第23話

 金棒の扱い方を練習し始めて数日後、神社に客が来た。

 客は客でも、望まれない客であった。


 身長170㎝ほどの男子で、勇正高校の制服を着ている。

 その男子の後ろには、体格のいい男性たちが数人いた。


 神社の掃除や修復作業をしていたカルタだったが、彼らの姿に気付くと、すぐさま近くに置いていた金棒を手に取って、臨戦態勢に入った。


 カルタの近くまでたどり着いた集団から、先頭にいた男子高校生が一歩前に出て、ひきつった笑顔を浮かべた。


「ボ……ボクは、豪徳寺ごうとくじというものだ」

「お前が豪徳寺か!」


 その名を聞いた瞬間、カルタはすぐに腹の底から怒りが沸き上がった。

 すぐにでも鬼になって、目の前の男に襲い掛かるかと思われたが、豪徳寺によって、その出鼻をくじかれる。


「まぁまぁまぁ! ちょっと落ち着きなよ! ……今日は話をしに来ただけなんだ」

「話……? お前と話すことなんか何もない! お前が俺に何をしたか……」

「ちょっと待てって。話を聞けっての……。君、なかなか強いみたいだからさぁ。今までのことは水に流してうちへこないかと思ってね」


 カルタはエンジンをかけようとするもなかなかかからないバイクのように、自分の中で怒りが空回りしているのを感じた。


 ――こいつ……普通に会話をし始めようとしている? まともに対応されると調子がくるって憤怒がうまく発動しないな……。

 ――しかし、なんて言った? 『うちへこないか』だって? 今さら勧誘なんて……。


「迷っているようだね。もちろん! ただ来いと言っているわけではない。優遇もちゃんとしてやる。食料に女、よりどりみどりだぞ」


 ――優遇ね……。やはりこいつは気に食わない。

 ――そうやって自分たちの価値観で避難所を運営して、いったいどれだけの老人やケガ人を見捨てたんだ。


 カルタは腹の底で空回りしていたエンジンが唸り声を上げ始めるのを聞いた気がした。


「うちはちゃんと働く奴には、ちゃんとご褒美を与える主義なんだ。どうだ、来ないか?」

「断る」

「なッ……! ほ、本当に言ってるのか!? 飯も女も食いほうだ――」

「黙れ! もういい。話はそれで終わりだな?」


 豪徳寺は最初に浮かべていた下手な愛想笑いをやめて、その顔には焦りと怒りを半々に浮かべていた。


「君……後悔することになるぞ? こっちは意地でもつれて来るように言われているんだ……」


 ――『言われている』だって? この豪徳寺ってやつが一番偉いんじゃなかったか……?


 カルタが少し怪訝な顔を浮かべている間に、豪徳寺の後ろにいた男性たちが各々手に武器を構えながら、カルタのほうに近づいてきた。


「そもそも、こんな奴らをいっぱい引き連れてきて、交渉もなにもないだろうが。最初っから強制するつもりだったんだろ?」


 カルタの中で、ついに憤怒が完全に発動した。

 目の前で鬼の姿に変化していくのを見て、いよいよ豪徳寺は焦りを隠そうともしなくなる。


「違う! 違うから! おい、お前らちょっと待て! 前に出るな」


 すぐに囲まれて戦闘が始まると考えていたカルタの予想に反して、豪徳寺は取り巻きをいったん後ろに下げた。


「お前、何がしたい?」

「ま、まぁ待て。落ち着け。ふぅ……本当に鬼になるんだな……まったく。落ち着け! こいつらには本当に手を出させないから! ボクと君、一対一で勝負しようじゃないか」


 鬼は今にも飛び出しそうな自分の身体を落ち着けるため、金棒を地面に叩きつけた。

 ドゴォン! と音をたてて、神社の石畳が砕け散る。


 ――しまったな……これを片付けるのは俺なんだが。なにやってるんだ……。


 自分の失敗に少しへこみ、落ち着きを取り戻した鬼は豪徳寺に問いかけた。


「じゃあ、そいつらは何のために来たんだ?」

「見学だよ! そう、一対一が正々堂々行われるか、見に来てくれたんだ。なっ?」


 豪徳寺がそう言いながら取り巻きたちのほうを見ると、彼らはニヤニヤと笑いながらうなずいた。


 ――あきらかにおかしい。絶対に何か隠しているな、こいつ。


「でも、武器を持っているぞ」

「武器なんていみないさ! 今からこいつらには離れた場所で見てもらうんだから。おい、お前らさっさと離れろ!」


 その言葉を聞いて、取り巻きたちは抵抗することもなく素直にカルタから距離を取った。

 数メートルほど離れた場所まで歩いて行った彼らを見て、鬼はますますわからなくなってきた。


 ――あいつらが持ってるのは剣や槍で、近距離用だ。弓を持っているやつはいない。

 ――あそこからだと本当に攻撃できないぞ? 本当に見学というか、監視に来ただけなのか?

 ――ということは、豪徳寺は一対一で俺に勝てるほどの自信があるってわけか……。


 豪徳寺に対する警戒をあげつつも、鬼はとりあえず一対一で戦うことを受け入れた。


「いいだろう。じゃあ、お前と俺の二人だけでやるんだな?」

「そうだ! じゃあ、準備はいいな? 正々堂々だからな? いくぞ!」


 しらじらしいセリフをはきながら豪徳寺はカルタにむかってまっすぐ走り出した。

 その左手には短剣を持っており、右手には何も持っていない。


 その姿を見て、鬼はますます混乱する。


 ――戦闘に自信がありそうだったわりに、足も遅いし、剣が使えそうな雰囲気もない。ただ持ってるだけって感じに見える。


 それでも油断はせず鬼は金棒を構えた。

 そして、タイミングを合わせて振り抜こうとしたその瞬間、豪徳寺はニヤリと笑い、指を鳴らした。


 ――指パッチン? スキルか!?


 鬼は警戒して金棒の動きが鈍った。

 その瞬間、不可解なことが起きた。


 目の前にいる豪徳寺が消えたのである。


「は?」


 そしてそれと同時に、さきほどまで豪徳寺がいた位置に別の人間がいた。


 ――こいつ、取り巻きの一人!? なんでッ……!


 その現象に頭がついていかず、目の前にいきなりあらわれた男が振り下ろす剣をよけきれなかった。

 鬼の胸元が斜めに切り裂かれた。


「ぐッ……」

「よしっ、決まった! 鬼さんこちら!」


 声のするほうを見ると、遠く離れた位置、さきほどまで目の前の男がいた位置だろう、その場所に豪徳寺がいた。


 ――スキル! 転移? 入れ替えか!


 鬼の推測した通り、この豪徳寺のスキルは『交代』である。

 目視している人間と自分の場所を交代するというスキルであり、発動方法は指を鳴らすこと。

 豪徳寺は最初から自分で戦うつもりもなかったし、一対一などするつもりもなかった。


「はっはっは! 一対一だぞ、他のやつに手を出すなよ!」


 豪徳寺は策がはまり調子に乗っているのか、嬉しそうにそう叫んだ。


「守るわけないだろうが」


 種を理解した鬼に迷いはなくなった。

 目の前にいた男にむかって容赦なく金棒を叩きつけた。

 男は逃げようとしたが、鬼の動きの速さにはついていけず、剣を持っていたほうの肩を破壊された。


「ぐあああぁああ! いだ……痛い……! おい、はやく交代してく――」


 また豪徳寺のスキルで交代されてはたまらない、と、鬼はすみやかにとどめをさした。


 神社は静まり返る。


 豪徳寺も取り巻きの誰も口を開かず、動きもせず、円の真ん中にいる鬼をただ見つめていた。


 ――おかしい。俺が聞いた話だと、豪徳寺のスキルは『傲慢』という名前だった。たしか、他人に命令をして無理やり従わせるって能力だったはず……。

 ――それに冷静になって見てみると、コイツの見た目……不細工とまではいかないが、なんというか普通だぞ? たしか、豪徳寺は誰が見てもイケメンだという噂だったのに……。


「お前、本当に豪徳寺か……?」

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