第39話 俺の欲望 (1)


 姿の変わった結月をダルは茫然と見つめていた。


「狐……何のモノガタリだ?」


 ダルの問いに、結月は答えない。


「……お前、まさか、その姿になって理性を失ったなんて言わねぇよな?」


 力の全容が解明されていない力であるからこそ、オルタナティブ化とオリジナル化とは違う覚醒ジャンルに分類される。名前なんてものはついてすらおらず、ただ『テイルキーパーのあるべき姿』とだけ記録されている。


 そのことを知識として知っていたダルは、次の一手を読めずにいた。


「失うわけないよ」


 ダルの中にある「テイルキーパーの素質を発現させた者」の常識が崩れる。その動揺は結月の目にも映っていた。


「この世界は、ダルの欲望で作られた世界なんだろ」

「何のことだか、さっぱり」


 わかっているのか、わかっていないのか。自覚の有無は定かではない。



「わざわざ死なない世界を作って、閉じ込めて、殺して、一体何がしたいんだ」


「何がしたい? 何もしたくねぇよ。オルタナティブ化に理由を求めんなよ。ただやりたいようにやって、それで満足して――」



「欲望が最終的に向かうところは、満足して叶えることじゃない」



 崩壊する世界で聞いた、エンの声。


 聞いたあの時は、変なことを言うものだと思っていた。しかし、眠っていた力を呼び覚まし、ダルと相対した今だからこそ、理解できる。



「周りの全てを壊して、殺して、淘汰するってことを、わかっていたんだろ」



 ダルは無言を貫く。



「モノガタリの暴走で、オルタナティブ化が誘発した。有り余る力の全てをこの世界を作るために注いで、現実の自分を行動不能にした。そうだろ? だって、欲望で作られた世界にいるときは、現実の身体は眠ったように動かないんだから」



 ダルの手から拳銃が落ちる。ダルは俯き、その表情は見えない。



「ただ、ダルはモノガタリの効果を知らなかった。偽幻噺のテーマは『すり替わり』。二つの世界は本来交わらないが、この効果のせいでダルの作った世界と現実世界の境界が曖昧になって、俺たちは現実世界と思い込んだままここに来た」



「……あれ、そんな効果やってんな」


 低く、全てを諦めたのがわかるダルの声。ダルは顔を上げる。疲れ切った、その様子がそのまま表情に出ていた。


「そこまでわかってるんだったら、次に結月がするべきことは……わかるな?」



 ダルの言う通り、結月はダルの思い描いた未来がわかっていた。


 ――現実に戻り、無抵抗なダルを殺す。


 現実世界に戻れば永久指名手配の人たちは無傷で倒れているだけだろう。それこそ、啓斗も眠ったように倒れている。そんなことはわかっている。


 このモノガタリと欲望が入り乱れた暴走事件に、結月がピリオドを打つ。


 本当の、殺しで。




「悲劇のヒロイン気どりはやめろ」


「……は?」


 そんな悲しい結末を、結月が許すわけがない。


「ダルのことは殺さない」


「はぁ? 何言ってんだよ! 現実世界で俺が目覚めてみろ、すぐにオルタナティブ化して、今度は……今度こそ理性もなく暴れるんだぞ⁉」


 ダルは激昂した。その怒りが片翼にも伝わり、バサバサとダルの動きに合わせて激しく動く。



「生憎、俺に殺しの才能は無いんだ。何日も引きずるくらいには」


「俺を殺す重要性をわかれよ! お前の我儘で大勢の死者が出てもおかしくないんだぞ⁉」



「独りよがりで本当に面倒な奴だな」


「ああ、本当にお前は我儘な奴だよ。だったらもう――わからせるしかねぇよな」



 ダルは地面に落とした銃をすぐに拾い、結月に向ける。


「負けたら黙って従えよ」

「そっちこそ!」



 ダルは姿勢を低く落として、結月に狙いを定める。そして、何発も連続して銃を撃つ。


 結月はいとも簡単に、飛んで来る銃弾を黄緑色の炎で包み消滅させる。



「チッ、てめぇズルすぎんだろ!」



 結局のところ、結月自身も何をしているのかわかっていない。ただ【マッチ売りの少女】由来の力は結月の身体にかなり馴染み、扱いやすいことだけは体感している。

 ――でも、きっとこの使い方は本来の使い方から外れているはずだ。


 マッチの火の向こうに見える、幻。理想の温かな景色。それらを「猛火」に合わせたとき、この黄緑色の炎は一体何を映し出すのか。


 ダルは銃を捨て、その圧倒的機動力で結月に急接近し、腹を殴った。



「ぐっ……⁉」

「遠隔が効かねぇなら物理だよなぁ!」



 結月はコンクリートブロックの塀に追い詰められる。右頬に一発、左頬に一発。足を掛けられバランスを崩し、アスファルトの地面に身体を叩きつけられた。



「弱ぇモノガタリ」



 一方的に殴られ続ける結月は、必死に抵抗するが立ち上がることすらできない。立ち上がろうと姿勢を変えようものなら、足を殴られ動けなくさせられる。


 戦闘力の差は歴然。何もかもの経験や知識が浅い結月に見える勝ち筋は、たった一つ。



「ダル」


「あ? 降参か?」



 結月を殴る手が止まる。



「俺が求めるエンディングはこれじゃない」



 ――欲望「猛火」の解釈ごと変える。



「この世界ごと、燃やしてやる」

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