第12話
カルタは中学時代の教師と目の前の男を重ね合わせていた。
彼は中学のころバスケットボール部に所属していた。その部の監督を体育の教師が兼任していたのだ。
その監督も、目の前の男と同じく、いちいち大声で怒鳴る人間だった。
チームメンバーがミスをするたびに、胸ぐらをつかみながら「お前、バカか!?」と怒鳴りつけたり、頭を叩きながら「頭を使え!」と言い放つのである。
ダメな点を普通のトーンで説明すればいいだけの場面でもそのような態度なので、カルタも含めチームメンバーは全員萎縮してさらにミスを連発するという悪循環。
百歩譲って、相手が大人であればわざわざ丁寧に説明しないかもしれない。
しかし、あの頃のカルタたちは子供だった。説明もなく怒鳴られるだけで何かをできるようになるわけがなかった。
思えば、カルタが極端に人の顔色をうかがうようになったのもその頃からだった。
怒る人のことを苦手になったのも、怒るのが苦手になったのもその頃からである。
とにかく他人に怒られないように、怒らせないように、びくびくしながら、へらへらしながら生きてきた。
――許せない。
――俺という存在をねじまげた
カルタの体内に発生していた熱は膨らみ、すでに張り裂けそうなほどになっている。
いよいよ体が爆発するのではないかと感じたその時、カルタの頭蓋骨にヒビでも入ったかのような痛みが走った。
「ぐぅ……! うぅ……、ガアァァ!」
――これが憤怒のスキル……。
――怒りを、制御、できない……。
カルタの肌は血をぶちまけられたかのように一息で朱に染まった。
赤い肌の上で、髪と角と爪は漆黒に輝いている。
「うわぁ! まじで鬼になった……」
「噂は本当だったのか。適合者というよりモンスターじゃないか……。おい、斉藤、やるぞ」
教師と、斉藤と呼ばれた男子高校生は恐怖の色を顔にはりつけながらも、横にひろがり戦闘態勢に入った。
女性である目黒は戦闘に参加しないのか、できないのか、声も出さずにただよろよろと後ろへ下がっていった。
斉藤は手に持っていた鉄パイプを構えた。
先端は削られたように尖っている。本来モンスターに向けるための武器だろう。
斉藤が前衛、教師が後衛という位置取りで、二人は攻め始める。
「死ねえぇ!」
斉藤は鉄パイプの槍を前にかまえたままドタドタと突進した。
素人目に見ても不細工な走り方であった。
これならよけられると思い、カウンターの用意をした
「……! 痛ッ……!」
喉と肺へ熱い空気がながれこみ硬直したタイミングで、鉄パイプの槍が鬼の腹に突き刺さる。
――熱い! 痛い!
――鬼になっても防御力は皆無なのか!?
ふらつきながら後退した鬼から槍が抜け、血が吹き出す。
槍が抜けた直後から再生は始まり、すぐに穴は塞がれた。血も止まっている。
ファイアボールによって顔や喉に負ったヤケドも、いつのまにか綺麗に治っている。
しかしケガが治ったとはいえ、痛みの余韻は鬼の全身に響き続けていた。
それまでの人生で感じたことのない激烈な痛みが、鐘の音のように脈をうって全身に走り続ける。
いやおうなしに涙がこぼれた。
「先生、やりました! こいつ泣いてますよ、ハハハ」
「バカ、よく見ろ! もう傷が治ってる。斎藤、たたみかけろ!」
腹の傷が治り動けるようになった鬼は、ふたりから距離をとるように逃げ始めた。
教師はうまく鬼の逃げる先にファイアボールを放ち、それにより足踏みする鬼へ今度は斎藤が槍で攻め立てる。
喧嘩の経験などない
その結果、乗り捨てられた車とコンビニの壁でできた袋小路に追い詰められてしまう。
鬼は肩にかけていたゴルフバッグを盾にしてしばらく耐えていたが、そのバッグも、ついに炎につつまれた。
鬼は二人に背を向けながら、膝をつき、その場にうずくまっている。
「やったか?」
教師がそう呟いたとほぼ同時、鬼はふらつきながら立ち上がり、ゆっくりと彼らのほうに振り向いた。
「おい、なんだそれ……もしかしてタケシの武器か!?」
教師が気づいた通り、立ち上がった鬼の手に握られていたのは、タケシから奪い、引き継いだ金棒である。
鬼は痛みから逃げることをやめた。
いくら逃げても倍増して降りかかってくるのだ。
どうせ逃げられないのであれば、痛みを受け入れるしかない。
そして、痛みの元を断つしかないのである。
すなわち、敵を殺す。
鬼の腹はすでに決まっていた。
そこからは早かった。
刺されても焼かれても倒れない鬼は、文字通り肉を切らせて骨を断つように彼らへと迫った。
無造作に振られた金棒は、斉藤の腕を鉄パイプごと叩き折った。
斉藤が膝をついたのを横目で確認した後、次は教師に向かって一直線に走りよる。
「ファイアボール! ファイアボール! ファイア……」
遠距離攻撃しか手札のない教師は、最後の瞬間、大上段からせまる金棒を諦観の念で見つめていた。
頭を半分まで圧縮された教師は即死だった。
炎を全身に浴びた鬼は、燃えたまま斎藤のほうを振り返る。
鬼は涙を流しながら牙をむき出しにして、憤怒の形相でにらんでいた。
重そうな金棒をガリガリと地面にひきずりながらゆっくりと近づく鬼を見て、斎藤は自分の運命を悟った。
「なんでそんなに強いのに泣いてんだよぉ……キモいんだよぉ……なんで死なないんだよぉ……ぼくらが何をやっていうんだよぉ……」
「お前らが先に手を出したんだろうが……殺意をもって、一線をこえたんだ……お前らは、俺の、敵だ」
野球のスイングのように軽やかに振り切られた金棒は斎藤の頭を炸裂させた。
パシャンッと、これまた軽やかな音が鳴り響いた。
残るは紅一点、目黒ただ一人。
彼女は失禁し、腰が抜けたまま立ち上がることすらできないでいた。
彼女は目を見開いて、首を右へ左へふり続けている。
「あ、あなたは……わたしを……わたしを……」
鬼は彼女の目の前までやってきたかと思えば、しばらく考え事でもするかのように、虚空をながめていた。
ふと彼女は何かに気づいたように「あ……」と呟いた。
鬼の姿が変化し始めたのだ。
徐々に角が縮み、肌の赤色は薄くなっていく。
半分ほど人間に戻りかけている鬼は、自分の手を眺めながら、ため息をついた。
そして、目の前の女を、なんの価値もない石でも見るかのように無言で見つめた。
女は、諦めたように脱力し、沙汰を待つ罪人のようにこうべを垂れている。
そんな女の様子にはまったく無頓着で、
すなわち、自身の『憤怒』がおさまったのか確かめていたのである。
この女は、直接手は出してこなかったものの、自分を殺そうとしたした者たちの仲間だったので、『憤怒』の対象に含まれる気がしたのだ。
しかし、あっさりと人間の姿に戻っていく体に、カルタは「気まぐれなスキルだな」とぼやいた。
その言葉に、どこか安堵するような響きがあったことは否めなかった。
「指名手配なんざしているみたいだが、元々手を出してきたのはそちら側だ。クソムカつくけど……今後そちらが手を出してこなければこちらから何もすることはない。だから、もう追うなと伝えてくれ」
「あ……はい……はい、伝えますから!」
鬼は彼女のその言葉を聞いたあと、金棒を肩にかついで走り去った。
彼女は放心状態のまま、いつまでも鬼の背中を目でおっていた。
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