第28話
我に返った黒田が指示を出す。
「しっかりしろ! こいつ動きは素人だぞ。おれが前に出ておさえるから、その間にお前らで頭か心臓を狙え! 確実にやるぞ」
さすがに武道の経験があり、かつ教師でもあるせいか、黒田の声により、とりまきの生徒たちも頭を切り替えて、連携し始めた。
仲間が殺されたことにより、ようやく覚悟が決まったのか、はじめはおっかなびっくりといった様子だった生徒たちも、じょじょに動きがよくなってきている。
反対に、鬼の攻撃はあたらず、防戦一方となっていった。
教師の黒田は、投げ技は決まらなかったものの、鬼の袖を引いたり足をはらったりして、たくみにバランスを崩すことに成功していた。
その隙に残った二人の生徒が鬼の後ろから背中や首や頭を切りつける。
そして、地味ながら最もやっかいだったのが警官である。
彼は、鬼や黒田たちから少し離れたところから銃を撃ち、鬼の動きを牽制していた。
さすがに動く的に当てるのは難しいのか、基本的にかする程度であったが、たまに直撃して鬼の動きを大きく乱すことになった。
――日本の警官が持ってる銃ってリボルバーだった気がするんだが……あいつ、もう六発以上撃ったよな?
――なんで弾切れしない? 気づかないうちにリロードしてたのか?
高校生二人は素人のようで、いくら日本刀といえど致命傷にはならなかった。
柔道の男と警官。どちらかを先に潰す必要があると鬼は考えた。
――警官は遠い。
――なら、柔道野郎を先にやる。そのためには……。
鬼は黒田へむかって金棒を振るい牽制したかと思うと、くるりと反転し、自身の背後にいた高校生たちのほうへ向いた。
「逃げろ!」
黒田がとっさに声をあげたものの、高校生のうちの一人はちょうど日本刀を鬼の頭に向けて振り下ろす途中であり、その動きは止まらない。
鬼は向上した動体視力と身体能力を信じて、日本刀を自身の角で受ける。
キンッと綺麗な音がして日本刀は弾かれる。
――痛くない。角は……折れてない。
鬼は内心びびりながらも、それを表に出さず動き続ける。
日本刀を弾かれて動揺した生徒の腕に金棒を叩きつけた。
「いぎゃ!」
思わず手放した日本刀は、地面に落ちる前に鬼の手によって奪い取られていた。
そして、そのまま腕の痛みにあえいでいる生徒に向かって刀を振り下ろす――かのように見えた。
「ぐぅっ……な、ぜだ……」
「地獄耳ってやつかな」
刀は鬼の後ろからせまっていた黒田の腹を貫いていた。
鬼は黒田の教師としての人間性を信じた。
生徒を狙うとかならず身を捨ててでもかばいにくると。
来るとわかっていれば、その足音に耳を集中させておけば方向も距離も、今の鬼であれば聞き取れる。
タイミングをあわせて刀をひるがえし、後ろへ突きだしたというわけだった。
刀を手放した鬼は金棒で黒田の頭を潰した後、またしても反転し、生徒の頭も潰した。
残るは豪徳寺、警官、日本刀を持った生徒一人。
豪徳寺は未だに少し離れたところにいる。彼の顔からは、すでに余裕そうな表情は消えさり、あからさまにイライラした様子でこちらのことを見ている。
警官はもう正確な狙いなどつける気もないようで、ひたすらリボルバーの引き金をひいている。
銃の構造から考えられないほどの連射能力があるので、なにかしらのスキルと思われた。
日本刀を持った男子はすでに戦意喪失しており、警官の後ろに隠れながら叫んでいる。
「はやく殺せ……はやく殺せよぉ! もう絶対負けられないんだからな……」
「お前が前に出ないでどうするんだ! おれが銃で援護するからはやくいけ」
「無理無理無理! 無理だよぉ……」
その姿を見て鬼は情けなくなる。
――なんなんだあいつは。とっとと逃げればいいだろうに。
――いや、待てよ。あいつの顔……なにか見覚えがあるぞ……?
――そうだ! あの坊主頭と一緒にいたやつだ。あのときも結局なにもせず一人後ろにいたよな。
――まぁそんなやつのことはどうでもいい、そろそろやるか。
鬼は警官に問いかけた。
「あとはあんただけだ。さっきから気になってたんだが、なんなんだその銃?」
「スキルのおかげで弾に制限がない……ってところ以外はただの銃さ」
警官は意外にも隠すようすもなく種明かしをした。そして、また銃をうち始めた。
鬼は金棒で体を守るようにしながら、撃たれるのを覚悟で突進する。
「オラアァァァ!」
「……ッ! 来るな! クソッ!」
鬼は正中線だけを守り、身を削りながら走り続け、そのまま体ごと警官にぶち当たった。
金棒の重さも含めた突撃は車にでもはねられたかのような衝撃で、警官は転がりながら吹っ飛んだ。
内臓を痛めたのか、警官は口から血を吐いた。
地面から起き上がろうと何度か試した警官は、やがてあきらめたように脱力した。
鬼が近づくと警官は笑いだした。
「はー、死ぬのか。ははは、もうどうでもいいや」
「どうでもいい? 死ぬんだぞ」
鬼が怪訝そうに問うと警官は少し真剣な顔に戻り、言った。
「死ぬんじゃなくて、お前に殺されるんだよ」
鬼は、それもそうだな、と呟いた。
「はぁ……。おい、あのガキどもはクソだぞ。おままごとで権力者ごっこやってるだけで、他人の命をなんとも思ってねぇ。ただ使えるか使えないかだけで人を見てる」
「知ってるよ。この村にいるのは、その権力者ごっこによる合理的な判断で不要と言われた人たちだからな」
警官はニヤリと笑った後、しばし咳き込んだ。
「ゴホッ……はぁ……なんか眠くなってきたな……もう寝るわ。こんなクソみたいな世界からオレは先に離脱するぜ……せいせいする……ありがとよ」
警官は目を閉じたかと思うと、持っていた拳銃をこめかみにあて引き金を引いた。
鬼は、なんだかなぁ、とぼやきながら、一度空を見上げた後、豪徳寺を除けば最後の敵となった茶髪の男子生徒のほうに振り向いた。
「会長、助けてくれ! 僕には無理だ!」
彼の声を聞いても豪徳寺は助けに入る様子はなく、「
大鳥は、地面にへたりこんだまま刀をめちゃくちゃに振り回しながら叫んだ。
「なんでお前が生き残るんだよぉ。死ねよぉ、おまえぇ」
「なに言ってんだよ。何度も言うが、さきに手を出してきたのはお前らだろう」
「先に? タケシのことか……? タケシだろ!? あの坊主のやつのことだよ!」
「そうだ、もとはといえばそいつから始まった」
「なら僕は関係ないじゃないかぁ!」
「そんなわけないだろ……それにそんなに嫌なら、あの時も今も、とっとと逃げればよかっただろうに」
「無理だよぅ……豪徳寺に命じられると逆らえないんだよぅ……体が勝手に動くんだ……僕のせいじゃないだろっ……!? だから、頼むよ、見逃してれよ! なぁっ!?」
「もう二度と俺を追わないと約束してくれるなら見逃してもいいぞ。さっさと失せろ」
「だから! できないって言ってるだろぅ……命令のせいで逃げることもできないんだ……。それに僕はスキルももう使えない! 抵抗しない! なぁ、助けてくれ」
スキルと聞いて鬼はすぐさま金棒を構えなおした。
「……どんなスキルだ、言え」
「落ち着け! 僕のスキルは囮になる能力で……使ったら周りのモンスターが寄ってくるだけの自爆技みたいなものなんだよ。そのスキルはさっき使って、それで集まってきたモンスターはお前が全部倒しちゃったんだろう? だから、もうこのあたりのモンスターは全部いなくなっちまったんだ。ほら、僕にはもう抵抗もなにもできないんだ! な? 僕が逃げられないかわりに、お前がこの場から逃げてくれよぅ!」
大鳥のスキルに関する説明を聞いたその瞬間、鬼の身体から炎のように憤怒が溢れだした。
外見に変化はない。が、大鳥はそれを敏感に察した。
「まっ……待て待て待て……ちょっと、どうしたんだよ……?」
「村のみんなが死んだのは……お前のせいか……」
「待ってくれ! 違うんだ! 全部会長が悪くて」
そう言いながら大鳥は豪徳寺のほうを振り向く。
豪徳寺は呆れたように首をふっている。
「続きは地獄でゆっくり聞かせてもらおう」
そう言って、鬼は金棒を両手で持ったまま、まっすぐ上に構えた。
鬼の強化された腕ですらビキビキと筋肉に痛みが走るほどのスピードで振り下ろされた金棒は、大鳥の頭から腰までを切り裂くようにして押し潰した。
大鳥だったものを見ながら、鬼は沈黙した。
風も鳥も何もかもが沈黙していた。
パンッ! パンッ! パンッ!
その時、静寂を割るような銃声が3つ響いた。
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