第41話 テイルキーパーの再会 (1)


 ◇


 誰よりも早く目覚められる素質を、今日ほど持っていてよかったと思う日は無いだろう。


 結月は目覚めそっと立ち上がる。そして、今自分がどこにいるのかと周囲を見回す。


 閑静な住宅街。欲望世界にいたときと全く同じ風景が広がる。


「すり替わりの効果か……すごいな」


 立っている場所も、ダルがいた場所も、仲間たちが撃たれ殺された場所も、何も変わっていない。ただ変わっていることと言えば、確実に死んだはずの仲間たちに出血の跡が無いことだけだった。


「俺がすべきことは、ダルの欲望を殺すこと……」


 欲望世界と変わらず、黄緑色の炎を手に宿し、ダルに触れようとした。


「ん?」


 欲望で火が生まれない。


 それどころか、元の高校生の姿に戻っている。よくわからないマフラーも、尻尾も、無くなってしまっていた。


 もう一度、あの黄緑色の炎を生み出したいと想像するが、一切の反応が無い。


「おかしい……どうして? どうしてっ……」


 焦る。ただひたすらに焦る。


 あれだけダルの世界で啖呵を切って、宣言したのにこれでは合わせる顔が無い。


 それどころか、ダルが目覚め本当の意味でオルタナティブ化してしまったら今度こそ止められない。ダルの理想の世界で、自分たちは負けているのだから。


 いくら焦ってマッチを擦っても、湿気っていたら火がつかないように。何かが結月の邪魔をする。焦りか、不安か、恐怖か、それすらもわからなくなっていく。



 パパー、パッパパー。



 車のクラクションの音が聞こえる。一般市民が迷い込んだのか、と結月は顔を上げた。


「おーい! 結月くんー!」


 薄紫色の車が猛スピードで結月に接近する。


「あっぶねぇ!」


 結月にぶつかるギリギリのところで車は止まる。よく見ると、車のあちこちが凹んでいたり、傷がついていたりする。ボンネットも少し歪んで開いている。



 ――ここに来るまで、一体何回ぶつけたんだ?



 車の助手席に座るレイが窓から身を乗り出してこちらに手を振っていた。その隣には、泥島先生が座っている。この車も泥島先生のものだと察しが付く。


「今どういう状況?」

「あ……」


 説明を求められるが、混乱する。


 先ほどまで起きたことを順序立てて説明しようにも、偽幻噺のモノガタリの暴走とダルのオルタナティブ化を関連付けて話をまとめられなかった。


 というのも、自らが背負っている次の使命があまりにも重すぎるせいで、自分のことで手いっぱいなのである。



「こ、このままダルを放置してたらオルタナティブ化する。そうしたらもう、俺らじゃ……」


 車の後部座席から茶髪の少女が降りてくる。眠い目を擦って、その真っ赤な目が結月の目と合う。



「エンも来ていたのか!」


「さっきまでは寝てたよ。寝てたけど、泥島先生の運転が荒くて……飛び起きた。やっぱ外部刺激くらうと目覚めるもんだね」


「本当に泥島先生の運転技術は救いようがない、かも。うん。もう二度と乗りたくない」


「これでも前に比べたらぶつかる回数は減りましたよ?」



 二人の反応と、凹み傷ついた車を眺める。



「絶対に乗りたくねぇな……」


「何か言いました?」


「いえ、何も。それよりも啓斗の回収をお願いします」


 結月がそう言うと、泥島先生はようやく塀にもたれて倒れている啓斗に気づいたようだった。泥島先生は啓斗に近づき、怪我を確認しているようだ。



「エン、エンは何か知ってる? さっき、俺変な姿になって」


「変な姿?」


「そう、変な声が聞こえた後に欲望の力で姿が変わったんだ」



 エンとレイは二人で向き合い、目を合わす。それが驚きによるものだというのは、結月の目でもわかった。



「そのとき、理性というか……意識はあったのか?」

「ああ、自分で考える力もあったし、自分の意思で身体もちゃんと動いていた」


 レイが一歩結月から遠ざかり、手で口を押えて呟く。


「本当に、適性のある人だったんだ」

「適性?」



「私たちは最初、テイルキーパーを『モノガタリに入り込める、欲望を持った人』と説明したが、それは正しい意味じゃない、の。広義なら、一応合ってるんだけどね」


 レイに続けてエンも説明をする。


「モノガタリに入れたらテイルキーパーじゃない。『モノガタリと一体化した欲望を持つ者』をテイルキーパーと呼ぶ。結月が聞いた声とやらは、モノガタリのキャラクターの声だろうな」



 結月が聞いた少女の声は、【マッチ売りの少女】の主人公の声だと直感的にわかった。


 今まで入り込んで直してきたモノガタリは聞いたことのないような物語だったが、自分の身に宿るコレだけは有名な童話であることに違和感を抱く。



「一応聞くか。何のモノガタリだった?」


「……【マッチ売りの少女】」


「やっぱり童話か。私もそうなんだ。人の身体に宿るモノガタリは有名な童話が主流だと考えられていたが、またその例が増えたな」



 エンにも宿っているのなら、啓斗にも、レイにも宿っているのだろうか。


 このTale Keepers of Truismという組織の名前にもなっているのだから、他のメンバーにも宿っていると考えた。



「エンは何の童話?」


 ふふっと笑って背を向けた。数歩進んで振り返る。



「【赤ずきん】。欲望からは結構離れてるんだよね」


「エンの欲望は?」



「そうか、知らなかったか。私はな「暴力」っていう欲望を持ってる」

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