第19話

 カルタは井田の家で数日一緒にすごした。


 酔っぱらって寝てしまった次の朝、「もう少しだけ、ここにいていいか?」とカルタのほうから頼んだのである。


 彼女は「本当に!? いいよ、ずっといて」と嬉しそうな声をあげた。


 その時の彼女の表情にほんの少し固さがあったことにカルタは気づかなかった。




 ある日、カルタは食料を探すために一人で外へ出ていた。


 さすがに彼が持っていた保存食だけでは足りないのは明らかなので、こうして外に探しにきたのである。


 カルタは民家へ侵入したり、鳥を捕まえようとしたりした。


 狩りの経験がない彼では平和ボケした鳩くらいしか捕まえられなかったが、ギリギリ今日まで二人で食いつないできた。


 しかし、今日は運悪く何も得られないまま帰ることとなった。


 家に着き、井田がいる居間へとぼとぼと向かった。



「すまん、井田、今日は成果なしだったわ……ッ! 誰だ、そいつら!」



 カルタがぼやきながら部屋に入ると、井田の他に見慣れない人間が二人いた。


 どちらも男で三十代に見える。


 背の低い男はツルハシを、もう一人の長髪の男はまるでゲームに出てくるような剣を手に持っていた。



 ――あんな剣、日本に売ってないよな? スキルか?



 カルタが井田に近寄ろうとすると、男は剣をふりかざして牽制しながら言った。



「井田さん、こいつだ! こいつがさっき言った指名手配犯なんだけど……なんであなたがこんなやつと一緒に住んでるんです?」


「カルタさんは……少なくとも私にとって悪人ではありません」


「そんなわけないでしょう! こいつは高校生をすでに三人も殺してるんですよ? そこまでやっといて『もう追うな』なんて伝言まで残しやがって……頭がおかしいんですよ、バケモンですよこいつは!」



 剣を持った男は必死に井田に訴えかけた。


 カルタもまた井田にむかって叫ぶ。



「違う! 違うんだ、井田。先に俺のことを殺そうとしたのはこいつらだったんだ……」


「それは……本当なんですか?」



 井田のその問いが誰に向けられたものかわからずカルタは沈黙した。


 カルタは、今しがた自分が口に出したセリフが言い訳にしか聞こえないことを理解していた。


 もし他人が、正当防衛とはいえ人を殺してしまった人間が、このようなセリフを吐いていたとしたら、カルタであっても許せない気持ちになっていただろうと想像できた。


 カルタは井田の目を見ることができなかった。



 ――もう終わりだな。



 カルタが終わりを予期していたタイミングで、男達もまた潮時だと感じたのだろう。



「ちっ、余計なこと言いやがって。おい、さっさとやるぞ!」


「わ、わかった!」



 剣を持った男が、ツルハシの男に向かってそう言うと、二人は立ち上がって武器を構えた。


 他人の家の中であることなどおかまいなしに、彼らはここで戦いを始めるつもりらしい。


 長髪の男は片手で持った剣を横なぎにふるった。


 型もなにもないが、意外にその太刀筋は鋭く、カルタは必死によける。



 さすがに男達も、井田にケガをさせないような気づかいはしているらしかったので、彼女のことはいったん置いておいて、カルタは玄関へ向かって逃げた。



「待て、おい!」



 玄関はついさきほどカルタが鍵をかけたばかりである。ドアを開けるのに少し手間取った。


 ほんの一、二秒の間であるが、それが致命的だった。



「うっ、ガァァ!」



 カルタの右太ももに激烈な痛みが発生した。歯をくいしばりながら下に目をやると、太ももの裏にツルハシがささっていた。



 ――ツルハシがなんでそんなに鋭いんだよ! 研いだのか!? 痛ぇ!



 やっとこさ鍵があき、足を引きずりながら玄関に出る。


 後ろを見ると、二人とはまだ少し距離があった。


 ツルハシは直接カルタの太ももに叩きつけられたのではなく、あの男が遠くから投げたのだろう。


 それが、運悪く、見事にカルタの足に当たったようだ。



 庭に転がり出ながらツルハシを引き抜いたカルタは自分の手をちらりと見た。


 太ももから出ていた血で赤く染まっている。


 そして、血がついていない部分もまた朱へ変色し始めている。



 ――なぜ俺がこんな目に合うんだ?


 ――人を殺したからか?



 彼らの勝手な言い分と脚の痛みにより誘発された怒りは、カルタの身体に充満し、頭を突き破り角として顕現した。



 ――この殺し合いの螺旋らせんはいつ終わるんだ?


 ――俺が死んだときか?



 キバと爪もまた固く鋭く伸びていった。



 ――それとも……人を殺し尽くしたときか?



 脚から引き抜いたツルハシを池のほうへ放り投げた鬼は、手に持っていた金棒を地面に叩きつけた。


 綺麗にならされていた地面がえぐられる。


 鬼は牙の隙間から熱い息を吐きながら、追っ手の二人を睨み付けた。


 鬼は二人に問いかける。



「お前ら、なんでこの家に来た?」


「お、お前を捕まえるために決まってるだろ」



 長髪の男は剣を鬼に向けながら答えた。



「言ったよな? そちらから手を出さない限り何もしないと。お前らは、自殺志願者か? 自分から蟻地獄に飛び込んでいくクソ虫なのか? 俺はもうお腹一杯なんだよ!」


「なに言ってんだこいつ……。お前こそ自殺行為だぞ! こっちは二人いるんだ……勝てると思ってるのか!」


「たった二人だろ。しかも一人はツルハシだ。お前も、そんな似合わない剣なんて持ってきて……俺を殺したいなら銃でも持ってこい!」



 鬼は金棒を肩にかついだかと思うと、姿勢を低くし、猛烈な勢いで剣の男へと突進した。


 足は会話中に回復したのか、ツルハシが刺さって負ったケガの影響は感じられない。


 長髪の男が動揺しながらも構えた剣に、叩きつけるようにして金棒が振るわれた。


 まるで小枝でも振るうかのごとく軽々と扱っているが、その金棒は金属バットより、そして剣よりもはるかに重い。



「やめろッ……あァァ!」



 一応、金棒を受けとめようとしたものの、一瞬たりとも拮抗きっこうすることはできず、一息に押し込まれた剣は持ち主の首に到達した。


 両刃の剣は持ち主であろうとおかまいなしに容赦なく切り裂いた。



「ごぼッ……」



 目を見開いて天をあおいだ男は、そのまま膝まずいて崩れ落ちた。


 鬼は、残りの一人を片付けようと後ろを振り向いた。


 その瞬間、鬼の顔めがけてツルハシが飛んできた。



 鬼になる前のカルタであれば直撃はまぬがれなかったであろう。


 しかし鬼となり身体能力のあがった今、とっさに身をよじっただけでツルハシはかすりもせず通りすぎていった。



 ――危ねぇ! けどツルハシの動きがよく見えたな……筋力だけでなく動体視力とかもあがってるのか?


 ――かと言って、バケモノみたいな動きはできないし、火事場の馬鹿力を無理やり引き出してるって感じか。

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