第44話 「猛火」
「結月! 危ないっ!」
エンの守りの隙を抜けてきたダルが結月の目前まで迫る。
ナイフを横にして、結月の胴体目掛けて突進してくるようなものだった。
――本気で殺しに来てるな。
「思い通りにさせるかっ」
結月は間一髪のところで刃を避ける。その動きのまま炎を拳に纏わせ、ダルにカウンターを与える。
人を殴ること、それを躊躇いなくできたのは間違いなく欲望のお陰だろう。
ダルの反応から、あまりダメージは入っていないように見える。知識、経験の差。埋められない天性の才能。次の課題は明白だった。
その「次」とやらを拝むには、この壁を破らねばならない
。
――俺の我儘を突き通さなければならない。
「はああああああああああああっ!」
エンがダルの背後から襲い掛かる。上から斧を振りかぶり、ダルの肩から背中にかけて刃が入り込んでいく。服は裂けるが、肉体に傷は与えられていないようだった。材質のわからないシールドが服に仕込まれていたんだろう。
「永久指名手配の装備は硬いねー。素肌で戦ってる私らとは大違いだ」
「そもそも用途が違うでしょ」
「ま、それもそっか! 私らは不死の戦士みたいなもんだもんな」
言い得ているが、言い回しがどうも厨二臭い。しかし、それだけエンには余裕と体力がまだあるということでもある。心も体も消耗しきっていない証だ。
かといって余裕がある訳ではない。
エンを厄介であると認識したダルは、結月からエンに標的を変えた。
キーーーーーーンッ、カンッ、ガンッ……キンッカンッ……。
斧とナイフが激しくぶつかり合う。鋭い金属音が耳に刺さるが、それを見ているだけの結月ではなかった。
隙を見てダルの背後に回り込み、炎の拳を思い切りぶつける。
シールドに拒まれ、攻撃のほとんどが無効化されているような気がする。ただ力が足りないのか、覚悟が足りないのか、無意味なようにも思えてしまう。それでも、いつかは成果が出ると信じて同じように攻撃を続けた。
――物理武器が使えないのが、こんなにも不利だなんて。
カーーーンッ、キンッ、キンッ、ガンッ。
言ってしまえば蚊帳の外。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
エンとダルの戦いは拮抗していて、金属のぶつかり合う音がどんどん激しくなっていく。
エンの表情は次第に険しくなっていき、その一挙一動にブレが目立ち始める。一方でダルは疲れを一切見せず、迫る斧に淡々と対応していった。
「くっ……中々めんどくせえ敵だなあっ!」
惨めさが加速する。役立たずのレッテルが背中に貼られているような気になる。
渾身の素人パンチは効いてないし、全く気を取られる様子もない。シカトの連続は結月の心にダメージを加えていく。
「もう、もう……どうにでもなれ。どうにでもなってくれっ!」
火の色が変わる。
赤から青へ、自分に対する悲しみと憐れみが炎に表れる。
「俺を、見ろ!」
感情が混ざり、情緒が揺らぎ、前が見えなくなる。
「ダル! 俺が、俺が……。お前は……お前はっ」
――何者かになりたかった。
――何か、何かを、示したかった。
「救われる気あんのかよ! なぁ!」
結月を隠し抑え続けていた「善人」が剥がれ落ちる。結月の手で捨てられる。
平凡であること、優秀であること、皆から一歩引いた位置で傍観していること。結月が徹底して作った「結月」が壊れていく。
『そう。あなたはあなたでいいの。怒りを隠す必要なんて無いわ』
心の奥に響く少女の言葉が結月に気づきを与える。
他人との間に一線を引いていた。他人との間に壁を作っていた。
その壁が、結月の首を絞めているとも気付かずに。
――俺が与えた『役』なんかいらない。
「もっと、お前はっ……人を見ろ! 過去がお前の身に染みてるのなら、俺や、永久指名手配の奴らが、『今』に染めてくれるのに!」
「結月……」
「お前だけずっと、取り残されるなんてズルい!」
エンは目を見開く。結月の叫びに足を止めるダルを、結月は泣きながら睨む。
「俺はお前の孤独に付き合わされたせいで、自分の中のトラウマとまともに向き合えていないのに! 嵐みたいに俺の環境をかき乱して、お前だけが楽になるなんて俺は許さないっ……だから、だからっ」
結月の赤い目から零れる涙が頬から落ちたとき、青い炎に昇華し燃えるマフラーを作り上げる。
「こっちを見ろよ! ダル!」
青い炎が作り上げる九尾は大胆に揺らめき、人が安易に近づけないような威厳を作り出す。心の内側に入り込む他者を徹底的に排除したのは、あの狐がいたから、欲望があったからなのかもしれない。
触らぬ神に祟りなし。
誰にも踏み込ませなかった領域に、土足で上がってきた男が居たとするならば。
【彼女】が目覚める、十分な理由に成り得る。
「成れるじゃん。結月」
黄緑の炎が世界を燃やすのなら、青い炎は一体何を燃やしてくれるのだろう。
形を持たない欲望は、宿主の意のままに操られる。
結月の「猛火」はどんな型にも嵌らない。結月が自分の方向性を自分で固めるように、自由を忘れない限り、どんなものでも燃やしてみせる。
それがテイルキーパー、町瓜結月の欲望だった。
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