Tale Keepers of Truism

星部かふぇ

Ep.1 町瓜結月は「猛火」と成る

第1話 明日を変える猛火

「あ、町瓜くんじゃないですか! ちょうどいいところに!」


 帰ろうとした町瓜結月を廊下で引き留めたのは、物理教師の泥島先生だった。


 泥島先生はいつもと変わらず、濃い紫色の髪があちらこちらにはねている。ブラシを一度通すだけでも一苦労しそうな髪の長さと絡まりは、ズボラさを表すか、もしくは研究熱心と捉えるか。

 私立北角高校で物理を教えながら、自身の研究も同時に進めているようで、その目にはくまがくっきりとできていた。


「どうしたんですか? って言うか先生、目のくま酷いですよ」

「ちょうど研究の山場を乗り越えられそうでですね! あと少ししたら、いくらでも寝る時間があるので大丈夫です!」


 疲れているにしては、声は元気に溢れていて落ち着きがない。


 結月は緑色の髪をかきあげて首に手を当てる。パソコンゲームのやりすぎで、肩こりが悪化したせいだ。


「まぁ私のことは良いんですよ。実は町瓜くんに頼みたいことがありまして」

「はぁ……。いいですけど、具体的には何をすればいいですか?」


 口をつぐみ、結月の方をじっと見つめながら不敵な笑みを浮かべる。

 泥島先生はいつもこんな感じだと、慣れたらそれほど怖くない。他人が読み取れないような難しいことをずっと考えて、一人で喜怒哀楽を繰り返す人なのだ。


「特殊能力とか、魔法とか、呪術とか、なんでもいいです。そんな奇跡を信じますか?」


「……はい?」


「考えることは大事ですが、今は直感で決めてくださいね。信じないのなら今すぐ帰りましょう。信じるのなら……」


 泥島先生の眼鏡に窓から差し込む夕日が反射して、目元の表情は見えない。しかし、その口は確実に笑っている。


「あなたに会わせたい人がいるのです」



 泥島先生は結月の方を振り返ることなく、廊下を進みだした。

 結月はその場に立ち尽くしてしまっていた。もしこの言葉を言われたのが全く知らない赤の他人なら、迷うことなく家に帰っただろう。


 けれど、目の前にいるのはあくまでも教師で、いくら他の教師から距離を置かれているとはいえ、それなりの信頼を生徒として積み重ねてきた。変人であると同時に、天才であると理解していた。


 どこか平凡な人生から逸脱したくて。どこか特別な人間になりたくて。

 誰も持っていないような才能や能力が欲しくて。

 欲望が強くなればなるほど、心は猛火に包まれる。


 立ち止まる時間が長くなればなるほど、抑えきれない欲望が足を一歩ずつ進める。


 油断してはならない。犯罪にだけは巻き込まれないように、警戒心を心に居座らせる。


 泥島先生から少し後ろを、結月は言葉を発すること無くついて行った。




 案内されたのは運動場の隅にある体育倉庫の隣、第一備蓄倉庫だった。

 そもそも備蓄倉庫の存在を知らなかった結月はそのことにも驚いていたと同時に、こんなボロい場所に一体どんな奇跡があるというのか、と呆れていた。


 やはり騙されたか――?


「二年前に地下シェルターと地下倉庫が完成したのをご存知でしょうか?」


 泥島先生は鞄の中を探りながら言った。

 しかし、結月にはそんな情報の心当たりなんてどこにもなく、むしろそんなものが学校にあったなんて、という驚き続きであった。


「いえ、知らなかったです」

「そうですか。まぁあれですよ、備えあれば患いなし、で偉い人達が導入したんだと思うので、我々にはまず関係のない話です」


 そして横目で結月を捉えながら、話し続けた。


「その地下倉庫が相当優秀らしくてですね、そちらがメインの備蓄倉庫になったようで。元々あった古い方は中身ごと放置されています。あ、ちなみにこの場所の管理者は私です」


 泥島先生は鞄から小さな箱を取りだした。上品な見た目で、まるでプロポーズの時に渡す婚約指輪を入れておくような箱だった。

 その中には金色の指輪が入っており、泥島先生は右手の人差し指につける。そしてすぐに第一備蓄倉庫の鍵穴部分に近づける。


「先生、一体何を……」


 結月が言いかけたところで、ガチャリ、と鍵が開く音がした。


「えぇ?」


 初めて見るものですから驚くのも無理はない、と言いたげな笑みを泥島先生は向ける。


「これが魔法ですか?」

「もうじきわかりますよ、ほら中へ」


 促されるまま第一備蓄倉庫の中へ足を踏み入れる。


 思っていた以上に生活感があり綺麗な部屋であったが、何よりも目立つ存在があった。


 部屋全体を明るく照らす宝石のようなものがL字型の机に置かれていて、直視しようものなら目が痛くなる。そんなものの隣に、椅子に座って机に突っ伏している茶色の長い髪の女子がいる。

 また、L字机とはまた違った部屋の壁に沿って置かれた古いソファに横になっている鈍い金色の短髪の男子がいて、ソファの前に置かれたローテーブルの向かいに置かれている木の椅子には黄緑色の髪の中性的な人が座って項垂れていた。


「これは、どういうことだ……?」


 普段の結月なら驚いて、その足は動かなくなっているはずだ。


 自分でもそうだとわかりきっていながらも、あの光る物体に心が惹かれる。それが魔法だとか奇跡だとかに関するものだ、と脳が理解するよりも前に、近くで見てみたい、触れたい、といった思いが大きくなっていく。


「あの光る宝石のようなものがあるでしょう? アレに触れたら町瓜くんの謎が全部解けますよ」


 光る宝石の魅力に身体が誘導されていく。泥島先生に言葉でも誘導されている。


 一歩、一歩と進むたびに周りがどんどん見えなくなっていって、いつしか、眩い宝石を直視しても目が痛くない。そして次第に、音すらも遠くなっていって――。


「ちなみにその光る宝石のタイトルは――って、あれ? もう触れたの?」

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