第20話
ツルハシを投げた男に向かって歩きながら、鬼は冷静に自己分析していた。
男を視界に入れた途端に怒りが制御できなくなると思っていた鬼は、自身の冷静さを少し意外に感じた。
鬼は「敵を一匹殺したことにより、怒りが薄れたせいかもしれない」と適当に結論づけた。
「ひいぃぃ……!」
「お前、ツルハシを投げるのが上手いな。だが投げたらそこで終わりだろうに。それともツルハシを何度でも出せるスキルでも持ってるのか?」
「ぼ、僕は適合者じゃない……! 武器を作れる適合者もいるけど、僕は剣とかをもらえなかったんだ……」
この男は、鬼が剣の男と戦っている間に、こそこそと池からツルハシを拾っていたらしい。
すでに武器を失いどうしようもないはずの男であるが、なぜか逃げる様子を見せない。
「なぜ逃げない? そうか……お前、やっぱり適合者で、俺の隙を探しているな?」
「ちちち、違う。わけがあるんだ……」
逃げない理由なんて鬼にはどうでもよかった。
この男を生かして返すとまたすぐに追手をむけられることになるだろう。
ここで殺さなければならない。
それに、最初より怒りが薄れたものの、完全には収まっていない。
憤怒というスキルに慣れてきた感はあるが、それでも平時であれば頭がおかしくなりそうなほどの怒りが全身を暴れまわっている。
この憤怒を解除し、人間に戻るためには目の前の男も殺す必要があるらしい。
「見逃してくれ!」
「そうだなぁ、質問に答えたら見逃してやってもいい」
「なんでも答える! なんでも答えるから……」
男は鬼の言葉に希望を見いだした。というより、すでに助かったものだとでもいうような喜びようで声をあげた。
「俺を追ってきたってことは、普段は勇正高校にいるのか?」
「そうです!」
「なぜ勇正のやつらは俺を追うんだ? たしかに生徒を殺したが、そこまでして仇をとりたいほどのものか? そいつらは、よほど人気者だったのか?」
ツルハシ男は少し周りを見渡した。まるで監視者がいないか確認するようなそぶりだった。
そして、小声で答えた。
「……違うと思う。本当は、そいつらのことなんか皆どうでもいいと思ってるけど、会長に命令されると逆らえないんだ」
「会長?」
「生徒会長……あいつがスキルで命令するとどうしても逆らえなくて、身体が勝手に動くんだ」
「つまり俺が狙われ続けているのはそいつが原因ってわけか……」
一度、その生徒会長のことを口に出すと、言いたいことがたまっていたのか、聞いてもいないのにべらべらとしゃべりはじめた。
豪徳寺アキラ。それが勇正高校の生徒会長の名であり、カルタの命をおびやかす元凶であるらしい。
身長180㎝以上で、モデルでも通用しそうな美しい顔をしている。
しかもフルコン空手の関東代表にも選ばれるほどの強さをもっているため、スキルなしでも強いらしい。
そんな人間がスキルを手に入れた。
スキルの名前は『傲慢』。詳しい条件は不明だが、口頭で命令されると誰しもそれに従って行動し始めるという。
――チートじゃないか。しかもクソみたいな能力だな。他人を従わせるとか。
――生徒会長で、イケメンで、空手も強くて、命令するスキル……? 俺が言うのもなんだけど、まさに鬼に金棒ってやつじゃないか。
鬼は若干呆れながら頬をヒクつかせた。
それを見たツルハシ男は「ひぃ!」と声をあげる。
鬼はその態度を無視してさらに問いかけた。
「で? そんななんでも出来そうな奴がなんで俺を狙うんだ?」
「知らないよ……自分が命令して動かした奴らが、あなたを殺しそこねたのを許せないんじゃないか? あの人は完璧主義で、他人のミスも許さないタイプだし……」
「はた迷惑な奴だな。気に入らないなら自分で動けばいいだろうが」
豪徳寺もスキルを得るまではただの高校生だったので、いくら優秀とはいえ教師には従っていたという。
ところが、スキルのおかげで誰にでも命令を強制することができるようになり、今となっては教師や避難してきた大人たちも含めて、豪徳寺の支配下に置かれているらしい。
ひと通り知りたいことが知れて満足したカルタは、ふと、あるアイディアを思いついた。
――例えば、こいつを殺さず、半殺しくらいで人間に戻ることはできないのか?
ほんの思いつきだったが、試してみることにした。
「……質問はこれくらいでいいか」
「じゃ、じゃあ! 見逃してくれるんだろ! いっぱい答えた!」
男は、鬼に抱きつかんばかりに全身で喜びをしめした。
人生最大の危機を乗り切ったのだ。当然だろう。
「ああ、見逃してやってもいい」
「本当に!?」
「その代わり、お前の足を差し出せ」
風がやんだ静かな庭に、鬼の言葉がはっきりと響いた。
ツルハシ男は、まるで今初めて自分の目の前にいるのが鬼であると気づいたかのように目を見開いて固まった。
男が、ごくり、と唾をのむ音が庭に鳴り響いた。そして、上ずった声でたずねる。
「……はい? アシ? 足? なんで足?」
「忘れたのか? お前のツルハシが俺の右足を貫いたことを。その報いは受けろ」
鬼はそう言いながら金棒を肩にかついで、彼に近づいていく。
「待ってくれ待ってくれ! 落ち着け! スキルかなにか知らないけど、君の足はもう治ってるじゃないか! 僕の足はケガしたら終わりなんだぞ! 不公平だ!」
「わがままだな、お前。お前の足もいつか治るかもしれないじゃないか。少なくとも痛みはいつか消えるだろう」
「嫌だ……嫌だ!」
男はついに立っていられなくなったのか、地面に座り込んでしまった。
まるで自ら鬼へ差し出すかのように、足を地面に投げ出している。
鬼はそこへ目がけて一息に金棒を振り下ろした。
「イギィッ……ッ……ッ!! おえぇぇぇ」
右足だけを潰すつもりだったが、勢い余って両足を潰してしまった。
痛みのせいか恐怖のせいか、ツルハシ男は嘔吐し、泣きながら自分の足を見つめている。
そこで、鬼は、ふと視線を感じ後ろを振り向くと、井田が縁側から二人の様子を見ていた。
彼女と目があったカルタは全身に氷水をかけられたような感覚におちいった。
――最悪だ。よりによって、足の悪い彼女の前で……なんで俺はこんなことを? 当てつけみたいになってしまったんじゃないか……? 文字通り、最悪の選択をしたんだ、俺は……。
――やはりもう終わりなんだな……ここにはいられない。
男の足を潰して満足したせいか、あるいは、井田にそれを見られて冷静になってしまったせいかはわからないが、鬼の中にあった殺意は小さくなっていた。
もう目の前の男を殺さずとも、しばらくすれば人間に戻れるような感覚があった。
カルタは、このまま逃げてしまおうと考えたが、井田の家にこの男たちを放置していくのはだめだと思った。
カルタは、すでに事切れた剣の男を左肩に担ぎ上げ、金棒を右手で持つと、いまだに泣きわめいているツルハシ男に対して言った。
「お前、スマホ持ってるよな?」
声も出せない様子の男は無言で何度もうなずいた。
「仲間を呼んで助けてもらえ。それと彼女は足が悪いんだ。彼女も保護してやってくれ」
「わがっだ……だから殺さないでくだざい!」
カルタは男の目を見ながら、まだ自分の中にうっすらと存在した殺意をおさえこむ努力をした。
その時にうかべた、苦い薬でも飲み込んだかのような表情は、はたから見ると威嚇する鬼にしか見えず、ツルハシ男と井田は小さく悲鳴をあげた。
「……殺さない。だからさっさと電話しろ」
「わかりました……!」
男が電話し始めたのを確認したカルタは、井田にむかって一言、「達者でな」と言ったかと思うと、答えを聞かずに、塀を乗り越えて去っていった。
「ま、待って、カルタくん! 私まだ……!」
庭には、鬼がいなくなって心底安堵したツルハシ男と、いつまでもカルタの名を呼び続ける井田が取り残された。
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