第6話 Tale Keepers of Truism (2)

 いつの間にか目覚めたレイが結月に近づく。レイはタブレットを結月に渡した。そこには、小さな文字がつらつらと並べられた画面が表示されていた。読む気が失せるような文字量に結月は思わず眉をひそめる。


「六十八ページまで飛ばして。大事なところはそこにまとめられているから」

「はぁ……」


 ため息なのか呆れなのかわからない返事をする結月に、レイは苦笑いをする。


「要約したら……、この仕事で得た知識は誰にも言うな。一般市民に危害を加えるな。上官の命令は絶対。得た能力を私的利用するな。この四つだよ」


 結月は読み飛ばしながら六十八ページの画面に辿り着く。レイの言ったようなことが難しい言葉に置き換えられて書かれている。



「登録一つするのに、どうしてこんなにたくさんの契約書みたいなものを読ませられなきゃいけないんだ?」

「私たちに指示を出すお偉いさんたちが、防衛省の一部の人たちだからです」


 結月の疑問に答えたのはやけに清々しい顔をしている泥島先生だった。


「聞いたら結構ロマンのある話だと思いますよ。お国の秘密組織の一つなんですから、それだけ面倒な約束事がたくさんあります。そのうちの一つがやけに長くて難しい書類ですからね」


 ただ、娯楽でこんなことをやっている訳じゃないということを知った結月はどうにも現実を飲み込めない。そんなこと聞いてないぞと言わんばかりに、レイや啓斗を見るが二人とも視線を逸らすばかりだった。


「お国の秘密組織って言うんだったら、もっとちゃんとした場所に本部を構えたりしないんですか?」


 結月の妙に力の入った口調に泥島先生はため息をついた。


「予算の関係でまともな場所が無いのは事実です。今は国が北角高校にお金を支払って場所と教育場所を借りているのですから」


「ロマンも何も無いじゃないですか……。大体何で予算が無いのに――」


「モノガタリが原因で引き起こした事件が、日本にとってあまり大きな損失ではないと判断されたからでしょうね。そもそも、国民にも認知されていないことなので仕方は無いのですけれど」



 泥島先生が事件という言葉を発した瞬間、倉庫内の空気が妙に冷えた。結月以外は関係者しかいない状況で、空気読みのような高度なテクニックを求められても、察することなんてできなかった。


 だが、知りたい。知識欲にも火が付く。


「どうせ関係者になるんだから、その事件くらい何があったか教えてくれませんか」


 結月の目には覚悟が宿っていた。


「十代の男女二名が偶然モノガタリに接触して、今も意識を取り戻すことなく入院中です」


 啓斗が一言補足する。



「モノガタリの中に入ったまま、帰ってこない状況……だね」

「他には? 他の事件は?」


 一度火が付くと、落ち着くまでは引き下がらない。結月の「猛火」の性質の一つだった。


「そうですねぇ……。まだモノガタリの関与が確実とまでは言いませんが、学校全体で暴走したモノガタリの影響を受けてその生徒が通常しないような言動をする、といった報告もありますね」


「モノガタリが現実世界に影響した重大な例じゃないですか」



 結月がすかさずそう言うと、そうでもないんですよ、と小さな声で泥島先生が返す。



「その学校のどこを探しても原因となるモノガタリが見つからないこと、それなのにモノガタリの反応がある、みたいな矛盾している状況にあるので情報が足りなさすぎます」


「証拠がない、ということですか……」


「その事件の謎が判明したら、私たち『Tale Keepers of Truism』の予算も増えると思うんですけどね。管轄外のことなので関与できないんですよ」


 聞きなれない単語が飛んできたことに驚いた結月はすぐ近くにいた啓斗を見つめる。泥島先生の妄言かどうかを確かめるように、目つきを若干悪くして。



「いや、まぁ、防衛省が上だから組織名の一つでもないと面倒で……。『Tale Keepers of Truism』は僕たちの組織名だよ。最初の設立者は英語と名付けのセンスがなかったんだ……」


「最初の名前も酷かったんだよ? 「たぶんきっとおそらくちゃんとした」組織、変な名前だよね。今の方が何倍もかっこいいよ」



 思い出話に火をつけるとしばらくは語り終わらない。そのことに気付いた結月は、この話題を振るんじゃなかったと少しの間後悔することになる。



「頭文字を取ってTKOTまで縮めたのは良いけれど、いざ意味を説明するのもダサいから無理やり意味を付けたら……もう何とも言えない感じになったね」



 啓斗はそう言うが、元の意味に比べたら随分マシだと思う結月がいた。Tale Keepers of Truism、要するに「真実の物語の番人」? もしくは、実話の守り人、守護者? いずれにせよ、「たぶんきっとおそらくちゃんとした」組織よりはまだ格好がつく。


 少し、子供っぽいところを除けば。



「思い出話はまた今度聞くよ。それよりサインするところはどこ?」

「ああ、そうですね。少しタブレットを貸してください」



 泥島先生にタブレットを渡す。結月は話を聞きながらも、ちゃんと契約書に目を通していた。そして、結月にとって最も大事な文章を見つけた。それは給与。成功報酬型ではあるが、かなりのお金がもらえることが保障されていた。


 その文章を見つけた瞬間、穴が無いかと隈なく読んだが特にこれといった罠が無いことを確認した。結月は心の中でガッツポーズをとっていた。


「こちらに。タッチペンはこれを使ってください」


 結月の手元に帰ってきたタブレットに、揚々とサインをする。



「それじゃあ、今日から仲間ですね。よろしくお願いします」

「ええこちらこそ。よろしくお願いします」


 作った笑顔の裏に本当の笑顔が隠れているなんて、誰も知らない。

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