第28話 「孤高」であり、敗者である。
◆
ダルは黒色の乗用車に乗り込み、運転手の真後ろにある後部座席に座る。その隣にはバックスが座っていた。車内は煙草臭い。シートやら何やらに染みついた臭いは少しの換気でとれるようなものではなかった。
昔は煙草の臭いを含む、薬物全般の臭いが大嫌いだった。しかし、今となっては煙草だけなら耐えられる。同じく永久指名手配に所属する後輩のヘビースモーカー、ロウニー・Dのせいで。
ロウニーは助手席に座っていた。青い髪に青い目、どこの国の何人かも不明な男。永久指名手配では中々腕が良いスナイパーを担当している。ダルやバックスとは違い、かっちりとしたスーツを着こなしている。どこからどう見ても童顔で、背丈が小さいが、それでも二十歳らしい。
「負けたんだね」
「黙れチビ」
ロウニーは返事をすることなく、煙草に火をつけた。窓を開けて、のんきに吸い始める。低く、少しかすれたような声だ。そのかすれは、きっと煙草のせい。
「ロウニー、毎度言っているがこの車はARCANA所有であって、永久指名手配の私物じゃないんだが」
その芯の通った、ロウニーより少し高いが、一般的に聞くと低い声は運転席からだった。
「まあまあいいじゃない、ブロス。永指が出張のとき貸し出される車はいつも同じなんだから」
「変な略し方をするな。わからないだろ」
ブロスと呼ばれた男は渋い緑色の髪で、三つ編みがなされていて背中の辺りまで伸びている。明るい緑色の目を持つが、右目周辺からおでこの部分にかけて大きなやけどの痕が残っていた。こう見えても日本人で、ブロスという名はあだ名のようなものである。
「……」
ダルは唇を強く噛む。血が滲み出ることも気にせず、自分に痛みを与え続ける。
カッカッカッ、という音が鳴る。爪で爪の白い部分を裂くように捲り取っていく。深く抉り裂いてしまい、所謂深爪のような状態になっていく。爪と皮膚の間から血が出る。爪を噛むことは無い。ただ裂き続ける。
「おい、ダル」
「……なんや」
「イラついてんのがこっちまで伝わってんだよ」
「あっそ」
――あんな初心者のヤツに、負けた。
「孤高」の欲望は、誰よりも自分が一番でありたいと願うもの。そのためには手段を択ばず、一対一で戦い勝者を決める。戦うだけでも満たされる、勝てばもっと満たされる。
格下だと思っていた相手に負けた。殺されたのだ。
――「孤高」の存在になりたい。ならなければいけないのに。
憎しみと、泥にまみれた過去が重なる。強者が明日を生き、敗者が死にゆく街が。
これだけならまだよかった。
勝者である結月が全く喜んでいなかったのだ。
勝利はうれしい。勝利は利益が得られる。勝利は己を示す方法である。勝利は明日を生きる資格を得る。勝利は――。
知らぬ間に、貧乏ゆすりをしていた。その振動が伝わったのか、ブロスがダルに声をかける。
「また挑めばイイさ。欲望世界じゃなくとも、いろんな方法に勝ち負けは存在するから」
「……お前はいいよな。簡単に欲を満たせて」
「欲望はその人の生き方だからね……単純な方がイイに決まってる」
「ブロスのそういうとこ、マジで嫌い」
無意識な嫌味なのか、はたまたダルの欲望を馬鹿にしているのか、真意はわからない。
「……欲望ってマジで何なんだよ。ほんとに」
「ただの異能と捉える人もいるし、無意識に持つ願いだと考える人もいる。でも俺が一番興味深いと思うのは――『どんな欲望であれ、他者を排除しようとすること』。言い換えるなら、欲望の最終到着地点は「殺人」みたいな、ね?」
ARCANAなら誰でも知っていること。しかし、理屈は不明。ただ、そういう事象があるから気をつけろ、で終わるものだ。
「だから俺は、欲望とは人を殺す言い訳のようなものに思えるんだ」
「流石の俺でも欲望保持者にトリガーハッピーみがあるのは理解できる。でも俺が言いたいのはそんな頭が痛くなる話じゃねぇ」
ダルは爪と皮膚の隙間が赤く染まった手で頭をかく。
「じゃあ、何だっていうんだ?」
「何で俺は欲望のせいで苦しなまきゃいけねぇんだって話!」
「それはもう、仕方のないことだよ。皆割り切って生きてる」
「とは言ってもよ……」
その後もダルはぶつぶつと不満を口から漏らしていた。しばらく経って、眠気の限界が来たのかそのまま寝てしまった。
その様子を見たバックスは言った。
「マジで子供みてぇだな……」
ブロスが返事をする。
「すやすや寝てるところ悪いけど、もうすぐホテル着くから起こして」
「へいへい、了解」
永久指名手配ら一行は、こうして無事ホテルに着いた。
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