第14話


 結局、なし崩し的に一泊していくことになったカルタは今、彼女と一緒に庭を散歩している。


 庭は、たくさんの木々が植えられており、よく手入れされている。


 紅葉の木もあり、色づいた葉を見ていると、遠藤と一緒に見た神代山からの景色を思い出す。


 遠藤より先に自分が死んでしまったのでわからないが、適合者でもなさそうだった彼女が生き延びることは難しかっただろうとカルタは考えていた。



 庭には池まであった。


 ちらほらと小さな魚が泳いでいる。



「鯉も二匹いたんですけどね……父と一緒に食べちゃいました」



 照れながら井田はそういった。



「えっ? 鯉を? 釣って、さばいて食べたのか?」


「はい。釣りというより、ただエサをあげるふりをしただけで寄ってくるものですから、父が手で捕まえました」


「お、おう……」



 おしとやかな彼女であるが、彼女の父親はけっこうワイルドな人だったのかもしれない。


 いや、おしとやかな風ではあるが、彼女もたいがい、縁側から落ちるほどに叫んだり、カルタのズボンをとっさに掴んだり、意外と行動的な性格をしているのかもしれないな、と彼は思った。


 モンスターさえいなければ、一人でもここから避難所へ向かっていただろう。



 その夜、二人で食事をしている最中、井田が「そうだ!」と思い出したように言った。



「父が飲んでいたお酒があるんですけど、いかがですか? 私は飲めないので手を出していなかったのですが」


「あぁ、もらうよ」



 あまり酒が好きなほうではないが、今の世の中ではかなり貴重なのかもしれないと思い、カルタは飲むことにした。


 彼女が持ってきたのはウィスキーだった。


 ひさしぶりに強い酒を飲んだこともありすぐに酔いが回ってきた。



「カルタさんはおいくつなんですか?」


「二十になったとこ」


「じゃあ同い年ですね」


「そうなんだ。井田がずっと敬語だから年下かと思ってた。敬語、使わなくていいよ」


「じゃあそうする」



 他愛のない話をしてお互いのことをいろいろと知ったあたりで、スキルの話になった。



「……井田は、適合者なのか?」


「いや、私も父も適合者じゃないよ。足が動くようなスキルでもあればよかったんだけど。カルタくんはどうなの?」



 カルタは自分でこの話題を選んでおきながら、この質問を返されることを想定していなかったかのように硬直した。


 一気に酔いがさめたようだった。


 本当にここで酔いがさめてしまったのであれば、スキルの内容を濁していたのかもしれない。が、彼は久しぶりに屋内で食事をし、酒まで飲み、美しい女性と一緒にいるということで冷静な判断ができなくなっていたのかもしれない。



「実は俺、適合者なんだ……」


「えぇ! すごい! どんなスキルが目覚めたの?」


「うーん、まぁ、強くなる感じかな……戦闘系だよ」


「ふーん、魔法が使えたり?」


「魔法は無理。いや、あれも魔法みたいなもんか……。ケガをしても勝手に治るんだ」


「すごい! 私がそのスキルに目覚めていたら足が治ったりしたのかな?」



 彼女は足をさすりながらそう言った。


 カルタは「さぁ、古傷は治らないかも」と小声で言いながら、この話題はあまりよくないと判断した。


 コップに入ったウィスキーをぐいっと一気に飲み、別の話題を口に出した。



「井田は神代山って知ってるか?」


「えぇ、もちろん。この近くにある山で、山頂の神社が有名だね。それが?」


「世界の声が響いた日に、俺、あそこにいたんだ」



 そこから、彼が今まで辿ってきた道筋をぽつりぽつりととりとめもなく話した。


 まともな相手との会話が久しぶりで、ついつい一人でひたすらに喋ってしまっていた。


 そして――



「そしたらいきなりその坊主頭のやつが襲ってきたんだ。それで……それで、気づいたら俺は鬼になっていた」


「鬼?」


「今見せることは出来ないけど、俺のスキルは『憤怒』っていうらしくて。強い怒りを感じると角が生えて鬼になるんだ」


「そうなんだ……戦闘系って言ってたのはそれのことだったんだね」


「そんなこと言ったっけ?」



 カルタはふわふわとした頭で今日の会話を思い返したが、よくわからなかった。



「鬼になると強くなるの?」


「どうなんだろう。身体能力は上がるし、再生能力はあるけど、それ以外は普段と変わらない気がする。ただ、ひとつデメリットがあるんだよなぁ」


「そうなの?」


「うん、敵を殺すまで止まれない。人間に戻れないんだ」


「……え?」



 井田はカルタの目を凝視した。


 カルタはその視線に気づくことなく、とろんとした目をふせたまま言葉を続けた。



「そのときも結局、坊主頭のやつを殺すまで止まれなかった。俺は人殺しなんだ」



 そのあと、だんだんとろれつが回らなくなってきたカルタはテーブルにつっぷしたまま眠ってしまった。


 井田は彼に毛布をかけたあと、自分の部屋へ一人で向かった。




 夜中、ダイニングで目を覚ましたカルタは毛布をはねのけて椅子から立ち上がった。



「……ッ! ……あぁ、そっか」



 彼は一瞬、自分がどこにいるかわからなかった。昨日までの環境とは違いすぎた。


 ここが井田の家で、酒を飲んだところまで思いだして失敗したなと思った。


 酔いすぎて途中からの記憶がない。


 床に落ちた毛布をひろいながら彼は呟いた。



「なんか変なこと言わなかったよな」



 椅子に座りなおし、毛布にくるまりながら、また眠るために目をつむった。



 ――毛布は井田がかけてくれたのか。本当にいい人だな。


 ――あの人に対して怒ることも憤怒が発動することもなさそうだし……明日には出ていくつもりだったけど、もう少し一緒にいてもいいんじゃないか?



 そのようなことをぼんやり考えながらカルタは眠りについた。




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