第7話

「ありがとうございます!」


 元気よくお礼を言ったのは盾を構えていたほうの女子だった。


 二人とも高校生くらいに見えた。

 盾のほうは黒髪で、弓のほうは茶髪にそめている。


「わたしはケイコで、こっちはアケミです。どうしたの、アケミ? ほら、お礼ぐらい言わなきゃ」


 盾を地面におろしながらケイコがそう言ったものの、アケミは無言のままカルタをにらんでいた。


 アケミはゆっくりと腕をあげて、弓矢を構えた。


 矢の先はカルタに向けられている。


「ちょっとアケミなにやってるの!? この人は助けてくれたんだよ?」


「ケイコは黙ってて! おい、あんた……その金棒、どこで拾った?」


 アケミはギリギリと矢を引きながら問う。


 その言葉でカルタは理解した。


 彼女は、この金棒の元の持ち主であるタケシの知り合いで、彼のスキルも知っているのだろう。


 カルタは口をつぐむしかなかった。


 アケミはいらだった様子で叫んだ。


「奪ったのか? っていうか、タケシはどこだよ……なぁ、なんとか言えよ!」


 アケミはタケシの末路を悟ったのだろう、涙を流しはじめた。


「あいつが俺を殺そうとした。そして俺がこの金棒を持っている。それでわかるだろう」


 カルタがそう言い切った瞬間、アケミの放った矢が彼の胸に刺さった。


 カルタは自分の心臓の正確な位置はわからなかったが、死のイメージを直接脳に叩き込まれるような衝撃から、その矢が心臓を貫いたのだと理解した。


「うぐッ……」


 カルタの全身から力が抜けていく。命自体が抜け出ていくような感触だった。


 あと数秒で死ぬという感覚。


 最期の力を振り絞ったカルタは胸に刺さった矢を両手で握り、勢いよく引き抜いた。


 せんとなっていた矢が抜けたことによって、血が吹き出し、対面で次の矢を準備していたアケミの顔に直撃した。


「うわッ! 目が!」


 カルタはあまりの虚脱感に膝をついてこうべをたれた。


 胸から吹き出した血が地面に水溜まりを作っている。


 ――これは、さすがに死んだかな……再生能力って血も再生してくれるのか……?


 ――あぁ、頭がまわらなくなってきた……そもそも、この女は、なんだったっけ?


 カルタは地面に顔をこすりつけながら、倒れこんだ。


「かたきをとったよタケシ……」


「タケシって……アケミがつきあってた人だよね?」


「そう、たぶんこいつに殺された……。この金棒はタケシのスキルで出せるやつだから」


 カルタは地面の冷たさと、血のあたたかさを感じながら、二人の会話を聞いていた。


 ――こいつタケシの彼女だったのか。


 ――二人そろって、俺を殺そうとするのか? 似た者同士なんだな。


 ふと、体の下にたまっていた血のあたたかさが、胸に空いた穴から体内へ移動していくような感触があった。


 胸の奥にぬくもりがたまっていく。


 ――誰かを殺すと、次はそいつに繋がる別の人間から殺されることになる。


 ――この世は、そういうふうに出来ているのか?


 カルタの胸の奥に集まったぬくもりは、さらに熱をおび、もはや熱いくらいに燃え盛っていた。


 ――じゃあ、今、俺がここで死んだら、いったい誰がこの女を殺してくれるんだ?


 ――誰もいない。


 ――――誰もいない……。


 ――俺しかいない……!


 まるで血が全身をつつみこむように、カルタの体が朱に染まっていく。


 ――俺の怒りを、この憎しみを、理解してくれるのは俺しかいない。


 ――この女を……俺の敵を殺してくれるのは……俺しかいない!


 ケイコがふと何かに気づいたように「アケミ……」と呟いた。


「ん? なに?」


「その人、なんかおかしくない……? っていうか今、動いたような」


「はぁ? んなわけないっしょ」


 アケミはそう言いながら、地面につっぷしている男に目をやった。


 血にまみれて倒れている。


「すんげぇ血まみれ。ざまぁ」


「ち、違うって! よく見て。手も顔も赤いけど……血の色じゃなくない?」


「えっ?」


 カルタは、変化した身体の感覚を確かめながら起き上がった。


「きゃあッ! 生きてる!?」


「くっそ! なんだよこいつ」


 女たちが騒ぐ声をかき消すように、カルタは雄叫びをあげた。


「ウガアアアァ!」

「鬼!? なんなんだよ、お前は!」


 アケミが動揺しながらも素早く矢をつがえた。が、放たれるより先に、鬼は金棒を振り、弓ごとアケミの腕を破壊した。


「ぎゃあぁ! 痛っ……! 痛いよぅ、タケシぃ!」


「アケミ!?」


 二撃目を叩き込もうと金棒を振り上げた鬼の前に、ケイコが盾を構えながら入り込んだ。


 鬼は動きをとめて、言った。


「お前のことはどうでもいい。死にたくないならどっかいけ」


「そんなことできるわけないでしょう!? わたしがどいたらアケミを殺す気ね?」


「それはそうだろう……。どかないのか? なら、お前も敵だな」


 鬼はそう言った後に、数秒ケイコを見つめた。


 彼女は腕をおさえてうずくまるアケミの様子をちらりと確認したあと、鬼の目を見つめた。


 その目に、ほんの少しの迷いがあるように見えた鬼は、「どいつもこいつも」と呟いて、またさらに数秒動かないままでいた。


 と、その時、遠くから男の声が聞こえた。


 見てみると、鬼たちのいる場所から50メートルほど離れた曲がり門から、男が数人走ってこちらに向かってきている。


「アケミ! 大丈夫かァ!?」


 彼女たちの知り合いらしい。


 彼らがここまでたどり着けば確実に彼女を助けようとするだろう。


 鬼にとって、それを許すことはできない。


「時間だ」


 鬼は金棒でケイコを盾ごと横殴りにして吹き飛ばした。


「きゃあっ」


 アケミと鬼の間に邪魔するものはなにもない。


「うぅ……タケシ……会えるかなぁ……」


 鬼はそれに答えることなく、冷たい目をしたまま金棒を振り上げた。


「うぅ……ひどいよぉ……。恨むからなぁ! 死んだあとに、お前を呪い殺してやるからな!」


「死んだあとも殺し合いか……」


 カルタは天国も地獄も信じていなかったが、今となっては、確実に地獄があると感じていた。


 この世は地獄で、死んだあとも何も変わらず、この世と地続きの地獄がどこまでも広がっているだけなのではないかと確信しはじめていた。


 人を一人殺した時点で、地獄の光景が見える目を持つことになっただけなのだ。


 もともとこの世と重なりあっていた地獄が見えるようになった。ただそれだけなのだ。


 鬼は重苦しい心持ちを切り裂くように金棒を振り下ろした。


 金棒が頭を潰す寸前まで、アケミは鬼の目をにらみつけていた。


「あいつマジでやりやがった!」


「女だぞ!? 普通、殺さないだろ!?」


 走りよってくる男たちの叫ぶ声を聞きながら、鬼は体内に広がる地獄から炎が消え始めているのを感じ取った。


 鬼は、ケイコや男たちに背をむけ、走り出した。


 あと数分で人間の姿に戻るような感覚がある。

 人間に戻った後で、すぐ近くまで来ている複数人の男たちと戦うのはめんどうだと思い、とっとと逃げることにしたのである。


「あっ! あいつ逃げるぞ!」


「クソ速ぇ!」


 男たちの騒ぐ声を遠くに聞きながら、鬼は全力で走り続けた。





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