第15話


 数日、図書館ですごすうちに、新参者であるカルタも避難者となじんでいき、それなりに仲良くなっていった。


 戦える人員が増えてみんな安心したのか、説得時とはうってかわって穏やかな様子で優しく接してくれたのだ。


 やはり不安やストレスは人を狂わせるのだろう。


 基本的にカルタは外回りの作業が割り当てられた。


 数人で近隣のコンビニやスーパーに食料を探しにいき、運悪くモンスターと遭遇した場合はカルタが率先して倒した。


 雨の日は、さすがにわざわざ外に出ることはなく、みんな屋内で思い思いのすごしかたをしていた。


 図書館なので、本は大量にある。


 避難民はよく本を読んでおり、カルタもそれにつられて暇なときは本を読んでみたりした。


 晴耕雨読のような、穏やかで文化的で、もしかしたらこういう生活をもともと望んでいたのかもしれないとカルタは思った。


 ある日、みんなが寝静まった夜、ガラスの割れる音と叫び声でカルタは目を覚ました。


「なんだ!?」


 モンスターの襲撃かと予想しながら音のほうへ向かうと、そこにモンスターはいなかった。


 いや、モンスターよりももっとモンスターらしい醜悪な生き物がそこにいた。


 火事場泥棒である。


 つなぎを着た五人の男たちがバールのようなものを持って図書館にいる人たちを襲っている。


 強盗って本当にバールを使うんだ、などと余計なことを考えたカルタは自分にビンタをして正気を取り戻した。


 現実逃避するのも無理はないかもしれない。すでに目の前には頭から血を流し床に倒れた女性もおり、生きているかもわからなかった。


 そしてその女性の横で泣き叫ぶ子供をみて彼の母親だと察したカルタは一瞬で悲しみと怒りの感情がふりきれるのを感じた。


 彼の目から涙が流れ、頬からこぼれ落ち、そのしずくが地面にたどり着く前に、彼の姿は鬼に変わっていた。


「なにやってんだお前らァァ!!」


 その叫び声に、強盗も避難者たちも一瞬静まり返り、いっせいにカルタのほうをふりむいた。


「きゃああ!」


「なんだ? モンスターがなんでここに!」


 強盗にとっても予想外の状況で、仲間同士で顔を見合わせて動きがとまってしまっている。


 寝ぼけていたため金棒を持ってきていない鬼は、一番近くにいた強盗が持っていたバールをつかみ取り、ひっぱった。


 強盗の手からすっぽぬけたバールは、またすぐに元の持ち主へ突き返された。


 もちろん丁寧に手渡されるはずもなく、バールの先端を喉に突き刺されるというかたちで。


「ゴフッ……ゴボボ」


 強盗は喉から突き出たバールを両手でつかみつつ目を見開いた。


 鬼はバールを持ったまま強盗を蹴り飛ばし、無理やり引き抜いた。


 鬼はバールを振って血を飛ばし、残る四人の強盗たちをにらみつけた。


 強盗たちは動きを止めたまま騒ぎ出す


「はぁ……? ちょっと待て、あいつ死んだ?」


「死んでるよ……あれ死んでるマジで!」


「こんなモンスターがいるなんか聞いてねぇぞ!」


「中止だ中止! 逃げろ!」


 食料を盗みにきたのか、人を害しに来たのか、結局なにも目的はわからないまま、強盗たちは割れた窓から我先にと逃げていってしまった。


 後には、いまだ動揺している避難者たちと、鬼が一匹残された。


 鬼は強盗が逃げていったほうをしばらく眺めていたが、彼らが戻ってくることはなさそうだと判断したのか緊張をといた。

 鬼は地面に倒れた女性のそばによって様子を確認した。

 鬼や女性を遠巻きにみていた避難者たちは、「おい、その人に何する気だ!」と叫んでいるが、それを無視して鬼は女性に触れる。


 女性は頭から血を流して気を失ってはいるものの、息はまだあるようだった。

 女性のそばにいた子供は泣き止んで、鬼のことを不思議そうに見ていた。


「鬼さん、ありがとう」

「あぁ」


 子供のその言葉によって、鬼の中の怒りは霧散し、じょじょに元の人間の姿へ変化していく。


「あれは……カルタくんじゃないか!?」

「そんな! モンスターだったの?」

「そんな大事なことを隠して……僕らを騙してたのか……」


 強盗も鬼もいなくなったことで安心した避難者たちは、次の敵はカルタだと決めたかのように彼を責め始めた。


「出ていけ……出ていけよ、はやく!」

「そうだ、出ていけ!」

「お前が殺した奴の死体は持っていけよ! こんなもん置いていくなよな!」


 カルタは周りの人々の顔を見る気力がなく、ただ騒ぐ声を聞きながらうつむいていた。


「おい山田! お前、なんでこんなバケモノ連れてきたんだ。お前のせいだぞ!」


 山田もとばっちりで責められていた。


 みんなの矛先が山田に向いているうちに、カルタは二階へと上がり金棒を取りに戻った。

 重い金棒を持ち上げ肩にかつぐと、後ろから声をかけられた。


「行くのかい?」

「あぁ、もうここにはいられないのは明らかだろう? ……今さらだが、あんたの口車に乗らず、初日にすぐ帰るべきだったと後悔してるよ」

「すまないね」


 館長は本当に申し訳なさそうな表情をしていた。

 結局、カルタは彼の狙いが最後までわからなかった。


 館長に協力してもらい、他の人に見つからないようにこっそりと図書館を出たカルタは、真っ暗な夜道を一人歩いていた。


 ――これからどうするか……。

 ――なんにせよ、人のいないところにいきたい。


 街灯も消えた暗がりの中を、ただ月明りだけを頼りに彼は歩き続けた。

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