第11話 猛火の正体 (2)
◇
倉庫の横にある二階建ての体育館。一階は剣道部屋や武道部屋、トレーニングルームがあり、二階はどこにでもあるようなアリーナのある体育館である。
天井は高く、バスケットボールのコートやバレーボールコートなどの線が引かれたフローリングの床。歩くたびにキュッキュッと音が鳴る。太陽の光が窓から入り、電気をつけていなくとも十分に明るい。
いつもなら部活動が活発に行われているはずの時間帯にもかかわらず、今日の体育館には誰もいなかった。人がいる気配も無く、幸運かとも思われたがどこか不気味さは拭えなかった。
「ここに来た理由は町瓜くんの身体能力を把握するためです。もう見たかもしれませんが、モノガタリの中で戦うことは少なくありませんので、安全保障の観点から……といったところです」
泥島先生は鞄の中からタブレットを取り出した。眼鏡の位置を指でそっと整える。
「何か武術をやっていた経験等はありますか? 柔道とか、剣道とか」
「いや、特にはやってないですね」
「では手当たり次第に武器を持たせましょうか」
後から遅れて体育館に入ってきたのは木の枝を何本も抱えているレイだった。そのほどんどの木の枝を入り口近くに置いて、一本だけを握る。
不思議な光も音もなく、枝はぐんぐん成長しある程度の長さになったかと思えば、次第に枝から木材へと変わり、鋭さを纏い、RPGゲームの序盤に持ってそうな「木の剣」に様変わりした。
「え⁉ な、何それ⁉」
「私の欲望だよ。昨日も見たでしょ? 物凄く簡単に言うなら、植物を自在に操れるの。はい、握って」
押し付けられるような形で結月は木の剣を渡される。
この年齢にもなって、チャンバラごっこをすることになるとは思ってもみなかった。
いくら木の剣といったって、それなりの重さもあれば、重心も安定しない。並大抵のことはできるが、自信は無い。
「それっぽい動きをしてみてください。そんなに緊張しなくていいですよ。例え、びっくりするぐらい下手くそでもクビになることはまず無いですので」
それっぽい動きと言われてもただ剣を振ることしかできない。身体全体を使った技のようなものを求められていないだけ、マシだと思い安心していた。
だが、一回剣を振り下ろす度に、腕に重りを括りつけられたかのような怠さと痛みが襲ってくる。最初の方こそ軽く弱いものだったが、五回振り終わる頃には持ち上げることすら困難になっていた。
「どうかしましたか? どこか痛めましたか?」
泥島先生は心配する素振りなどは全く見せず、真顔でそう聞いてきた。結月は薄情者だと思いつつも、変に心配をかけられるよりかは良い。
「腕がマジで痛くて重くて……」
痛みに耐えかねて、木の剣を手放して地面に置いた。すると、先ほどまでの痛みと重さはまるで嘘だったかのように消え去った。
「え……? さっきまで痛かったのに」
「おかしいですね。桧尾さん、武器に何か細工でもしました?」
「してないですし、そもそもする意味が無いですから」
「んん~? 単に剣との相性が悪かった可能性もありますから、次は弓を試してみましょう」
泥島先生の指示に従って、レイは弓を瞬時に作り上げた。普段から弓を使っているからか、弓の形成はとても速かった。枝を折り、短くしたものを矢に作り替え、結月に渡す。
しかし、最初に弓を手渡された時点で腕に激痛が走り、身体全体に重いものがのしかかったような感覚が襲ったせいで、そのまま弓を落としてしまった。
「お、おも……重すぎる。っていうか腕が痛い」
剣の時とは違い、手放したのにも関わらず今も痛みと重さが身体に残る。じわじわと痛みは引いていき、重さも消えていくが、武器を持つたびにその症状は酷くなる一方だった。
木の剣、弓と続き、短刀や槍、斧、投げナイフなど様々な武器を試そうとするが、そのほとんどが、痛みと重さに邪魔をされ、ろくに試す余裕も無かったのだ。
「絶対おかしい……」
どれだけ軽い武器でも、どれだけ小さな武器でも、症状は必ず現れる。まだ少しも動いていないに、結月の額から汗が流れて落ちていく。その表情にも疲労が現れ、誰がどう見てもこれ以上続けるのは危険だと判断できる。
「うーん。まさかこれほどまでとは。これはもはや、下手という話ではなく、呪いか何かが町瓜くんにかかっているとしか考えられませんね。……まぁ、私たちはテイルキーパーですのでね。町瓜くんの欲望が何かしらの影響を与えているのでしょう」
「はぁ……」
声にも出るくらいの大きなため息には、理想とかけ離れた現実への落胆も混じっている。
結月は床に座り込んで、壁にもたれる。辛さを無理やり抑え込んで、いくつもの武器を試したせいか、歩く気力も削がれていた。
「ほら、向き不向きって誰にでもあるから……ね? そう落ち込まなくても大丈夫だよ。物理武器が使えなくたって、エンが守ってくれるし」
エンの斧を使った戦闘を見ていたから、より一層惨めさを感じていた。その惨めさを打ち破るように泥島先生が声をかけた。
「町瓜くんの欲望はどうやら、物理武器を使用できないほどの大きなデバフをかけているみたいです」
そう言って泥島先生は結月の少し離れた隣に足を延ばして座った。
「ものすごく簡単にまとめるなら、物理攻撃に対して大きなデバフをかける代わりに、モノガタリや欲望に対する適正と威力を大きく上げるというもの。欲望は現実にも影響を与えますから、町瓜くんは一生剣道やフェンシングができなさそうです」
冷静に、淡々と告げるものだから、結月の心の生傷をぐちゃぐちゃと刺激する。それが少し顔に出ていたが泥島先生は一切気にするような人では無いのだ。
「はぁ……。どうして、欲望の効果がわかったんですか?」
「そういう欲望だからですよ。私の欲望「探求」は、答えを求める姿勢があれば、現状ではわからない答えも導き出せるのです。見えないものを見る、そんな欲です」
言葉を返すような気力は無い。結月は今日貰ったばかりの血詠葬のペンデュラムをただ眺めるくらいしかなかった。
赤は確かに結月を捉える。結月も無意識に赤を見つめる。
――強い魔法が使えればいいが。
そうじゃなかったらどうしよう、なんて言葉は押し殺してしまうことにした。
どうしようもなく不安だった。欲望で火が扱えることはわかっている。武器もモノガタリも使えないようでも、燃やし尽くしてしまえば役には立てる。そう言い聞かせるしかない。そうでもしないと、心が潰れてしまいそうだったのだ。
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