第13話

 住宅街を抜け、田舎道に入ったあたりでスピードを落としたカルタはひたいに手をやった。角はもうない。


 戦っている間は、とにかくあの教師と男子生徒の二人を殺さなければならないという使命感のようなものがあった。


 スキル『憤怒』は自分で発動するものではなく、勝手に起動するものなのだろう。


 カルタはあの二人と会話している最中、彼らに怒りを抱いていた。それが『憤怒』によりもたらされた怒りなのか、自分自身から出てきたものなのか、カルタには判断がつかない。


 あれほどの火に焼かれるような怒りは、いままでの人生で感じたことがない。


 しかし、今あらためて考えると、その火種はずっとあったのかもしれない。


 理不尽な目にあったときにわきあがる怒りは、たしかに今までの人生でも感じたことがある。


 だが、それを表に出すことはなかった。


 表面では謝り、醜く笑い、逃げながらも、腹のなかでは地獄のような炎が燃えていた。頭のなかは、その炎で真っ白に焼かれていた。


 スキル『憤怒』などなくとも、その兆候は、素質は、もともとカルタの中にあったのかもしれない。


 このスキルに目覚めるまでは、怒りをなんとかなだめすかして、数時間後には忘れることができた。


 だが『憤怒』はそれを許さない。


 怒りを解消するまで、あの鬼は止まらない。


 その解消の方法は、自身を怒らせた相手を殺す。その一択らしい。


 カルタはそのように自分のスキル理解し始めていた。



 とぼとぼと歩いていると、ふと、なにか寒い気がした。


 ここまで来てようやくカルタは、自分が上半身裸であることに気づいた。


 ファイアボールのせいで燃え尽きてしまったようだ。


「うわ! また裸かよ。俺は変態じゃないですからね」


 一人で言い訳をしながら乳首を隠し、あたりを見回したが、当然誰もいない。


 ――戦闘のたびにボロボロになって新しい服に着替えてたらキリがないな。

 ――もしかして、漫画とかに出てくる鬼が腰みのしか着けてないのってそういう理由だったのか?


 彼は家から持って来ていた新しい上着をリュックから出して着替えた。


 ゴルフバッグだけでなくリュックまで燃えていたら、また服探しの旅が始まるところだったな、と彼はぼやいた。




 服を着て、歩き続けたおかげか体が温まってきたところで、ふと、遠くから人の叫び声が聞こえた。

 彼は立ち止まって耳をすませる。


「――助けてくれぇ!」

「――助けて! 誰か!」


 あからさまに誰かが襲われている。

 あれだけ大声を出せば、さらにモンスターを呼び寄せることになりかねないだろう。


「……放置、でいいか」


 カルタはぼんやりとした声でそう言った。

 彼がもし、なんのスキルも持っていなければ、迷わずに無視しただろう。

 ほんの少しの罪悪感をかかえながら、それでも、声とは逆方向に逃げただろう。

 しかし、彼にはスキルがある。

 そして、そのスキルがくせ者だった。


 例えば、さきほど遭遇した教師のようにファイアーボールを撃つというわかりやすいスキルであれば、助けにいったかもしれない。


「また鬼になったら……どうする? 結局、モンスターより俺のほうが危ないやつなんだよな」


 力なく笑うカルタはとぼとぼと歩きだした。

 急いで逃げるわけでもなく、急いで救出に向かうわけでもない。

 ただ、ゆっくりと歩く。


 もう疲れていたのかもしれない。

 自分が今どこへ向かっているのか考えないまま、歩いていた。


 その足の向かう先は、助けを呼ぶ声のする方向だった。


「なんでこうなるんだ俺は……いかれてんのか?」


 ふらふらと歩いていた足は次第にはやくなる。

 行き先を意識してしまえば、もう止まることはできなかった。

 カルタは自分のことを理解できないまま、なぜか泣きそうになりながら、全力で走った。



「あっ! コウジ、人が来たよ! おねがい、助けて!」

「まじで!? ほんとだ! おい、たのむこいつら何とかしてくれェ!」


 声の主のもとへ到着すると、そこには男女がいた。

 その二人のまわりには五匹のゴブリンがいる。

 街中でそこまでの集団を見たのははじめてだったのでカルタも少しとまどう。


 ともかく、もうここまできたのであればやることは一つだ。

 金棒を取り出して肩にかつぎながらゴブリンを挑発する。

 男女ふたりが耐えている間に、一匹ずつ間引きしていく作戦だ。


「おい、ゴブリンども! ここにも獲物がいるぞ! こっちに来い! ひとりずつでいいぞ!」


 カルタがそう叫ぶと、ゴブリンたちはいっせいに彼の方を振り向いた。

 そして、五匹全員がいっせいにカルタにむけて走りだした。


「馬鹿かお前ら! なんで全員来るんだよぉ!」


 カルタは作戦が失敗したことを悟った。

 鬼になっていない状態のカルタでは金棒を機敏に振り回すことができないため、彼はその場から動かず、ゴブリンたちが自分のもとへ到着するのを待った。


 そして、タイミングをみはからい、なんとか金棒をブンッと振り回す。


「グギャブッ」「ゲギャッ」


 運よく二匹いっぺんに金棒を当てることができた。

 金棒の当たったゴブリンたちはうめきながら地面をのたうちまわっている。

 が、それ以外の三匹はひるむことなくカルタを取り囲み、いっせいにこん棒で彼を袋叩きにし始めた。


「痛っ! ちょっ、クソッ、ちょっと待て、っていうか、あんたらも見てないで加勢しろよ!」


 ゴブリンの攻撃に耐えながらちらりと男女のほうを見ると、先ほどの場所から動かず、カルタが襲われているのを棒立ちで見ているだけだった。

 自分たちが襲われなくなったとたんに他人事のような態度であった。


 カルタが声をかけてようやく彼らは援護し始めたが、彼らはなぜか二人ともテニスラケットしか持っておらず、それを振り回してゴブリンの頭を叩いていた。

 ゴブリンはあまり強そうには見えないが、腐ってもモンスターであり、普通の人間よりは頑丈で鈍感にできている。

 そのため、ラケット程度があたったくらいでは嫌がらせにしかならないようで、ゴブリンたちはテニスのペアを無視してカルタに攻撃をし続けている。


 結局、ほぼ一人でゴブリン五匹を倒し終えたカルタは、全身打撲だらけの状態であった。

 もちろん再生能力ですぐにあざが消えてしまうので、はたから見れば楽勝のように見えるようで、


「助かったぜ! お兄さん、ケガひとつないなんて、余裕だねぇ!」

「助かる~。マジサンキュー」


 と、軽い調子でテニスカップルにねぎらわれた。


「あんたらもちゃんと手伝ってくれよ! なんでぼーっと見てたんだよ」

「いやぁ、オレたちなんか邪魔になるだけだと思ってさ」

「そーそー」


 悪びれる様子のない二人を見てカルタは少しイラっとしたが、ぐっとこらえて、ため息をひとつついた。


 勝手に助けに入ったのは自分だとあきらめ、とっとと彼らから離れることにした。


「もういいよ。とにかく無事でよかったな……じゃあ、俺はもう行くから」


「ちょちょちょっ! 待ってくれよ!」


「アタシら置いていくとかありえないって!」


 背を向けたカルタの腕を男がつかんだ。


「あんた強いし、そんなイカツイ武器まで持ってるんだからさ。せめて避難所まで一緒について来てくれよ! なっ、頼む、一生のお願いだから」

「避難所……?」


 このあたりの避難所といえば勇生高校だろうと考えたカルタはあからさまに嫌な顔をした。


 それを見た女がすぐに言葉をつなげた。


「すぐそこにある図書館だから! 10分くらいで着くってば!」


「図書館? 高校じゃないのか」


 聞くと、近くに小さな図書館があり、本来避難所というわけではないが、近隣住民が自然と集まって避難所のようになってしまったらしい。


 彼ら二人はその避難所から食料などを探すために外出している途中でモンスターに襲われたそうだ。


 ここから近いこと、勇生高校ではないこと、そしてなによりこの二人を言葉だけで諦めさせるのがめんどくさそうなことから、カルタは一時的な護衛を渋々ではあるが了承した。


 三人で歩きながら自己紹介をした。


 男のほうは山田といい、カルタと同じ20歳で大学生だという。


 女のほうは川野といい、山田と同じ大学に通っており、二人はテニスサークルで知り合い、付き合いはじめたらしい。


「テニスラケットでスマッシュすればゴブリンくらいはいけるだろうと思ったんだけどなぁ」


 山田はテニスラケットで素振りをしながらそう愚痴った。


 カルタが現場に到着したとき、すでに彼らはゴブリンどもにタコ殴りにされていたので気づかなかったが、一応二人ともテニスラケットで応戦しようとはしたらしい。


 もちろんなんの役にもたたなかったようだ。


 モンスターが寄ってくるかもしれないのに、とにかく大声で喋りまくる山田と川野にイラつきながらも、カルタは辛抱強く相槌をうったり、「もう少し声を落とせ」と注意したりして歩き続けた。


 ようやくたどり着いたのは二階建ての図書館で、カルタが想像していたよりも面積は広く、それなりの人数が収用できそうに見えた。

 食事などを賄えるかは無視して、ただ人を詰め込むだけなら100人程度は入れる余裕がありそうだった。


 建物の中に入って見渡すと、一階にはキッズスペースのようなものがあり、そこに小さな子供とその親たちが何人かいた。

 反対側には本棚と椅子が並んでおり、椅子には避難してきた人が座って本を読んだり、会話していたりした。

 図書館とはいえ今は非常時なので、会話はもちろん許可されているのだろう。

 

 入口の正面には二階へ上がる階段がある。


 入口近くの受付に50歳くらいの男性が一人座っていた。

 その男は、山田の顔を見ると、すぐに立ち上がりドタドタとカルタたちのほうへ走りよってきた。


「山田くん! 成果はあったか?」


「成果なし! しかも死にかけたってぇ。調子のったわ」


「そりゃテニスラケットじゃあねぇ……だからダメだと言ったろうに。ところで、そちらの彼は?」


 山田と川野がカルタと出会った経緯を説明し始めた。

 やはりここでも彼らの声はいちいち大きく、一階にいる人々がみんなカルタのほうを見ていた。

 それだけでなく、二階からも数人が声にひきよせられて降りてきたほどである。


「でさぁ、カルタくんがこのでっけぇ金棒を使ってゴブリンどもをぶん殴ったわけ! それでさぁ――」

「おい、その話はもういいだろ?」


 カルタとしては、これ以上人が集まるのはたまったものではないので、無理やり話を切り上げさせた。


「なるほど、カルタくん、山田くんが世話になったようで私からも礼をいうよ、ありがとう」


 山田と話していた男が、カルタにむかってそう言った。

 この男性はもともと図書館の館長で、疑似的な避難所となった今でも、一応彼がリーダーとしての役割をはたしているらしい。

 館長は少し悩んだあとカルタに問いかける。


「山田くんのことは置いといて、カルタくんはこの後どうするつもりだい?」


「ここへは彼らを送りにきただけなんでね。俺の役目は終わったんで、もう行きますよ」


 カルタはできるだけそっけない態度に見えるようにそう言った。


「まぁまぁ、そんなこと言わずに。ほら外を見てごらん、もう暗くてさすがに危ないでしょう。うちに泊まっていきなさい」


 さすが年の功というべきか、館長は少しもそれに反応せず、笑いながらそう言った。

 カルタは、内心「手ごわいな、この人」と思いながらも、負けじと立ち去る姿勢を崩さない。


「お気持ちだけ受け取っておきますね。それじゃ、もう行くんで……」


 正直なところ、こんなに広い場所に泊まれるのはありがたいと思ったが、指名手配の情報がここまで届いていたら面倒なことになると考え、カルタはやはり立ち去る思いを強くした。

 そして、入口にむかって歩き出したのだが、


「ちょちょちょっ! カルタくん、そりゃないってぇ!」


「そうだよ泊まっていきなよ!」


 山田と川野がカルタの両腕をつかみながらひきとめた。


 この二人は基本的に声が大きいので、周りにちらほらといた避難者たちも「なんだなんだ」と集まってきてしまった。


 その後、避難民に周りを囲まれた状態で、山田と川野と館長に説得され続けること数分。


「わかったわかった! わかりました……今日は泊まって、明日の朝出ていくことにします。それでいいでしょ?」


 何を言ってものらりくらりとかわされて、こちらの都合を無視した説得が続き、イライラの限界に達したカルタは、これ以上会話を続けるのは無理だと思い、提案を受け入れることにした。


 どうせ一晩だけであれば、寝ている間に時間は過ぎていくのだから、もうどうでもいいと諦めてしまったのだ。



 その夜、カルタは少ないながら食料をわけてもらい、寝床も用意してもらった。


 図書館の床ではあったが、本の匂いに包まれたカルタは安心した心持ちになり、いつの間にかぐっすり眠ってしまっていた。

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