第50話 永久指名手配の息吹

※ 二年前。赤月エンが永久指名手配を去った後 ※


 永久指名手配という組織はARCANA設立当初からあり、加入する条件が最も厳しいとされている。その加入方法は「現隊員からのスカウト」のみ。この方法を取っているため、他組織から引き抜くというパターンが一番多い。


 それだけ狭き門であるのにも関わらず、ARCANAとは無関係な一般人がスカウトされたという情報が広がった。


 職員は「ついに人手不足か?」「贔屓なのでは」「余程素質がある一般人だったのか?」と噂となり、事実を確かめたいと永久指名手配の人に直接確かめる人まで出てきた。


「俺、やっぱり迷惑だったんじゃないですかね」


 曇り空の下。訓練施設の屋上は事故防止用のフェンスが設置されており、そこに二人の男の姿があった。


 緑色の三つ編みのおさげが夏風に揺られる。真新しい制服にはしわ一つなく、姿勢良いからかその身長の高さが際立つ。緑眼であるが、それ以上に気を取られるのは、右目を覆うようにおでこまで広がる酷い火傷の痕。


 永久指名手配の新人――ブロス。本名、米田よねだ息吹いぶき


「ダル直々のスカウトだから安心しろ。ブロスに文句言ってくる奴らがいたら、ダルの名前出せば一発で逃げてくさ」


 茶色の短髪。ギラつく鋭い黄色い目、目つきの悪さは生まれつき。身長は高く、がっしりと筋肉がついている。黒のワイシャツに灰色のズボン。バックスは刀を背負い、フェンスにもたれる。


「でも俺、つい最近まで普通のサラリーマンだったんすよ。戦闘もまだまだ弱いし……」


「射撃は上手かった」


「それは趣味のサバゲ―が功を奏しただけですって」


「ダルはお前のセンスを見抜いた。俺もお前に期待してる、一言ったら百身に着けて帰ってくるのは才能以外の何でもない」


 ブロスは火傷の痕を触る。癖になっている自覚はあった。



 元はと言えば、モノガタリの暴走現場に偶然居合わせたことだった。


 火に関するモノガタリだったこともある。古い商業ビルだったため何かの不具合でスプリンクラーが作動せず、逃げ遅れてしまった。


 結果的に顔の右半分に火傷を負い、右目の視力が大幅に低下したが、命だけは助かった。なぜか? ダルに助けられたから。


「火傷はもう大丈夫なのか?」

「痛くないですよ、たまに引っ張られる感じがありますけど」


 正直、ダルに助けられた記憶はほとんどない。煙を吸ったせいか、痛みからか、意識が朦朧としていた。


 トラウマを刺激しないようにと思っての事なのか、誰もあの日の詳細を教えてくれない。教えてくれと言わないからだろう。かといって、知るのも怖い。死の恐怖を思い出したくはない。


「難しい……」

「何がだ?」

「いえ、独り言です。バックスさんは死の恐怖とか、感じたことあります?」


 バックスはしばらく唸って、手を顎に当てて悩んでいた。


「さあな」

「無いんですか」

「いや、思い出せない。俺自身、あまり過去を深く考えない」

「確かに。そんな感じしますもん」


 ブロスとバックスの年齢差は六。出会った当初から成熟した人だとは思っていた。


 過去を見ないこと、それは確かに一理ある。自分の身体にはもう過去が火傷の痕となって刻まれているのだから、意識するほどでもない。


 誰も責められない事故だったからこそ、前を向かねばならない。



「あのダルに気に入られるとは相当クレイジーってことだ。もっと前向け」



「クレイジー⁉」


「あいつが気に入ったのは……お前が所属する前に辞めた赤月エンってやつと、お前だけ。その赤月エンも中々バトルジャンキーで、独特の軸というか価値観を持っていた」


「は、はぁ……」


「何かしら似ているところを感じ取ったんだろう。才能だとか、素質だとか」


 自覚できない才能をほのめかされても、それを有効活用できないようであれば意味が無いのではないだろうか。無意識に人を傷付けることが無ければいいが、きっとそこも含めて「才能がある」と言ってくれているのだろう。


「さ、もう十分休憩しただろ。訓練場、戻るぞ」

「はい!」



 その後、ブロスの実力は認められ、元一般人であることなんて誰も気にしなくなった。他のメンバーと同等の実力が付いたころには、ブロスの敬語は外れていたのだった。

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