第5話
2030年11月4日 16時ごろ
カルタはある高校の近くまで来ていた。
校門が見えるギリギリの距離にある物陰に隠れて様子をうかがっている。
「勇正高校か……偏差値高いんだよなここ。たぶんまともな人間が多いだろ……」
カルタは街中を歩きながらいろいろと考えたが、やはり一人で生きていくのは難しいので、どこかの避難所で保護してもらおうと考えた。
もしたくさんの人がいる中で鬼になったらどうすればいいだろうか、と悩んだものの、その時は逃げればいいだろうと簡単に考えた。
もう少し彼が冷静で、普段通りの思考回路があればあと一日二日は悩んでいたであろう。
だが、彼はもう疲れていた。
目を覚ますと山の中に全裸でいて、山を降り、やっと人を見つけたと思ったら殺されかけた。
もうまともな判断がつくような状態ではなかったのかもしれない。
少なくとも頭の良い人達が通う高校であれば、さきほど出会った不良みたいな
「あの……」
「おい、止まれ! 初めて見る顔だな。何しに来た?」
門番の一人がそう問いかけるうちに、もう一人の門番がポケットからスマートフォンを取り出して、カルタの写真を一枚撮った。
「避難しにきたんだよ。ここは避難所になってるんじゃないのか?」
「ふーん。まぁ、避難所だけどな、役立たずは保護しない方針なんだ」
まともとは思えない返答を聞いてカルタは思わず大声を出した。
「なんだそれ! そんな避難所があるのか?」
「あるんだって。つってもここだけだろうけど……」
門番も、その方針をあまりよく思っていないのか苦い顔をしている。
それを見てカルタは少し溜飲をさげて、少し気になったことをたずねる。
「そうか。今、そっちの人が写真を撮ったのは?」
「あー、いちいち顔を覚えてらんねぇからな、新しい人間が来たら撮る決まりなんだ。文句言うなよ? それで、あんたは適合者か? スキルは?」
またしても常識のように『適合者』や『スキル』という言葉が出てきたことにカルタはモヤモヤとしたものを感じた。
自分だけが何か大切なことを教えられていないような疎外感である。
だが、鬼になるあの現象をスキルと呼ぶならば、他人に言わないほうがいいだろうと思い、嘘をつくことにした。
「スキルはない。けど、健康だから力仕事くらいならいくらでもできる。たのむよ、入れてくれないか?」
「ふーん、ま、いいんじゃないか? 働ける奴が不足してるからな。適合者とチームを組んでモンスターと戦ってもらったりもするんだが、やれるか?」
「なっ……! それは……」
モンスターなんかと戦えば、また鬼になってしまうかもしれない。
そもそも鬼になる条件が不明なので、
鬼にさえなれば、ゴブリン程度であれば余裕で倒せる気がした。
しかし、そこで避難所生活は終わりだ。次は自分がモンスター扱いされて、ろくなことにはならないだろう。
「悪いけど、俺は――」
「おい、門番。こいつを追放することにしたから、あとは頼んだぞ」
カルタの声をさえぎって、門の奥から声がかかった。
見ると、そこには二人の男がいた。
カルタが悩んでいる間に、いつのまにか校舎のほうからここまでやってきていたのだろう。
一人は高校生のわりに高身長な美少年。カルタはまだ名前を知らないが、豪徳寺アキラである。
もう一人は、この高校の近くから避難してきていた三十代ほどの男性で、名を高田という。
彼は特にスキルを持っているというわけではないが、運動神経がよく度胸もあったので、スキル持ちのメンバーにまじって積極的にモンスター狩りに参加していた。
人柄もよく、狩りに出ているメンバーの中では頼りにされている人物であった。
その人柄通り、だいたいいつも明るい表情をしている高田だったが、今は重く沈んでいた。
それもそうだろう。
右腕の袖には包帯が巻かれて血がにじんでおり、右足も怪我をしているのか引きずりながら無理やり歩かされているような状態だった。
「高田さん!? そのケガ……」
「あぁ、今日の探索でな……」
門番はショックな様子で声をかけた。
「そういうことだ。もうこいつは戦えない。戦えないなら、ただの無駄飯食らいだからな。不要だ」
豪徳寺は無表情のまま淡々とそう告げた。
「そんな! 高田さんはうちの大事な戦力っすよ!? 彼が抜けたら――」
「おい、黙れ」
「――ぐっ……」
「ボクが、そう決めた。それで話は終わりだ」
「わかり、ました……」
門番は小声で「すみません」と言いながら、高田を門の外へ通した。
高田が去っていくのをながめた後、門番はカルタに目くばせをして『な? こういう場所なんだよ』と表情で伝えた。
カルタは目の前で起こったことをぼんやりと眺めながら黙っていた。
――なんなんだこの避難所は。文句を言ってやりたいが、今、もめると俺も入れなくなるし……。
――このイケメンは何の権限があってあの男性を追い出したんだろう……こいつも制服を着ているし、高校生だよな? 大人たちはどうしたんだ? なんでこいつがこんなに偉そうにしていられるんだ?
カルタは黙っていたが、考え事をするうちに、いつのまにか豪徳寺のことをにらみつけていたようだ。
豪徳寺がその目つきに気付いて、声をかけた。
「なんだ、お前? このボクに文句でもあるのか?」
「……は? あ、いや……いや、まぁ文句というか……あんたらの事情は知らないけどさ、さすがに今まで力になってくれてた人をいきなり追い出すってのはひどくないか? ケガが治るまで待ってやるとか――」
豪徳寺はその言葉を聞いて思いきり顔をしかめた。
「お前……何様だ? 誰に向かって口を利いている」
「何様って……あぁ、すまん、俺の名前は――」
「あぁ、あぁ、あぁ! 聞きたくない、お前の名前なんて。見たことない顔だが、ここには初めて来たのか? 顔を見ればわかる。どうせお前も役立たずだろうな」
いきなりとんでもない暴言をはかれて、カルタはショックを受けて言葉を失った。
ショックが過ぎ去った後に、怒りがわきあがってきたが、彼が口を開く前にまた豪徳寺が言葉をかぶせた。
「一応聞いておいてやる。お前、スキルは持っているか?」
「……持ってない」
「はぁ……やはりゴミだったか。おい、門番。こんなやつ入れるなよ」
豪徳寺はそれだけ言うと、カルタや門番の返事を聞くことなく校舎のほうへ歩きだした。
――なんなんだアイツ! いきなり来て、言いたいことだけ言って、こっちの意見なんて何も聞かずにどっか行きやがった!
「はぁ……。おい、あんたもあんま気にすんなよ。あの人はあんな人だからさ」
門番が小声でカルタをはげますようにそう言った。
「ぐっ……あんなやつがいるなら、この避難所なんてこっちからごめんだよ」
「はっはっは……はぁ……ま、そうだろうな。そのほうがいいぜ」
門番とカルタに妙な連帯感が出はじめたその時、門の外から誰かがこの校門に向けて走ってくるような足音が聞こえた。
門番とカルタはそちらを振り向き、身構えた。
数秒して、一人の男が校門まで息を切らせながらやってきた。
その人物の顔がわかる位置まできたところで、門番は緊張をといた。
「なんだよ……びびらせんな。
「門に入れてくれ! 殺される! はやく!」
大鳥と呼ばれた男子は必死な形相でぶっそうなことを叫んだ。
それに驚いた門番は大鳥の後方に目をやり、数秒の間、人影を探した。
だが、追ってくるものは誰もいない。
「はぁ? なんも追ってきてねぇけど?」
「いいから入れろよ!」
「まぁ、いいけど。で、どんな奴に殺されかけたってんだよ」
門番が少しイラついたようすでたずねると、大鳥もまたイライラしながら早口で答えた。
「えぇ? 全裸の変態野郎だよ。いきなりそいつが……そいつが鬼になって……タケシたちをぶっ殺したんだ……」
「鬼って――」
大鳥はその光景を思い出したのかガタガタふるえながらそう言った。
カルタはこの時、ようやく、この大鳥が、自分を殺そうとした
ずっと後ろで震えていて、最後は逃げただけなので印象が薄く覚えていなかったのである。
「って、あぁ! お前! 門番! こいつだ! こいつを捕まえろ! こいつがタケシを殺したやつだ」
いきなりその男はカルタのほうを指さして騒ぎ出した。
カルタは舌打ちし、地面におろしていたゴルフバッグをかつぎなおした。
門番は武器をかまえながらも、その場から動かずに言った。
「まじかよ! でも、豪徳寺さんの指示なしにいきなり捕まえろって言われてもなぁ」
門番は腰が引けたようにぼやいている。
その隙に、カルタはすぐに後ろを向いて逃げ出した。
だが、門番はそれを追うそぶりすら見せない。
大鳥もやはりその場から動くことはなかったが、門番に対して文句を言った。
「あ、逃げるな! おい、お前ら何してんだ、はやく追えよ!」
「いや、だから俺らは門番だっつうの。門を放置していけるわけないだろ。そんなに言うなら大鳥が行けばいいだろ。あんたも、一応適合者なんだからさ」
大鳥は門番をにらみつけた後、カルタが遠くへ行ってしまったのを確認して、どこかほっとしたような表情をうかべた。
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