けるのか……」


 自分の行いから目をそらすようにして、カルタが空を見上げると、鳥が見えた。


「カラス……だな」


 空は綺麗に澄んでいるのに、そこに見えるのは、死体ごちそうの匂いをかぎつけたカラスたちだというこの状況からして、すでに自分は地獄に落ちているのではないだろうか、という気分になるのであった。

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