第13話 「孤高」の存在

「わざわざこんな辺鄙な場所までお越しいただきありがとうございます。私のことはもう知ってますね? 泥島です」



 泥島先生が結月の一歩前に立つ。今にも獲物を狩りそうなギロギロとした二人の目線を結月のために遮った。



「へぇへぇどうもどうも。いやー! TKOTに? 新人が? 来た? みたいな話を聞いて? 到底信じられなかったんだけど、来てみたらほんとにいてびっくりしたよ!」


「……ダル、見ろよ。俺らを見ても恐れもしない」


「単に何も知らないだけだと思いますよ。ほとんど説明してないので。あなた達の偉業も、事故も、事件も、経歴も、何をする組織なのかも教えてませんから」


「はあ⁉ 何で教えねぇの泥島!」



 声を上げてキレたのはダルの方だった。感情と言葉と表情が全て直結しているような人で、どこにもストッパーが無いようにも見えた。



「わざわざ彼に教えるほどの情報価値が無いと判断したからです。所詮その程度の組織であるということを、彼の貴重な時間を奪ってまで説明しないといけないですか? 凡人の考えることはわかりませんね」


「はあああ⁉」


 表情一つ変えることなく、それがさも当たり前かのようにスラスラと語る泥島先生に結月は置いてけぼりにされている。


 ――必要な情報くらいは教えてほしいものだが。


 現実世界においての戦闘能力の無さは先ほど証明された。そのこともあってか、泥島先生は結月を守ってくれている。レイのトラウマのこともあるのだろう、大人として取るべき対応をしてくれている。


「だあああ! もう! めんどくさ! 拳で語り合った方が早いって! 絶対!」



 言い合いをしている二人に気を取られていた。ふと背後に圧を感じる。僅かに暖かくなった背中に違和感を抱き、振り返る。


 いつの間にか真後ろにバックスが立っており、結月がバックスを視認するとほぼ同時に、脇の下から腕を通され身動きを封じられた。



「え」


「……ダル、「孤高」の存在を決めるんだろ。俺家帰ったらやりたいゲームあるから早くやってくれ」


「おぉーお! そうだった! 俺の相棒は頭がよく回るねぇ……いっちょ、やっちゃいますか」


 止めようとする泥島先生をダルは容赦なく突き飛ばし、拘束された結月にぐんぐん近づく。


「悪いね、ボコっちゃうわ」


 結月の顎をダルが乱暴に掴み固定する。狂気に満ちた赤い目が結月を捉えて離さない。



 ――早く逃げなければ、目を逸らさなければ。



 そうは思っても上手くいかない。重い泥のような不快感が本能を鈍らせる。頭の中が少しずつ空っぽになっていって、次第に意思の行方すら辿れない。欲望の灯が消え、脱力感に襲われる。立っていられない、考えていられない。


 ただ残るのは、空っぽの脳と動かぬ身体。


 危機を感じなければ、不安も感じない。そんな虚無に、外側から自分の物では無い欲望が怒涛の勢いで流れ込んでくる。


 息苦しい、泥のようで、飲み込めない、受け入れがたい、それは――



「ほーん、目覚めるの早いタイプ? 欲望に耐性でもあるのかねぇ……? 結月クン?」



 自身が「孤高」の存在でありたいと願う、強烈な欲望だ。



「ゲホッ、ゲホッ……」


 先ほどまで感じていた喉のつっかえが消えていく。気が付けば座り込んでいた。まだ指先に力は入らないものの、身体の自由が利く。


「ねぇ君はどんなマップが得意? 俺は市街地。建物の中でもいいよ」


 もうここは現実世界ではない。何もない。空も壁も床も、真っ白な空間にただ二人の姿だけがある。


「何も言わないなら何でもいいってことだよね?」


 市街地が瞬時にして構成された。どこかの都市がそのまま再現され、時刻は昼間に設定されている。街を行き交う人々や道路を走る車などが確かにそこに存在している。


「勝負は簡単。生き残った奴の勝ち。ただの殺し合い」

「……は? 何でそんないきなり戦わないといけないんだ?」



 ようやく指先にも力が入るようになり、結月は立ち上がってダルを怒りの眼差しで見つめる。それに対し、ダルは結月の感情など一切の興味が無いかのように、言い放った。


「俺がそうしたいから」


 結月はますます理解できない回答に困惑する。それがそのまま表情に出ていたようで、ダルはわざとらしい大きなため息をついた。



「組織が違うから理解できないのはわかるけどさ。俺たちは狂った人間様と戦って殺すのが仕事なの。わかる?」


「……」


「ついでに言ったら、人間と戦いたい、殺したい――そういう欲望を持ってる奴らの集まりが永久指名手配! 俺もそのひとり。戦いたい。町瓜結月くんに拒否権は無い。暴力っていうのはそういうものだよ」


 イカれてる。けれど死にたくはない。ならば戦うしかない。

 覚悟の炎を心に宿す。試したことすらないモノガタリを強く握りしめる。



「知るか。理解したくも無い」


「え」


 目を丸くするダルに強火の言葉を畳みかける。



「そんな暴力じみた欲望が理解できないって言ってるんだよ」


「……クフフ、アッハハハハハハハ! ああ、ああそう? そうか」


 大きく口を開けて狂ったように笑い出す。上を向いて天を仰ぐ。



「……絶対忘れんじゃねぇよ、その言葉。絶対後悔する。……いや、後悔もしないか! 血も涙もない「猛火」クンならね」



 そうしてダルは腰に装備していた拳銃を慣れた手つきで取り、結月に向けた。


 ◆

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