第5話 Tale Keepers of Truism (1)


 結月は知らぬ間に、ざらざらとした土の感触があるコンクリートの床に膝をついていた。


 現実世界に帰ってきて、自分が皆と同じように眠っていたか、または意識を失ってあちら側の世界に集中していたのだと、結論付けた。


 結月の記憶には鮮明に残っている。激しい戦いと、圧倒的な炎。あの戦いに加担したとは到底思えない、それぐらい強大な力を得たことに愉悦を隠せずにはいられない。現に、無意識にも手で口を隠しながら笑っていたのだ。


「おかえりなさい。初めてのモノガタリはどうでしたか?」


 泥島先生の声で結月はハッとする。取り繕うことを忘れてしまっていた。優等生であろうとする気は無いが、あまりにも周りが見えていなかったと反省する。



「モノガタリ……?」


「ああ、やっぱり聞いてませんでしたか。あの宝石みたいなものが、モノガタリですよ」



 光を失ったペンデュラムを指さしながら、泥島先生は少し呆れていた。結月は先ほど体験したモノガタリとやらを思い出していた。


 夢にしては生々しく、血生臭い戦場と化したヨーロッパの教会風の建物。この倉庫で意識を失っていた人たちが妙な魔法を使って敵を倒し、啓斗と呼ばれた青年と協力し、突如現れた植物を燃やした……。


 伏し目になりながら要素の一つ一つを拾っていく。酷く、胸の奥が熱い。



「結月くんが目覚めてからすぐに戦闘になりましたからね。説明する時間もありませんでしたよ。泥島先生」


 古いソファから体を起こしたのは啓斗だった。左手で頭を押さえながら、気怠げに言い放った。


「そうなんですか? 赤月さんの読み取りでは戦闘は棺桶を守る兵士だけと聞いていましたけど」


「その棺桶の中に結月くんが入ってたんですよ。そしたら本来、中で死んでるはずの先代勇者が僕たちに襲い掛かってきたんです」



 啓斗がそう言った途端に泥島先生は手持ちのタブレットを操作し始める。何かをぶつぶつと言いながらタブレットを見つめるその目は真剣そのものであった。



「結月くん、さっきは急に言ったのに協力してくれてありがとう」



 結月は突然話を振られたことに、あ、ああ、と途切れ途切れな言葉しか返せなかった。軽く咳払いをしてから気を取り直す。



「ああ、いきなりだったからびっくりしたけど上手くいってよかった」



 結月が初めて、魔法のような奇跡を使った瞬間。あの胸の熱さは今でも思い出せる。



「僕たちみたいなモノガタリに入り込める人――通称テイルキーパーには、人それぞれ違う力を発現させる欲望がある。自分の欲に従っていればそのまま力が使えるし、解釈次第では全然違う力を使うことができる、結月くんが使った炎の力のことだよ」



 テイルキーパー。結月はその言葉を頭の中で何度も復唱していた。


 特にこれといった思入れがある訳じゃない。しかし、どうしてか心に残る。



「パッと見た感じ、結月くんには炎関係の欲望が宿ってるんじゃないかなって思うんだけど……どうかな?」



 結月は問われて、今日一日で起こったことを思い出していた。結月の行動力が問われるたびに、心に沸くのはどうしようもない熱さ。


 それを表すのに、思い浮かんだ言葉は「猛火」。それ以外、受け入れられなかった。



「猛火……みたいな? 少なくともただの炎じゃない」


 結月がそう言うと啓斗は笑う。


「いいね、それ。結月くんの中で解釈が変わったらいつでも言って。登録し直すから」

「登録?」



 啓斗は、ああそれも説明しなくちゃ、と言わんばかりに目線を逸らした。

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