Ep.3.5 おまけのモノガタリ

第49話 かつての永久指名手配の日常

 ※ ダル・エンヴィーが欲望を失う前の組織風景 ※





 この現代には「欲望」という異能がある。この欲望は人に強大な力を与えるが、使い方を間違えれば暴走し、周りの人に危害を加えてしまうという危険なものだ。


 かくいう俺も欲望を持っており、欲望を使って戦う組織に属している。ただ戦うと言っても、欲望を使って暴走してしまった人たちを武力で落ち着かせるような仕事だ。



 その組織の名を「永久指名手配」と言い、日本で活動している。




 今日は特に仕事はなく、ただ待機拠点で各々休憩を取っていた。


 白と薄緑のタイルが交互に嵌められた床、薄汚れた白色の壁。休憩スペースというのもあり、大人が横になれるほどのサイズのソファが置いてある。ソファの前にはこげ茶色のローテーブルがあり、そのさらに向こうにはテレビが設置してある。


 電源のついていない真っ暗なテレビの液晶に、俺の姿が映る。


 茶色の短髪。ギラつく鋭い黄色い目、目つきの悪さは生まれつき。身長は高く、がっしりと筋肉がついている。黒のワイシャツに灰色のズボン。息苦しくて上から二つ目までのボタンを外している。


 これが、三十路のバックス・レイダーという男だ。


 俺はソファに横になり、そのまま仮眠を取ろうとした。



「バックス! 俺のガンオイルどこー?」



 男にしては少し高く、刺さるような声に邪魔される。



「知るか。俺は触ってねぇ」



 それに比べ、俺の低い声が部屋に響いた。


 休憩スペースの奥は作業場になっている。壁や扉で区切られているわけではないが、仕事で使う銃器や防弾チョッキが綺麗に整備されて並べられている。


 直前まで誰かがタバコを吸っていたのか、部屋全体が妙にタバコ臭い。俺は作業場に行って、俺の名を呼んだアホを視野に入れる。



「ダル、お前また……銃の整備をしてるのか」



 小柄で若い男で、長い白色の前髪の隙間から血色の瞳がたまに見える。


 ダルは前髪をかき上げ、ゴーグルバンドで押さえつける。右目が残った前髪で隠れたままになっているが、本人は何ら気にしていない様子であった。


 白いフード付きのコートを好み、季節外れだろうが何だろうが、ずっと着ている。



「いやいや、なんか前置いた場所に無いんだって。なんか心当たりねぇの?」



 ダルは灰色の作業台の上で、拳銃を部品に分けて一つ一つ手入れをしていた。


 いくら「欲望」という異能で戦う手段があるとはいっても、それだけで戦うことは難しい。俺たちみたいな人を相手に戦う組織は、こういった銃器が渡される。



「別のヤツが使って補充してねぇんじゃねぇの?」

「えぇー! だりぃ……別のヤツ使おうっと」



 ダルはぶつくさと文句を言いながら、拳銃の点検を続けた。部品の一つ一つを丁寧に磨き、埃一つ残さないように拭いていく。



「バックス、お前は点検とかしねぇの?」


「俺? ダルみてぇに頻繁にしねぇよ。最低限のことならするけどよ」


「俺が異常なのかな? どー思う?」



 白髪の隙間から赤い目がこちらを覗き見る。ダルの目は赤と言っても、血に近い赤で不気味さがある。



「異常かどうかは医者が決めることだ。俺は知らねぇ」


「医者ねぇ。俺嫌いなんだよ。注射とか」


「子供じゃねぇか」



 ダルは外国のスラム街で育ったらしく、医療とは無縁の生活を送っていた。それもあってか、大怪我をした後の病院が嫌だと言ったり、注射や採決が苦手だと言ったりする。



「俺、バックスが手入れしてるところ見てみたい」

「……銃じゃねぇからつまんねぇだろ。刀だぞ」



 俺はダルと違い、銃ではなく刀で戦う。作り方や材質が本来の日本刀の作り方ではないため、日本刀とは呼べない。日本刀に似た刀だ。


 ダルの待望の視線が突き刺さる。



「はぁ……」



 ため息が思わず声に出た。俺はダルに背を向け、作業場の隅にある刀を立てかける場所に向かう。今は三本の刀が立てかけてあり、俺はその内の一番右側に置いてあるものを取った。


 鞘から刀身を抜く。


 鋼色の刀身に蛍光灯の光が反射する。


 いつもと変わらない自分の刀に安心し、そっと鞘に戻す。



「お、やってくれんの?」



 俺は作業台の方に戻る。作業台の上にあった無数の部品は、ダルの手によっていつの間にか拳銃に戻されていた。



「まぁ、暇だからな」



 俺は刀を作業台に置く。刀を立てかける場所の横にある棚に、手入れ道具を仕舞ったことを思い出し、それを取りに行った。


 視界の端で、ダルが俺の刀を物珍しそうに触って眺めている。



「ねーねー」

「何だ?」


「この刀の名前とか無いの? どっかに刻印されてたりしねぇの?」



 俺の記憶では、銘切りはされてないはずだ。俺は手入れ道具を探しながら、あの刀がどんな名前だったか、思い出そうとしていた。だが、思い出せない。


「名前……なんだったかな」


 俺は手入れ道具を見つけ、そのまま作業台に戻った。


「……『鬼面』だ」


「『鬼面』? へぇー、かっこいいじゃーん。俺も銃に名前つけようかな」


 ダルは自分の拳銃を手に取り、眺める。


「ダルお前はネーミングセンスないからやめとけ」

「えぇ~いいじゃん、別に~」



 ダルはぶつぶつと拳銃につける名前を呟いている。「花子、米子、たらこ、明太子……」ともう四つ目で怪しい方向に進んでいる。面倒だが、俺が止めないと何時間も意味不明な命名を続ける可能性がある。長年連れ添った相棒だからこそ知っているのだ。


「今からやるぞ、手入れ」

「お、ようやくか!」


 俺は刀に一礼し、刀の手入れを始めた。




 ※ ダル・エンヴィーが欲望を失う前の組織風景 「完」 ※

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