第2話 血詠葬のモノガタリ (1)

 ◆



 金属と金属がぶつかり合うガキンという鈍い音が連続して辺りに響く。


 赤黒い、まさに血の色の鎧を装備した巨体の兵士は、軽装備な「主人公たち」と激しい戦いを繰り広げていた。


 見上げるほどの高い天井は音を反響させる。中世ヨーロッパの城を思い浮かべるような彫像や家具が綺麗に置かれていて、それらに並ぶように項垂れた兵士が血を滴らせながら何人も息絶えていた。


 中央に敷かれたレッドカーペットは至る所が湿っている。その先にあるのは、人間が一人分入りそうな鈍い赤茶色の棺桶だ。物語を進める鍵となるのはあの棺桶とわかっているが、それを守るようにどこからともなく兵士が押し寄せてくる。



「超楽しいんだけど!」



 ストレートな茶髪が激しく揺れる。額から流れ落ちた汗が血と混じり合ってレッドカーペットをさらに濡らす。肩で息をする。終わりのない戦いを飽きることなく続ける。


 見開かれたその目は鮮血そのものの色を持つ。空間全体が赤々と染まっていく様子が瞳に映り、より一層赤が増す。



 赤が最も似合う「暴力」。モノガタリの番人、赤月エンである。



 身長160センチ、その身体と同等の大きさの戦斧を振りかぶる。巨体の兵士の身体に打撃を与える。それを何度も何度も、四方八方から襲ってくる全ての敵に衝撃をお見舞いする。



 両手で強く握りしめられた戦斧は至ってシンプルな無駄のないデザインだが、付着した血液のせいで余計に禍々しいものになってしまっていた。


 次の敵がまたエンに近づく。そのことにももちろん気づいていた、が、次の一歩を踏み出す瞬間に湿ったレッドカーペットに足を取られ、そのまま転んでしまう。



「うわっ⁉ やばい!」



 ようやく生まれたその隙を逃してたまるかと言わんばかりに、食いついた兵士がエンに向かって剣を振り上げる。


 遠くから冷静に戦場を見ていた。木製の弓を構え、準備が整った桧尾レイが言い放つ。



「……群がった! 今ならいけるっ!」



 黄緑色のボブほどの長さの髪は、毛量の多さからハーフアップにまとめられている。弓使いに相応しい勇猛果敢な意思がレイの翡翠色の目に宿る。


 レイは限界まで引き絞った弦から指を離す。緑色の閃光が瞬く間に次々と兵士の頭を貫いては壁に刺さる。エンを囲む兵士の意識を引きつけた矢を起点とし、大爆発を起こす。


 緑色の光と莫大な威力を持つ衝撃波は兵士の視界を奪い、倒れたエンが体勢を整える時間を十分に稼いだ。


 エンはベルトに装着されていた一つの宝石――ペンデュラム型のモノガタリを手に取る。


 青や薄い赤や黄金が混ざり合った美しい宝石の中で、白い光の粒が渦巻く。




『嵐の眼は孤独の証、何も恐れず〈廻嵐かいらん〉に呑まれるまで』




 暴走するモノガタリの中ではたくさんの理不尽が我々を襲うことになる。


 今だってそうだ。このワンシーンは、本来なら数人の兵士が棺桶を守るといったもののはずだった。しかし、実際は異常な強さを持つ数十人の兵士となり「主人公たち」を襲うモノガタリになってしまっている。


 そんな理不尽に対抗するために、他のモノガタリを持ち込む。


 暴走するモノガタリの中で、修正・管理された正常なモノガタリは強大な力を持つ魔法に成り代わる。自分の力を底上げするような魔法もあれば、攻撃魔法となって敵を一掃するものもある。


 赤月エンの持つ、廻嵐のモノガタリは自身を中心に災害のような嵐を作り出し、敵味方関係なく全てを吹き飛ばす魔法であった。


 エンの視界全てが嵐となり何も見えなくなる。危機を助けてくれた仲間の姿も捉えることができず、ただ無事であることを信じるしかなかった。いや、無事だとわかっていたのかもしれない。


 幾度も壊れたモノガタリを修復してきたのだ。信頼関係は出来上がっている。



「エン、ちょっとやりすぎだよ」



 レイの声が風に遮られず、はっきりと聞こえた。


 次第に嵐が収まり、辺りは生きているのか死んでいるのかわからない兵士が地に伏していた。一方、レイは茨杼啓斗のサポートによって助かっていた。



「いやいや、埒が明かないから一気にぶっ飛ばしたかったんだって」



 エンは片手で斧を地面に向かって勢いよく振る。斧に付着していた兵士の血がレッドカーペットに落ち、そのまま吸収されていった。


 鈍い金髪を揺らし、茨杼啓斗は半ば呆れながらエンに近づく。紫色の目が無惨に殺された兵士に向けられる。爽やかで整った顔立ちをしている啓斗だが先ほどからあくびが止まらないようだ。眠い目を擦りながら啓斗が言った。



「無茶しすぎだよ……。僕のモノガタリでも廻嵐から守りきれるか怪しかったんだから」

「啓斗はさ、唯一のサポート役だからね。身を預けるくらいには信じてるんだよ」

「そういう問題じゃないよ……」



 啓斗がエンの返事に呆れていると、エンが部屋の奥に見える赤茶色の棺桶を目指して歩き出す。それについて行くようにレイと啓斗が歩き始めた。



「元の物語はね。……勇者マリエルが兵士を倒した後、棺桶を開けると全身の血が抜けた先代勇者スーケルの遺体が中に入っていて、それが血詠けつえいの呪いだってわかっていたマリエルはもう二度と血詠の術を使わなかったんだって」



 『モノガタリ』と名のついたものであるからには、お話がある。このモノガタリのタイトルは「血詠葬けつえいそう」。本来ならば、教訓を含む童話に近い物語なのだが、生憎このモノガタリはおかしくなってしまっている。


 おかしいままで放置していると、いずれ現実世界にも影響を及ぼす。それを防ぐためにエンを始めとする三人は壊れたモノガタリに入り込み、直して管理をするということをしているのだ。



「それって、私達が主人公の勇者マリエルってことで良いんだよね? このモノガタリを直した後に他のモノガタリが使えなくなったりしないよね?」



 レイの疑問に対し、エンはすぐに答えた。



「そんなことは無いね。直したモノガタリが現実に影響与えることはほとんど無い。モノガタリの中で死んだって、現実では生きてるくらいなんだから大丈夫だよ」

「そう? なら良いんだけど」



 気が付けば三人は棺桶の前に立っていた。吸血鬼でも入っていそうな赤黒い重厚感のある棺桶に、何の抵抗も無く真っ先に触れたのはエンだった。怖いもの知らずというのはまさにこの事だろう。



「開けるね?」


 返事を聞くことなく、斧を地面に置いて、蓋に手をかけゆっくりと開ける。



「えっ……?」



 血の抜けた先代勇者と思われる人はいなかった。



 その代わりに、至って健康そうな青年がいた。

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