第10話 猛火の正体 (1)

 制服姿のレイだった。


 黄緑色の髪をハーフアップにして、後頭部で軽く結んでいる。スラックスを履いて、制服のシャツの上から緑色のカーディガンを羽織っていた。アレンジがある程度許容されている北角高校では、よく見るスタイルだった。


 その点、赤月エンはどうだろうか。


 最初こそ違和感が無かったが、彼女は制服を着ていない。



「どうしたの? そんなにエンのことを見つめて。気になることでもあるの?」



 結月にそう聞いたのはレイだった。



「ああ……桧尾さんはこの学校の制服を着てるけど、エンは私服だなぁと思って」

「レイでいいよ。堅苦しいから。」

「じゃあお言葉に甘えて」



 レイは荷物をL字机に置いて、ローテーブルの周りにある木製の椅子に座った。

 結月の疑問にすかさず答えたのはエンだった。


「そりゃあだってレイはこの学校の生徒だけど、私はそうじゃないもん」


 タブレットを操作したまま、こちらを見ることなく答え続けた。



「書類上では泥島先生の助手としてこの学校にいるからね。今のところ年齢は綺麗に横並びだけど」


「エンはほら、TKOTができる前からテイルキーパーとして活動していた……っていう話は昨日したよね? それがあって学校をやめさせられてるの」



 エンの説明を補完するようにレイがそう言う。結月は驚きの表情を隠せずにいた。


 結月は薄々感じ取っていた。このTKOTという職場、ARCANAとかいう上層部はブラックな社風なのか、そもそも闇深い業界だったのか、と。


 そもそも、秘密結社のような仕事を任されている時点で、労働環境が「普通」な訳がないかとすぐに結論が出た。



「……やめさせられるとかあるの?」

「昔の制度だよ。今は違う」



 ――ほらやっぱり。


 ぶっきらぼうに言い放つエンの背中には、どこか悔しさが伺える。


 少し身体を逸らしてエンの表情を覗き見るが、固く閉じられた唇からこれ以上語る意思がないということを感じ取る。



「じゃあ……茨杼は?」

「んー、ギリギリ学生かな」



 プライベートな話になるからなのか、誰とも目が合わない。答えてくれたレイでさえ、どこか違う方向を見ている。



「ギリギリ学生ってどういうこと?」

「出席日数が足りなくなりそうだから、ね……」


 ――真面目に見えて、不登校なのか。


 結月だって、そういう裏表がある人たちをそれなりに見てきた。誰にだって隠したい一面はあると理解はしていた。ただどうしてか、自分を棚に上げているようで嫌になる。



「……真面目そうなのにね」

「真面目だけど、欲望のせいで日常生活に支障が出てるみたいで……」



 欲望、欲望、欲望。


 その名の通り、その人の欲しいものややりたいことが次第に抑えられなくなり、挙句の果てには特殊な力まで発現する。まさしく、胸の内にある大きな爆弾。


 普通に生きている状態で、何か影響があるほどの欲望とは何だろうか。



「啓斗くんの欲望は――」




 レイの言葉に割り込む、劈く、傲慢の声が扉を勢いよく突き破る。


「集まってますかー! あれ? 茨杼くんがいませんね」


 白衣に身を包んだ紫色のくせ毛の女性、泥島先生が突然倉庫の中に飛んでくるように入ってきたのだ。驚きで、結月の心拍数がぐんと上がる。


「啓斗くん本人は見てないけど寝てたよ」

「ああそうですか」



 寝てる、気になる言葉はあった。しかし、泥島先生の反応を見た結月は「ここではよくあることなのだ」と処理した。


 それでも啓斗の欲望の謎が晴れた訳では無い。またの機会に聞こう。


「本部から直接新しいモノガタリが送られてきましてですね。これを三日以内にどうにかしろとの命令です。全く、人使いが荒いことです」


 呆れながらもそう言って、一つのペンデュラムを見せてきた。


 鮮やかで透明感のある紫色に、青緑色が絡まっている。その中にある白色の煌めきが見る者を魅了する。生きたモノガタリというのは、全てそうなのかもしれない。どこか、心を惹きつける魅力があるのだ。


「どうしてモノガタリはほとんどペンデュラムの形をしてるんだろ……」


 長い沈黙を破ったエンがため息交じりの言葉を吐いた。


「それはまだ不明です。興味はありますが、何分忙しくて手を付けられないんですよ」


「読み取りは丸一日くらいかかるから、今日はもう解散で」



 エンが気の抜けた声で解散を宣言したので、結月は自分の鞄を持って帰ろうと立ち上がった。


「赤月さんは帰ってもらって構いませんが、町瓜くんと桧尾さんは体育館に行きましょう」


 泥島先生の言葉に、食らいつくように驚きと落胆を混ぜた声が隣から飛び出てきた。



「えぇ……⁉ 結月だけでいいんじゃないですか? どうせいつもの体力テストでしょ?」


「適性のある武器を瞬時に提供できるのは桧尾さんが適任ですので。それに暇なもう一人は欲望でぐっすりなので、手が空いている人が少ないんですよ」


「はぁ……。結月、早く済ませよう」


「いってらっしゃい、二人とも。大丈夫、死ぬことは無いよ」


 ろくな説明も受けられず、レイに半ば無理やり腕を引っ張られ倉庫を後にした。


 心の内で揺らめく炎は熱を強め、不安を増幅させる。どこかで後悔の影が大きくなるが、それを認識してしまってはいけない。そう自分に言い聞かせながら、体育館へ向かうのであった。



 ◇


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