その鬼が君を殺すまで
川野笹舟
第1話
2030年11月2日 正午
日本で昼の12時になった瞬間、大きな地震が発生した。
それは世界中で同時におこったものであり、普段地震などない国では建物の崩壊があいつぎ、多くの人が亡くなったという。
幸か不幸か、地震大国である日本では一次被害はそれほどなかった。
『救済システムが適用されました。進捗率1%』
地震が収まった直後、人々の頭の中に声が鳴り響いた。
女性のような、機械音声のような、冷徹な声だった。
それを「世界の声だ」と言う人もいれば、「いや、神の声だ。神はいたのだ」とむせび泣く人もいた。
ゲーム好きな者たちは「システム音声だ」と言った。
空を見上げ、「ついに時が来たか……」と訳知り顔でつぶやいたものもいたらしい。
彼が本当に何かを知っていたのかは不明である。
『進捗率5%。適合者はインストールされたスキルを起動し、確認してください』
ほとんどの人間が混乱する中、『適合者』となった者は、どういうわけか自身が『適合者』になったことを理解できたし、『スキル』の使い方もおのずと理解した。
『進捗率10%……侵略テストプログラムの起動を確認しました。
世界の声は、そこで途絶えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
世界の声が鳴り響く少し前、20歳の青年、不動カルタは、とある山の上にいた。
先日、アルバイト先の同僚である女性と会話しているうちに、「あの山の頂上には神社があるらしいですよ。今度そこへお参りに行きませんか?」と誘われたのである。
秋のすみきった光に照らされた山の木々は、赤や黄色に色づいている。
その木々に囲まれるようにして、小さな神社があった。
朱色の鳥居と紅葉の組み合わせが美しい。
カルタは普段運動をしないのに、いきなり山登りというハードな運動をしたせいで、すでに脚がぷるぷると痙攣しはじめている。
ふくらはぎをもみほぐしながら彼はつぶやいた。
「すげぇ綺麗だなぁ。来てよかったわ。明日は絶対筋肉痛だけど」
登山に誘ってくれた遠藤は、SNSに載せるらしい写真を撮るのに夢中である。
カルタも一枚くらい写真を撮ろうかと思い始めたそのとき、突然地面が激しくゆれ始めた。
遠藤も写真撮影をやめてカルタのもとに走り寄ってきた。
「うわっうわっ、これ結構大きい地震ですよね」
「そうだな。一応、鳥居とかからは離れよう」
山頂にいる人々はみんなざわついていたが、そこは地震大国の日本人であるからか、落ち着いてゆれが収まるのを待っていた。
と、その時、人々のざわつきとは別の声が、全員の頭に直接鳴り響いた。
『救済システムが適用されました。進捗率1%』
『進捗率5%。適合者はインストールされたスキルを起動し、確認してください。』
カルタは眉をしかめて、遠藤の顔を見る。
当然、遠藤の声ではないとはわかっていたが、近くには遠藤しかいなかったので、そうせざるを得なかった。
遠藤も、一瞬ポカンと口をあけて放心したあと、勢いよくカルタの顔を見て、叫びだした。
「なに? なに!? 頭の中に声が聞こえたんですけど!」
「俺にも聞こえた……っていうか、なんだこれ……これがスキル? もしかして俺が適合者?」
カルタは頭に響いた声の内容とは別に、何か、新しい情報が強制的に頭の中に埋め込まれたような感覚を味わっていた。
そして、それが『スキル』だということを直感的に理解した。
「え! カルタくんが? スキル……って、なに? わかるの?」
「うーん……『
「フンヌ? フンヌってなに?」
意味不明な情報を処理しきれないうちに、次の情報が追加された。
『進捗率10%……侵略テストプログラムの起動を確認しました。
二人とも、また声を聞き取ることに集中するために虚空をながめていたが、その内容を聞き終えた瞬間、またしてもお互いに顔を見合わせた。
そして、お互い、表情がひきつっていることに気づく。
「おい……なんか嫌な予感がしないか」
「モンスターって言いました、よね」
ふいに投げかけられた『モンスター』という言葉。
日常生活の中で聞くにはあまりに異物感のあるその言葉について、二人は受け入れられなかった。
それがどういう意味なのか理解できない、というより、したくなかった……が、その答え合わせの時間はすぐにおとずれることとなった。
「グガアァァァ!」
地震発生時はざわついていた山頂だったが、『声』が聞こえ始めた後は、全員その内容を理解することに必死であまり喋らず、山頂は静まり返っていた。
神社を満たしていた静寂が、突如、獣の叫び声によって打ち破られたのである。
みんなが振り向いた先には森がある。
その木々の間から姿をあらわしたのは、一匹の熊である。
遠目に見てもニメートルはゆうに超える巨大な熊。
だが、大きさはさほど問題ではなかった。
なによりその場にいる人々の視線を集めたのは、そのひたいから生えた、黒光りする一本の角であった。
カルタと遠藤以外にも数人の登山客がその場にいる。
偶然居合わせただけで、赤の他人である彼らだが、今この瞬間、考えていることは全員同じであっただろう。
すなわち、「これがモンスターか」という納得と、「我々はここで死ぬかもしれない」という絶望である。
「う……うわあぁぁ!」
「きゃあぁ!」
悲鳴をあげて逃げる人もいれば、一歩も引かずに大声を出して威嚇し始める人もいた。
さすがに死んだふりが有効であると考える人物はいなかったようだ。
カルタは腰が抜けそうになりながらも『スキル』のことを考えていた。
「憤怒ってなんだよ……起動ってなんだよぉ! フンヌ! フンヌ!」
「カルタくん! 逃げないと!」
頭に鳴り響いた『適合者はインストールされたスキルを起動し、確認してください』という声を聞く限り、すぐにでも起動できるのではないかと思ったが、少なくとも彼には無理であったし、まわりにいる人間の中にもスキルを起動できる適合者らしき人物はいないようであった。
人間たちの混乱とは別に、角の生えた熊は冷静だった。
一番近い人間を撲殺し、次に近い人間を
効率よく人を殺す、まさしくモンスターであった。
そしてカルタの番が来た。
「フンヌ……憤怒! うぅぅ……なんだよもおぉぉ!」
それが彼の最後の言葉だった。
熊が振り下ろした前足によってカルタの頭は砕け散った。
「カルタくん!」
その光景を間近で見ていた遠藤は腰を抜かして座り込んだ。
熊は「ちょうどいい位置にある」と言わんばかりに遠藤の頭をサクリと食べた。
何人かは、隙を見て逃げることに成功した。
しかし、山頂にいた大半の人間は、あっさりとその生を終えた。
最後に、デザート代わりにしようとでも考えたのか、カルタの死体を咥えて、そのまま山を降りていった。
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