第47話 打ち上げは上の空

 ◇


 一週間後。波乱万丈な日々は終わりを迎え、結月はいつも通り学校に通っていた。放課後になると倉庫に向かい、TKOTとして集まる。それが結月にとっての日常になっていた。


 唯一違うところがあるとするならば、モノガタリの解析などをしていないことだろう。


 ARCANAが仕事を奪ったわけではない。事件を起こした組織というのもあり、一週間程度の謹慎処分を言い渡されていた。


 する仕事は無く、戦うこともない。されど人は集まる。落ち着いて話す時間など取れなかった結月たちは、これを機に雑談やゲームをしたりして、互いの理解を深めた。実に、高校生らしい一週間だった。


 泥島先生はというと、ARCANA本部への報告や仕事があると言って、教師の仕事を休んでいた。この一週間、会えていない。


 今日から仕事が始まるが、泥島先生が来ない限り仕事は舞い込んでこない。


 結月は倉庫のL字机にある椅子に座って、どうでもいいスマホニュースを眺めていた。



「謹慎期間が明けたからといって、すぐ仕事があるとは限らないのさー」



 エンは倉庫のソファで横になって、持ち込んだバトル漫画を読んでいる。各々が好きなことをやっている状況というのも、見慣れたものだった。


「啓斗これ面白いね。二巻目以降も借りたい」

「いいよ。また持ってくる」


 現実でもフィクションでもバトルばっかりで飽きないのだろうか。


「結月も読むー?」

「読まなーい」

「タイトル一つ聞いてくれないんだから」


 こっちは現実のバトルでお腹いっぱいなんだ、と言いたいのをぐっと抑える。よくよく思い出してみれば、エンは色んな意味で戦闘好きだったのだ。


 すると倉庫の扉が開いた。何かが入っているエコバックを手に持ったレイだった。


「お菓子買ってきた。ジュースもあるよ」

「え! ありがとうっ!」


 読んでいた漫画そっちのけでレイに飛びつく。しがみついているエンを邪魔そうだが、ローテーブルにエコバックを置いた。そして、すぐさまエンがお菓子を抜き去っていった。


 このメンバーの打ち上げは、あまりにも個人戦過ぎる。


 もっとこう、大袋のお菓子をみんなで囲んで談笑しながら食べるものだと思っていた。しかし、このメンツは好きなものを各自取って、好きなように食べるというスタンスらしい。


「お金、大丈夫?」


 結月が聞くと、レイは首を振る。


「これはTKOTのお金だからね。ちっちゃな打ち上げだよ」

「あ、僕の好きなお菓子入ってる。ありがとう」


 横から啓斗が割り込み、二つほどお菓子を抜き取っていく。


「どういたしまして。ジュースはいらないの?」

「もらう」

「どうぞ。リンゴジュース、オレンジジュース、ソーダ、コーラ。四種類あるよ」

「オレンジジュースもらう」


 レイは啓斗にジュースを手渡す。


 結月もエコバックの中を見て、ちょうど食べたかったスナック菓子を取る。あんまり強欲なのも良くないかと思い、一袋だけを取った。


「飲み物は?」

「コーラかな、取っていくよ」


 どこで買ったのだろう。今どき自販機でしか見かけないような缶のコーラだった。


「エン? 飲み物は?」

「いるー」

「何飲む? 今リンゴジュースとソーダしか残ってないけど」

「リンゴジュース」

「持っていくね」


 あれだけ死闘を繰り広げた戦友だが、こう見るとその年齢らしさというのがわかる。子供の側面も持つが、大人の世界に片足を突っ込んできている。大人と関わることが多いからこそ、大人びた一面というのが成長するのかもしれない。


「エン、僕の漫画にお菓子こぼさないでよね」

「子供じゃないのでこぼしません。……あっ」


 子供だと思うときもある。けれど、それもまた良いと思える。


 欲望さえ無ければ、こんな普通の高校生活を送っていたのかな、とか、このメンバーが出会うことはあったのだろうか、とか。そんなくだらないことばかり考える。現実という物語は変わらない。


「大丈夫、間一髪で私の服に落ちた」

「ふぅ……気を付けてよね」

「うん。借りてるものを粗末に扱ったりはしないよ」

「服は大丈夫?」

「洗えば何とかなる」



 妙な考えが頭をよぎる。全く持ってどこから来たかわからない、ふとした思いつき。


 ――欲望を消せるじゃん、俺。



 よくよく思い出してみると、結月は好奇心に駆られてここまでやってきた訳だ。別に欲望で苦しい思いをしたわけでもない。確かにトラウマは植え付けられたが、それすらも欲望と共に乗り越えた。良い話だ。


 あくまで、俺にとっては。


 ダルなんかはどうだろう。欲望にずっと苦しめられて、勝たないと埋められない穴が心に空いていた。その苦しさがこれから死ぬまでずっと一緒、なんて知ってしまったら気が狂うかもしれない。


 実際のところ、追いつめられていたダルはオルタナティブ化しやすくなっていたのだろう。調査結果が無いからまだ何も言えないが、永久指名手配の人から聞いた話ではそうだった。


 欲望を消すことの価値。


 この力を深く考えていなかったが、もしかしたらこの力は……。



「結月?」


 目前にはエンがいた。


「うわっ、何?」

「ポテチ食べていいか聞きに来たんだけど、上の空だったから」

「ああ、いいよ。お好きにどうぞ」

「ありがとう!」


 エンは欲望をどう思っているのだろう。消したいと思ったことはあるのだろうか。


 欲望と共生することを強いられている自分たちの、新たな選択肢が増えたのではないか。


 そんなことを考えながら、今日という打ち上げの日は終わっていった。





 ◇

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