第45話 【マッチ売りの少女】
みなぎる力を全身で感じる。結月は自分の意識が保たれていることに安堵しながら、目の前の燃やすべき対象を見つめていた。
テイルキーパーの力を発揮したことで、暴走するダルの意識を逸らすことに成功する。その隙をエンがすかさず斧で打撃を与え、ダルを怯ませた。
たとえ姿が変わっても、ダルの眼中に結月はいない。欲望世界で起きたことを忘れてしまったのか、そんな思考力も無いのか、どちらにせよ好都合だった。
「はあああああっ!」
エンが攻撃するタイミングに合わせて、結月はぐっとダルとの距離を縮める。
結月はダルの肩を掴み、欲望を燃やそうと試みる。
しかし、欲望は物質ではない。手でつかみ、触れるようなものではない。
――次は、どうすれば……?
「危ないっ!」
結月とダルの距離が近く、エンは思うように斧を振るえない。さらには、ナイフがかなりの勢いで迫る。
――黄緑色の炎で銃弾が燃やし消せたのなら、青色の炎でも燃やし消せるに違いない。
迫るナイフに臆することなく、青い炎を手の平に生み出し、ナイフを握る。
本来ならきっと、血が出ていただろう。どれだけ時間が経っても痛みはおろか、ナイフに触れた感覚すらない。
ダルはすぐさま結月から距離を取る。
「ナイス! よくやった!」
エンの言葉にハッとする。そう、ナイフごと燃やし消したのだ。
――ナイフが消せるなら、欲望だって消せてもおかしくない。それなのに。
圧倒的にこちら側が有利になっていた。
相手は武器を持たず、身一つ。結月のように攻撃と欲望が直結しているものならまだしも、ダルの欲望はそういうものではない。
対するこちらは、斧を持った戦闘に長けているエンと、テイルキーパーの力を発揮した結月。後者は武器を持つことができないが、攻撃を無効化することだってできる。
これが、ただ相手を倒すだけの勝負だったら、の話だが。
武器を燃やしたことを怒っているのか、一直線に結月の方へ飛んで来る。
――チャンスだ。
考え無しの奴だと思っていた。
「今、欲望を燃やして……」
殴りかかりに来たのかと思った。
でも、何かがおかしい。
ダルの重心は殴りかかるにしては低く、目線も顔や胴体に向かっていない。それよりもっと下。足を狙って、結月を行動不能にさせるつもりなのかとも考えたが、足にしては少し上を狙っているような気がする。
――一体何を狙っている?
その違和感は正しかった。
しかし、時間切れでもあった。
「なっ……⁉」
ダルは無駄な動きを一切せず、結月の腰につけてある拳銃を抜き取る。
――啓斗の案が裏目に出た。
たった八発しか入っていない拳銃は、ハッタリか、他の人に渡すために装備していたもの。それをまさか、ダルが発見し奪い取るなんて思ってもみなかった。
それもそのはず、物理武器が使えないというデバフに気を取られて、自分が持っている武器まで気を向けられなかったのだ。
――俺には使えない、でもダルなら使える。まずい……。
ダルは結月に飛び蹴りを食らわせる。
「がっ……」
その圧倒的な機動力で瞬時に距離を取り、結月の拳銃を我が物顔で眺める。
結月にとって銃弾は脅威ではない。
それでも、結月は焦っていた。
ダルが狙い澄ましているのは、前線の遥か遠く。
後方で救助作業に当たっている、他の仲間たち。
――それは、いけない。
エンが何度か銃弾をはじいているのを見たことがある。結月だって、その炎をもってすれば消すことだってできる。
それができるのは、あくまで自分が狙われていたからであって、他の人、ましてや遠くにいる人となれば……話が変わってくる。
――ここで決めなければ、被害が増える。
エンがダルに絶えず攻撃をする。時間を稼いでくれているかのように。
その攻撃はほとんど当たっていないが、ちょっかいをかけているのと同じように見えた。良い迷惑とも言える、気を逸らすことには成功している。
「【マッチ売りの少女】……」
自分一人では解決できない。
欲望のことは、欲望に聞いた方が、早い。
『なあに?』
心の奥で声が響く。
「この炎で、欲望は燃やし消すことはできるのか」
『そうね、その気になれば。コツはいるけど、あなたならきっとできる』
「コツ? どうすればいい」
『欲望の在り方は人それぞれ。あなたは心の奥にある火、茶髪の女の子なら脳の神経。欲望の在るところ目掛けて火をつけるの』
茶髪の女の子、つまりエンのことだろう。
「じゃあ、ダルは? 茶髪の女の子と戦ってる、白髪の男は?」
『彼は……お腹が空いてるみたい』
「はい?」
『飢えてるの、欲望が満たされずに。ずっと空腹。だから……』
「欲望が、腹部にあると」
『そういうことよ』
なんとなく、想像はつく。
永久指名手配の人から聞いたダルの生い立ちから関連付けられているようにも思えた。結月やエンの欲望の在る場所に関しては、よくわからない。しかし、重要なのはダルの弱点ともいえる欲望の在り処がわかったこと。
欲望の在るところに、火をつける。
「ありがとう、【マッチ売りの少女】」
『どういたしまして。あなたが孤独にならないことを祈っているわ』
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