第31話 永久指名手配との再会

「……GPSも反応が無いと。考えうる限り最悪の展開ですね。近隣住民に避難を要請……も、しますね? はい、本部に連絡しました」


 あらかた予測がつく。タイミング悪く、ダルはこの近辺に滞在していたのだろう。そして、モノガタリの暴走に巻き込まれてオルタナティブ化が誘導される可能性が高い、といったことだろうか。


 それにしても規模が大きい。近隣住民への非難を求めるほど、大きな事件の中心に自分がいるのかと驚きを隠せない。


 自分の認識が、あまりにも小さく狭いものだということを思い知らされる。


 結月は今まで、現実世界で戦ったことが無かった。モノガタリの中、欲望で作られた世界の中、意識の中にしか存在しない場所で戦ってきたのだ。


 現実に影響を及ぼさないという保険が、危機感を遠ざけていた。



「……永久指名手配とTale Keepers of Truismで、討伐ですか。わかりました。……車を? いいんですか。わかりました。準備して校門で待っています」



 そうして啓斗は電話を終わらせる。スマホを机の上に置いて、真剣な眼差しで結月を見つめた。


「まだ確実ではないけど……ダルが現実世界で暴走してる可能性が高い。僕たちも対応しに行かなきゃいけないんだ。基本的に、こういう状況は永久指名手配の方が得意だから、僕たちはあくまでサポートする役割にある。……無理にとは言わないよ」



 その眼には、甘い優しさが込められていた。


 ――このチームの弱い部分は、きっとここにある。


 他者を救うために自らの犠牲を厭わない。自らの力が足りなくとも寄せ集めて敵と向き合う。そんなことを容易にやってみせた仲間ばかりだ。



「ダルを殺しに行くってことか? それとも、ただ止めに行けばいいだけなのか?」


「……うーん、場合によっては殺すことになる。もう、元の状態に戻らないと判断されたら、仕方のないことだと割り切って殺すしかない」


「これまで、オルタナティブ化して殺すしかなかった事例はどれぐらいある?」



 啓斗はしばらく考えた。目の前にあるタブレットを操作し、情報を集め始める。その表情は重く暗いものだった。



「モノガタリによって強化されたオルタナティブ化、まさに今みたいな状況で元に戻れた例は……無い。周辺への被害が大きくなるから、時間をかけられないんだ。具体的なタイムリミットは無いけれど、基本的に日を跨ぐと「処分」という命令が下る」


「そう、か」



 好奇心の炎に差し出す心の余裕はない。

 でも、ダルの生死を後から聞くのは癪だ。



「行こう。俺らはあくまでサポートなんだろ?」

「ああ、だから本格的に交戦するのは永久指名手配だ」


「準備するからちょっと待ってほしい」

「僕も準備するから落ち着いてでいいよ。それに……」



 啓斗はエンを見やる。いつもと変わらず、意識を取り戻していない。寝ているようにも見える。啓斗の目線に結月は気づく。


「エンはどうするんだ?」

「泥島先生が連れて行ってくれる、かもしれない。一応連絡はしたよ」


「エンがいたら心強かったんだけどな」

「今回は話自体が短かったから、目覚めるのも普段に比べたら早いと思うけどなぁ」



 そう言いながら、二人は準備を続けていく。


 結月は使えないペンデュラムを置いて行こうかと考えた。しかし、ダルの欲望は異空間を作り出すこと。その世界ならモノガタリが扱える。結月は血詠葬のモノガタリをポケットに詰め直した。


 ――怪我しないと扱えないモノガタリっていうのは不便だな。


「結月、これ護身用に持っておいて」


 そう言って手渡されたのは、かなりの重量がある箱だった。黒く、表面が光沢している。机の上に置いてあるタブレットと同じかそれ以上の大きさだ。



「これは?」

「拳銃。八発分だけある」

「えっ⁉ ……俺は扱えないよ」



 一瞬だけ喜んだが、欲望が物理武器を拒むことをすぐに思い出してしまう。



「結月が武器を使えないこと、ダルはわかってないだろ? 案外ハッタリも効くことがあるし、自分が使えなくても他の人に渡すことだってできる。とりあえず持っていて損は無いよ」


 啓斗に押し付けられ、仕方なく受け取る。拳銃をしまうホルダーも装着し、その恰好は様になった。


 結月の準備が終わると、少しした後に啓斗の準備も終わる。


「じゃあ校門まで行こう。ここからは普通の戦場だから」

「ああ、わかった」



 二人で倉庫を後にして校門まで行く。空はまだ明るく、他の生徒は部活動をしているようだった。校門のすぐ外には、もうすでに黒色のワンボックスカーが一台止まっていた。車の外で立って談笑している二人の男の姿があった。


 一人は良く知るバックス。そしてその隣には、背丈の小さい青髪の青年がいた。見るからに小さいように思えるのは、バックスの身長が誰よりも高いからだろう。



「こんにちは。TKOTの茨杼啓斗です。バックスさんと、そちらの方は?」



 青髪で、三つ編みにしてある。その長さは背中の中央くらいのところまで伸びている。バックスのような戦闘服ではなく、きっちりとしたスーツを着用していた。青目が目立つが、童顔でかわいらしい印象の方が強い。


「永久指名手配のロウニー・D。欲望は「毒煙」。ヘビースモーカーだけど、よろしくね」


 バックスよりは高いが、一般的にはちょっと低い声だ。かすれた様子が目立つ、顔には合わず大人びた声だった。


「TKOTの町瓜結月です。よろしくお願いします」

「もういいな、乗れ」


 バックスの言葉の通りに四人は車に乗り込む。



 ここから先はもう、命を懸けあう戦いだ。

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