第27話 夜の目覚め
◇
結月はゆっくりと瞼を開ける。視界に入るのは一面の砂で、顔を上げると見慣れた学校の景色があった。
すっかり暗くなった空に、まばらな雲が浮いている。
結月は立ち上がり、制服の膝のところについた砂を払い落とす。運動場のど真ん中で、どれぐらいの時間意識を失っていたかわからないが、とにかくのどが渇いて仕方がなかった。
気が付けば、結月のすぐそばに心配そうな顔をした啓斗がいた。
「おかえり。どうだった?」
「……」
俺が殺した、とも言えない。勝った、と言えるほどいい気分ではない。
「ころ、されなかったよ」
喉から言葉を絞り出すので精一杯だった。啓斗は何か言いたげな表情だったが、それ以上何も聞いてこなかった。ただ、心配の言葉であったり、慰めの言葉だったりをかけられた。
そのあと、缶に入ったオレンジジュースをくれた。果汁があまり入っていない安物で、それこそ薄いようにも思えた。でも今はこれでいい。舌に残らない酸味が、結月の求めるものだったから。
その様子を少し離れた場所に座っているバックスが眺めていた。
見た目からか怖いと思ったが、何も言ってこなければ何もしてこないので、ある意味安心した。最悪の場合、バックスとも戦う羽目になっていたかもしれないと考えると、身震いする。
「……ふう」
バックスは息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。とろとろと近づきダルの近くで止まる。ダルの腰辺りについていた銃を一つ手に取り、ダルの耳元で銃口を地面に向けて一発撃った。
パァァァンッ……。
「うわっ……。っつー……はぁ」
ダルは天を仰ぎ、あーーと口を大きく開けて放心状態だった。
「永久指名手配ではな、寝坊野郎はこうやって起こすんだ」
バックスはこちらを向いてニヤリと笑いながらそう言った。TKOTの面々は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
ダルは、すうぅぅ……と大きく息を吸い、叫ぶ。
「だああああああ! もう! 負けた! クソ! ……なんか、クッッソねみぃんだけど、なにこれ⁉ ……ふわぁあ。ああ、クッソ……」
地面を拳で何度も叩き付け、その手は赤くなっていく。ギラつく目は悔しさに溢れているが、瞼が下がりかけている。傍から見ると情緒不安定で近づきがたい。
「……あーあ。お前なんかに殺されるとは」
殺される、という言葉がダルの口から出てきたとき、結月はぞっとした。自らの行いを誰かに指摘されるのが、恐ろしく怖い。その手首に冷たい金属の輪を掛けられる想像が頭をよぎる。
何も、言い返せない。
ダルは小さな舌打ちの後、言葉を続けた。
「お前、もしかして人殺し初めてか」
「……そうだけど。こっちは二日前まで一般人だったんだよ」
眠気に押し負けそうな表情に、意外だ、というちょっとした驚きの感情が混じっていた。
「その割には欲望の扱い方上手かったな。もっとこう……最初はさ、モノガタリばーっかり使って戦ったり、逆も然りで欲望ばーっかりだったりって、一個のことしか集中できねぇもんなんだけどよ」
結月はあの時、何も考えずに戦っていた。ただ目の前のことに必死だった。あの戦い方に戦略の文字は無かったが、偶然で片づけられることはたくさんあった。
思い出そうとすると、関連付けされた別の記憶がポンと思い浮かぶ。そう、ダルを焼き殺したシーン。思わず口を手で押さえるが、結月の視界にダルが映ることで膨大な不安が和らいだ。
「才能あんじゃねぇの? 殺しの」
結月は一番言われたくない発言をされ、思い切りダルを睨む。
その様子を察した啓斗はすぐさま黒紫色のいばらを出現させ、ダルの胴体目掛けて横から払った。
「ぐはっ……。おいおいおおい! やめろ!」
「眠気を流し込まなかっただけいいでしょう? これぐらい日常茶飯事なのが永久指名手配という組織なのでは?」
冷静ながら声に怒りを込めていた。
――俺の代わりに怒ってくれている、のか?
「慣れてはいるよ、慣れてはいるけどね? 一応これでもさっき死に値する痛みやら衝撃やらを食らった――」
ダルはいばらの追撃を食らう。
「ぐえっ……」
もうその口を開くなと言わんばかりの虐められ方が、滑稽にも見えた。
ふと、バックスの方に目がいく。いつの間にかバックスは結月たちとは離れた場所にいて、通信機のようなもので誰かと話しているようだった。その会話は聞こえない。疑ってかかっていると、結月の目線に気が付いたのか、用件が終わったのか、こちらに近づいてきた。
「……ダル、迎えが来た」
「ああ、そうか。なんか普段よりスムーズじゃない? 気のせい?」
「随分前から近くで待機していたらしい。今日は全員揃ってホテルに帰るんだと、ブロスが言ってた。行くぞ」
「あの三つ編み野郎何考えてんだ? 仲良しこよしの歳じゃねぇって言うのに」
「チェックインが面倒なだけに決まってんだろ。馬鹿が」
二人は話し終えた後、結月と啓斗に声をかける。
「つーことで、じゃあな。次会うのが現場じゃないことを祈って」
ダルは笑いながらそう言って背を向けた。すぐ後に大きなあくびをしたように見えた。
「……雑務があるから、永久指名手配の四人全員はしばらくこの地域に留まることになってる。ダルみてぇな馬鹿はいないからいきなり襲われることは無い、はずだ。それじゃあ」
ダルに続き、バックスを帰っていった。
今日という日が随分と長いように思えた。たくさんのことがありすぎたのだ。心的疲労も、身体的疲労も、限界を迎えようとしている。
辺りはもう暗い。月は雲に隠されて見えなくなっている。
「結月、君がダルの欲望世界にいるときに現実で何が起こったか、チョコチャットで概要を送っておくから。暇なときに見ておいて」
「わかった、ありがとう……」
二人はエンを運び倉庫に戻る。泥島先生も倉庫にいたようで、あとは任せてください、と言い、エンを預けた。
そして、その後二人は帰路についた。
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