第3話 血詠葬のモノガタリ (2)
棺桶の中に入った、自分たちとそれほど歳が変わらないであろう青年は瞼を閉じ、まるで死人のような安らかな表情をしていた。深緑色の髪も、肌も、ついさっきまで生きていたと言われてもおかしくないくらいに綺麗で、健康状態も良い。
到底、死んでいるとは思えなかった。
「生きてると思う?」
エンはそう呟いて振り返り、レイと啓斗の顔を交互に見る。レイはただ困惑した表情で棺桶の中を見つめるだけで何も言わず、啓斗は若干引き気味で距離を取ろうとしている。エンはその歓迎されていない様子に思わず笑いそうになった。
生きているかどうかを確認するために棺桶の中に手を入れて、その肉体を揺さぶる。人が本来持つ温度に安心しながら、その瞼が開かれるときが来るまで揺さぶり続けた。
どうか生きてくれ、そんな大層な願いは持っていない。ただ、モノガタリを修復するのが面倒だから早く起きろ、としか考えていないエンはある意味薄情者であるだろう。
「うう……」
青年が呻く。眠りから目覚める動作と同じように、身体の向きを変えようとして棺桶の壁にぶつかり、この状況の異常さに気付いたのだろう。驚いた様子で、その赤い目を見開いた。
「ここは⁉」
おかしくなったモノガタリが更におかしくなったと、エンはため息をついた。
◆
驚きの感情と共に身体を急に起こした結月の視界に入ってきたものは、結月が先ほど居たような古い倉庫ではない。彼は、瞬間移動? 異世界? 夢? 考えうる可能性を全て頭に思い浮かべた後、自分の中で答えを得ることを諦めた。
「本当に何も知らない一般人が来たんだけど、どうしようか」
エンは床に置いていた斧を手に取り、立ち上がる。
「名前を聞いてもいいかな」
同年代の女子が持つにはあまりにも厳つい斧、そこに付着した血液、その奥に見えるのは地に伏した兵士たち。死を覚悟するのに時間はかからなかった。
「ま、町瓜結月……」
鈍い金髪を揺らしながら棺桶に近づくのは啓斗だった。眠いのか、深い紫色の目を擦りながら小さな声でエンに伝える。
「前、泥島先生が言ってた人じゃない? 適性のある人材がーって」
「ああ! そういえばそんなこと言ってた!」
エンの表情がぱぁっと明るくなる。こう見れば、その見た目に相応しいと思えるのだが、やはりその片手に持つ凶器に目がいく。
しかし、勇気を振り絞らねば友好的な関係は結べない。
「えっと……みなさんは?」
三人が目を合わせ、妙な間が開いた。空気を察したのか、金髪の男から口を開いた。
「茨杼啓斗。よろしくね、結月くん」
名乗りの流れができて話しやすくなったのか、黄緑髪の女子、茶髪の女子と続けて自己紹介をする。
「桧尾レイ。よ、よろしく」
「私は赤月エン。その感じだとなーにも聞かされてないんだろうね。泥島先生も中々キツいことをするねー」
エンが無邪気にそう答えたその瞬間、笑顔を消して振り返った。
動く影は一つもない。倒れた兵士も動くことは無い。強いて言うなら、崩壊した壁から瓦礫が落ちるぐらいのことしかなかった。
「何かいた?」
エンの奇行をレイが問う。と、同時にいつでも撃てるように弓矢に手をかける。
「直接見た訳じゃないけど、扉が動いた気がして」
「それは勘? それとも音? それか……物語が動いたっていう第六感的な何か?」
表情一つ変えず、自分たちが入ってきた大扉の方を見つめる。緊張した空気が全員に伝わるのもそう時間はかからない。
「棺桶を開けるっていう行動を起こしたら、次のイベントが始まるでしょ? ゲームと一緒でさ、フラグが立つみたいな」
「じゃあそれは第六感的な何かと一緒だよ」
「えぇ辛辣。頭良いキャラにはなれないってことか」
そうね――とレイが小さく答えた後、エンの言った通りのことが起きた。
ゆっくりと大扉が開き、人ひとり分の隙間から、痩せこけた色白の男性がのそりと現れる。その眼は一体どこを映しているのか、ぎょろりと何もない場所に向く。骨に皮が張り付いたような手足のどこに歩く力があるのか。カタカタと歯を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
見るからに不気味だが、その力なき生命に恐れを抱くのは結月くらいだった。
「あれは……」
恐る恐る口を開いたのはもちろん結月で、それに答えるのは余裕がある啓斗だった。
「ラスボスみたいな感じだね。あれを倒したらきっと僕たちは現実世界に帰れるよ」
あまりにも真っ直ぐな眼差しと温かな微笑みで、結月の心に安心という余裕が生まれた時、奴は低い声で叫んだ。
「血詠の力はワタシのものだ……。誰一人として渡さない、部外者め……ワタシの城を破壊した罪を償え!」
奴に赤いオーラのような靄が集まっていく。それが血液であることに薄ら気づきながら、エンとレイは武器を構える。
「あれが先代勇者スーケルと呼ばれる人だね。本来ならこの棺桶に入っているはずだけど……。啓斗、結月を守って」
「それはいいけど、二人のサポートはしなくていいの?」
その冷静さに頭を抱えたくなる結月がいるが、その存在を無視して二人は会話を続ける。
「いや、もちろんしてくれ」
ポンコツなのか有能なのか、もはや誰もわからない。
敵に動きが見えた。禍々しい血のオーラを纏う剣が先代勇者の手に握られている。兵士たちが床にまき散らした血液を自在に操り、脈打つように蠢くソレがまた新たな剣となり、先代勇者の周りを飛ぶ。
「賭けしようよ」
エンの唐突な言葉にレイは答えられなかった。
「あの血の剣が液体か固体か、どっちだと思う?」
どう考えてもそんな冗談を言える状況では無い。しかし、ラスボスを前にしてもいつもと何ら変わらない様子のエンに、レイは冷静さを取り戻せた。
「液体に一票。斧も矢もすり抜けるんじゃない?」
「同じく一票。一番貧弱そうな本体を狙っていこう!」
斧を構える。弓を構える。その二人の後ろ姿を見つめながら、半透明の水色と青色の混じり合った美しいペンデュラムを握る啓斗がいた。
エンが地面を蹴った瞬間、モノガタリ全体に動きを与えた。
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