第14話
翌朝、ざわざわという音で目を覚ましたカルタは、一瞬、今自分がどこにいるのかわからず、「うわぁっ!」と声をあげて飛び起きた。
「わぁ! びっくりした。どうしたんだいあんた」
「あぁ……いや、すみません大丈夫です」
近くにいたおじさんに話しかけられたが、知らない顔だった。
男性陣は同じような場所に固まって雑魚寝をしているので、このおじさんの他に山田や館長も近くにいた。
山田はまだ眠っているが、館長はもう起きて寝床を片付けている。
「おはよう、カルタくん。朝ごはんを持ってくるからちょっと待ってておくれ」
「おはようございます。はい、ありがとうございます……。……ん? いや、ちょっと待って、いらないから!」
寝ぼけた頭で思わず朝食までごちそうになりかけたカルタであったが、自分はすぐにここを出ていく予定だったと思い出した。
昨夜も感じたが、この館長はくせ者である。
口がうまく、いつの間にか丸め込まれる危険を感じたカルタはそそくさとしたくをして、誰にも声をかけず、そーっと出口へ向かった。
だが、遅かったようだ。
「おはようございます」
「……おはようございます。どいてくれます?」
出口の前には十人ほどの集団が横並びになって待ち構えていた。
その中で真ん中にいた30代くらいの女性がカルタに答える。
「いいえ、どきません」
「はい? 俺はただ外に出たいだけですよ? そもそも、なにをやってるんです、あなたたち」
「あなたを待っていたんですよ。山田くんに聞きましたよ? あなたはモンスターを何匹も倒せるほど強いらしいですね」
女性の横を見ると、山田が手を合わせて『ゴメンね』というジェスチャーをしている。
カルタは舌打ちしそうになりながらも、深呼吸をして心を落ち着かせた。
「そんなことどうでもいいんで、さっさとどいてください」
「まぁまぁ、落ち着いてください。救助がくるまででいんです。どうかここに残ってください。全員で話し合った結果それが一番いいだろうと結論をだしました」
カルタの脳はフリーズした。
目の前の女性のセリフについて、何も理解できなかった。
なにか大事な部分を聞き飛ばしたのかもしれないなと思い、目を閉じて、もう一度彼女の言葉を脳内で再生したが、やはり何もわからなかった。
なぜ、カルタがここに滞在するかどうかを、彼女たちだけで話し合って決められるのだろうか。
カルタが言葉を失っていると、彼女の周りにいた人達も、いたって真面目な顔をしたまま口々に、喋り出した。
「カルタくん、ここにいたほうが絶対いいよ」
「そうそう。お願いだよ」
「君はまだ子供だからわからないかもしれないけど、とりあえず我々の指示に従ってもらいたい」
少しずつ勢いをます人々の様子は異様で、カルタは思わず大声を出した。
「ちょっと待て! 嫌だってば。なに勝手に決めてんだよあんたたち。俺には俺の都合があるし……そもそも俺抜きで話し合いもくそもないだろ?」
カルタが大声を出したことで、彼女たちは少しおびえた様子を見せて空白の時間ができた。
すると、そのタイミングを待ち構えていたかのように、横から声をかけるものがいた。
「カルタくん、落ち着いて。あなたもここに一晩泊まったんだし、もう仲間じゃないですか。仲間を見捨てるんですか? それに一宿一飯の恩という言葉にもあるとおり、あなたはすでに我々に借りがある。返してもらわないと」
「……ちっ」
姿を見せたのは館長だった。
彼の白々しいセリフに、カルタは今度こそ舌打ちをした。
「そうだそうだ。あんたがいれば、近くのコンビニとかから食料とか盗んでこれるだろう」
「助け合いじゃないですか。強い人は弱者を守る義務があると思いますよ」
「あなた適合者よね?どんなスキルをお持ちなの?」
館長の登場で息を吹き返した集団は、口々に好き勝手なことを言いだした。
「あんたらにそんなこと話すわけないでしょうが。すみませんが、急いでるんで、もういきますね」
これ以上この場所にいたらスキルが発動してしまうのではないかと思うほどにイライラしてきたので、カルタは人々の間をくぐり抜けて外へ出ようとする。
ところが、集団の中の一人がカルタの腕を掴んだ。
「ちょっと、まだ話は終わってないだろ!」
それを見て、周りの人間も次々にカルタの腕や服を掴んで止めに入る。
「ちょっ、なにしてんだあんたら! 離せよ!」
無理やり腕を振り払おうとしたカルタは振り返ってぎょっとする。
なんと、大人たちにまじって小さな子供まで彼の腕を掴んでいるのだ。
「ほら、お兄ちゃんにいかないでって言いなさい」
その子の母親らしき人物がそう言った。
子供はよくわからない表情をしたまま、「いかないで」とカルタの目を見ながらつぶやいた。
「あんたら子供まで使ってなんのつもりだ!」
思わずカルタが怒鳴ると、びっくりしたのか子供が泣き出してしまった。
「あなた、うちの子になんてことするんですか! 謝りなさい! いや、謝らなくていいから、責任とって、私たちを守るために残りなさいよ」
母親は泣き叫ぶ子供のほうを見もしないで、カルタにむかってそんなことを言う。
カルタはめまいがしそうだった。
「わけわかんねぇ……あんた……あんたらなんなんだよ!?」
カルタは、あまりに支離滅裂なことを言い続ける人々を信じられないものを見るように見渡した。
よく見れば、全員目が血走って正気ではないようにも見えた。
その様子を見て、少し恐怖を感じつつも、やっとカルタも冷静になった。
――この人達……もしかして異常事態に適合できずに混乱しているだけなのかもしれないな……。
――自分より混乱してる人を見ると冷静になれるって聞いたことあるけど、本当だったんだな。
あらためて考えると、適合者でもない人たちにとって今の世の中はものすごいストレスだろう。
いつモンスターに襲われて死ぬかもわからない状況がずっと続いているのだ。
警察や自衛隊も到着せず、自分の身は自分で守らなければならない。
なんの戦う力もないのに。
――俺は適合者だ。戦う力はある。
――たぶんめったなことでは死なないだろう。
――さっき誰かがいったように、俺が彼らを守るべきなのか……?
いまだにカルタの腕をつかんだまま泣き続ける子供を見た。
大人たちはともかくとして、この子が辛い思いをし続ける理不尽さについては、苦い思いがあった。
カルタが重い思考に沈みかけたそのとき、パンパンと手を叩く音がした。
「みんな落ち着いてくれ。カルタくん、二人で話そうじゃないか」
館長がまとめ役らしく堂々とした態度でそう言った。
他の人達も「館長がそういうなら」と納得して、ひとまず解散する雰囲気になり、散っていった。
館長の後について、二階の奥にある会議室のような場所へ入った。
二人きりになった途端に、館長は真剣な顔をしてカルタに語りかける。
「実はね……私は知っているんだよ」
「なにをです?」
「君が隠している秘密さ」
――なんのことだ? スキルのことか? それとも……。
「君、指名手配されている殺人鬼なんだって?」
「……ッ! 違う!」
館長の言葉はカルタの心臓を直接突き刺すような鋭さがあった。
その痛みに悲鳴をあげるかのようにしてカルタは否定した。
館長はカルタの反応に満足したようにニッコリと笑った。
「違うことはないだろう、実際、ここに手配書がある」
館長は懐から一枚の紙を取り出し、広げて机の上においた。
カルタの顔写真と、どうやって調べたのか名前も載っていた。
そして、彼の名前の下には、さらに20名ほどの名前が書き連ねてあった。
「この人達の名前はなんなんだ? 知らない人たちだけど……」
「名前の上に書いてあるだろう。よく読んでみるといい」
「え? 以下の人達は不動カルタに殺されました……ご冥福をお祈りいたします……だって!?」
確かにカルタは人を殺している。
が、ここまでの人数ではない。まるで心当たりがなかった。
「なんだ、これ……やってない! 俺はこんなことやってない!」
「信じれると思うかい、殺人鬼の言葉を。……混乱させないために、この避難所のみんなにはまだこのことを伝えていない、が……知るとどうなるだろうね?」
館長は心の底から同情していますといわんばかりの悲しげな顔をした。
「言えばいいさ。願ったりかなったりだ、こんなとこ出ていくって最初から言ってるだろう。さっきだって、あの人たちが止めなきゃ、とっくに立ち去っていただろう」
「それでいいのかい? 君、ここを出てどこか行くところがあるのか? 殺人鬼をかくまってくれるとこがあると思うのか? それとも山のなかにでも住んで、一生一人で生きていくつもりなのかい? それこそモンスターみたいなものじゃないか、ははは」
カルタは、確かに、と納得してしまった。
自分はモンスターみたいなものだという認識は以前からあった。
それに、このような指名手配書が街中にばらまかれているのであれば、普通の人々にまじって生活するのは無理だと諦めの境地にいたってしまった。
必死に固めていた心の鎧がとけそうになったカルタは、いつの間にかすがるように館長を見つめていた。
「考えなおしてみないか。ここなら、ただ私が黙っていればなにも知らないみんなと生活できるんだ。君がモンスターではなく人間として生きていける最後のチャンスだぞ!」
館長は机に身を乗り出しながら、熱い瞳でカルタを見つめた。
「わかった……しばらく、ここにいるよ」
「そうか、わかってくれたか!」
カルタは小声で「あぁ」とつぶやき、力なく笑った。
自分がただ流されているだけだと理解しながらも、それにあらがう気力が今はなかった。
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