第23話 「孤高」の再来
◆
固くざらざらとした質感が直接肌に伝わる。風が強く、少し肌寒い。
薄ら目を開ける。水色をベタ塗りしたかのような空が視界いっぱいに広がる。
「気が付いた?」
エンの声がする。身体を起こし、記憶の中のエンと変わりないことを確認してあたりを見る。どうやらここはどこかのビルの屋上で、結月は先ほどまでコンクリートの地面に寝転がっていたようだった。
「ああ……気絶してたのか」
「うん。安心して、エンヴィーはまだこの場所に気づいてないから」
「エンヴィー? ああ、ダルのことか……」
ダル・エンヴィー。「孤高」の欲望を持つ、戦闘大好きな変人。永久指名手配という組織の一員で、TKOTとは絶妙に仲が悪い。
ぼんやりとした頭で得た情報を並べていく。
「レイと啓斗の作戦では、現実世界でエンヴィーの意識を途切れさせるほどの睡眠欲をぶつけるらしい。でも即効性は無い。だんだんエンヴィーの動きが鈍くなっていって、最終的にはこの世界も維持できなくなる。それで脱出、っていうのを想定してる」
「中々すごい作戦だな……。本当にそれで成功するのか?」
「さあ? 失敗するかもしれない。もうすでに成功してるかもしれない。エンヴィーと交戦するまでは確かめようがない」
少なからず助け船が出されていることには安心した。
「もし成功してるなら、このまま逃げ続ければいいんだよな?」
「そういうこと。タイムアップを狙うか、勝敗を決めるか。どっちかで必ず終わりを迎える。だから、一生ここにいる、とかは無い」
逃げ続けられるのなら、逃げていたい。なるべく交戦したくはない。
そういったことを考えていると、ふと左足を撃たれたことを思い出す。慌てて傷口をみると、そこには強く包帯が巻かれていて、かつ、血の滲みもなくそれほど痛みが残っていなかった。
「傷……治してくれたのか?」
「何故だかわからないけど、出血がなかったからとりあえず消毒液をぶちまけて包帯を巻いたよ。一応、鎮痛剤も無理やり飲ませたけど効いてる?」
「ああ、あんまり痛くない」
普段から救急セットを持ち歩いているのかと感心していると、遠くの方で声がしたような気がした。何を言っているかはわからないが、少なくとも行き交う車の音ではないことは確かだった。
不安を紛らわせたかった。興味もないようなことを聞く。
「……そういえば、エンはどうしてここに入ってこれたんだ?」
「ん? そうだな。……過去にエンヴィーと「孤高」の勝負をしたんだが、白熱しすぎて中断させられてな。勝敗がついてないから、入り込めたんだ。バグ技みたいな感じ」
エンは少し微笑んでいるようでもあり、どこか辛い過去を思い出しているかのような寂しさもあった。その言葉の真意はわからないが、どこか清々しいようなところもある。
――何かを乗り越えたのか。
昔から、嫌なところで勘がいいところがあるのを自覚していた。人の感情が手に取るようにわかる……は流石に言いすぎだが、それに近い感覚であることは確かだ。
結局のところ観察に過ぎないのだが、観察ととらえずに感覚でわかってしまうようになってから生きづらくなったような気もする。
わかっていながら無視をするなど、できないことはないがしんどい。生半可な優しさがひしめく。妙な生きづらさが、息苦しさにもつながる。
「今はダルに勝てそうなのか?」
疑っているわけじゃない。今に焦点を持っていきたかっただけだ。
「二対一だし勝てるよ。それに……」
「それに?」
「君に期待してるからね。「猛火」がモノガタリや欲望の底上げバフになるんだったら、さぞかし強いのだろうと思って」
どうしてそれを知っているのかと疑問に思ったが、よくよく思い出してみれば泥島先生が逐一タブレット端末に入力していたことを思い出す。もしかしたら、仲間に共有していたのかもしれない。
「ところで結月。耳を澄ましてくれない?」
言われた通りに黙って、耳を澄ます。
ビル群を抜ける風の音、誰も乗っていない自動車が走っていく音。自らの心臓の拍動。金属でできた階段を上る音。カーンカーンと、一段上がるたびに音がする。隠す気もなく、その音は段々大きくなっていく。
「来るよ」
結月は急いで立ち上がり、先ほどは使えなかった血詠葬のモノガタリを握る。握っても意味はないと分かっていても、握るものがそれくらいしかないのだ。
「ふぅ」
男にしては高い声。間違いなく、この声はダルだ。
「こんなビルの屋上で、ゆっくり談笑ですか。アッハッハッハ! ああ、余裕綽々ってことかね?」
真っ白な髪に深紅の瞳がギラつく。片手に銃を握り、もう片方の手には――。
「落ちろ!」
ピンの抜かれたグレネード。
勢いよく投げられ、ちょうど結月の足元に落ちる。追い詰められ、逃げ場もなく、またも死を覚悟する。
「結月! 逃げるよ!」
「逃げるってどこに⁉」
結月は半ば押し倒される形で空中に身を放り出された。エンも同じように落下していく。
『地をも拒む嵐、〈廻嵐〉の祝福を』
エンの詠唱が終わると同時に、下からふわりと二人を受け止める風が吹き、地面に激突することを防いだ。
「走るよ!」
言われるがままに走り、エンについて行く。
「結月。モノガタリを魔法みたいに使うには、さっきみたいな詠唱がいる。パッと思いついた言葉で良い、欲しい効果を想像しながら言葉にするの!」
「そんなこと言ったって無茶だって!」
「厨二心を思い出せ!」
「そっちの方が無茶だって!」
ビルの角を曲がり、また次の建物の角を曲がり、シャッターの目立つ商店街まで走った。
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