第12話 折村くんを落とそう大会議


「第一回!! 折村くんを落とそう大会議ぃ~~~!!」


 学校が終わり、私は新を置いてすぐさま下宿先の所属事務所の社長――ぼたんの家に戻った。


 こじんまりとしたリビングに響く、ぼたんの声。

 もう三十路を過ぎているとは思えない元気の良さに、何だか見ていて恥ずかしくなる。


「私がぼたんに新のこと相談したの、そんなに嬉しい?」

「そりゃ嬉しいよ! 二人のこと、小学生の頃からずーっと見てきたんだよ!? だから年上として何かしてあげたかったけど、天城さんってば一回も相談してくれたことないし……!」


 「ってことで」とぼたんは咳払いして、


「今度の折村くんとのデート、何着ていくかだよね? いっぱいオシャレして、彼をどかんと意識させちゃおー!!」

「おー」

「……んでもって付き合ってくれたら、超ご機嫌になってもっといっぱい仕事してくれるかもだしね。稼ぐぞぉー……!」

「ん? ぼたん、何か言った?」

「何でもないですっ!」


 旅館の一件で、私は反省した。


 お風呂だとか、同じ部屋だとか、新に対しそういう絡め手はむしろ逆効果。

 一定ラインを越えたら、得意の記憶操作術で無かったことにされてしまう。


 あの鈍感アホ男の好意を勝ち取るには、真っ向勝負以外にない。


 そこで思いついたのが、デートだ。


 新と二人っきりでお出かけなど珍しくもない。

 だが、私が普段よりも目一杯オシャレしていたら? いつもよりずっと可愛くて、綺麗だったら? もしそうだったら、新の反応も変わるのでは?


 そう考え、ぼたんに相談した。

 私はモデルだが、可愛いだとかそういう方面のファッションには疎いから。


「ってことで、まず一着目! はいこれ!」

「……い、いやこれは、流石に……」

「昔は色物だったけど、最近じゃこういうのも市民権得てるんだよ? 全然変じゃないから大丈夫だって!」


 ぐいぐいと押し付けられ、私はため息混じりに受け取った。


 別室へ移動し、着替え完了。

 リビングに戻ると、ぼたんは私を見るなり顔を赤くし目を丸くした。


「やっばぁああ……!! えっ、天城さん、超絶可愛いよ!?」


 最初に渡されたのは、所謂いわゆるゴスロリというやつ。


 大量のフリルで飾られた、白と黒のワンピース。わざとらしいほどに可愛いリボンカチューシャ。

 デザインが奇抜なのもあるが、制服以外ではスカートすらまともに穿かないのもあり、余計に落ち着かない。


 ただ……バチクソに可愛い。

 ……は? 私、ヤバ過ぎない? これでひとの子とかマジ?


「こういう方向の仕事もありか……? 王子がこの手の服って、実はかなり需要あるんじゃ……? か、金の匂いがする……!!」

「ん? 何をブツブツ言ってるの?」

「何でもなーい! んじゃ、次はこれお願いします!」


 再度別室へ移動し、渡された服に着替えて。

 リビングに戻ると、ぼたんは「やばっ!!」と声を漏らす。


「似合うとはわかってたけど、ここまでとは思わなかった! ちょ、ちょっと写真一枚いい……!?」

「ん、いいよ」


 肩出しの白いニットにショートパンツ。


 ニットの丈が長いせいで、下に何も穿いていないように見える。

 そんなバチクソえっちファッションなのに、実際にはちゃんと穿いているから健全という仕上がり。


 やっべぇ……こりゃやべえよ、マジで。

 こんなの絶対に新、鼻の下伸ばしちゃうじゃん! 伸びに伸びまくって床に届いちゃうよ!


「えーっと、じゃあ次は――」


 といった具合に、三着目、四着目、五着目と着ていった。

 ひと通り着終わり、私はソファに腰を下ろす。


「ぼたん的には、どれが一番よかった?」

「んー……難しいなぁ。どれも好きだし、どれもお金になりそ――じゃなくて、折村くんに刺さりそうだし。デートの日はいつものメイクさん呼ぶから、そのひととも相談して決めよっか」

「そうだね」


 会議は一旦終了。

 流石に疲れて軽く息をつくと、ぼたんが「でもさ」と眉をひそめる。


「今回のデート、折村くんも気合い入れてきて、天城さんが逆に意識しまくっちゃって全然思う感じにアピールできない! ……とかない? そのあたり大丈夫?」

「へーき。新、私との外出でオシャレとかしたことないし」


 私を異性だと思っていないせいか、彼は本当に必要最低限しか気を遣わない。


 機能性重視。動きやすければそれでよし。

 もうちょっと着飾ればいいのに……と思うが、今回ばかりはありがたい。


 ただでさえカッコいい新がこれ以上ビジュアルを強化したら、絶対に私、オロオロしちゃってデートどころじゃなくなるし。


 チラチラ見まくって、でも目は合わせられなくて、受け答えもちゃんとできないくらい挙動不審になっちゃうこと間違いないし。


 あと、たぶん心臓が爆発して死ぬし。


 いやー、本当によかった! 新がオシャレに興味なくて!


 デート、頑張るぞ~~~!!




 ◆




 学校が終わり、すぐさま来栖が教室を出て行った。

 それを見たクラスの女子三人が、俺の机にやって来る。


「王子、すごい勢いで帰っちゃったけど大丈夫? 折村くんは行かなくていいの?」

「今日は休みなんだ。何かあいつ、今度二人で出かける時の準備するとか何とか言ってて」

「「「デートだ……!」」」


 声を揃える女子たち。


 デート……なのか? 

 まあ、男女二人で出かけるってところだけ切り抜けば、デートっちゃデートか。


「準備ってことは、王子、目一杯オシャレする感じかな……?」

「絶対そうだよ! 折村くんを射止めるつもりだよ……!」

「王子レベルでもそこまで頑張らないといけないって……折村くん、罪な男だなぁ……」


 三人はゴニョゴニョと声を交わし、ギラリとした目を俺に向ける。


「王子が頑張って準備してるんだから、当然、折村くんもいっぱいオシャレするんだよね?」

「え? いや、俺はそういうの別に興味ないし」

「興味のあるなしじゃなくて、せっかく王子が綺麗にしてくるなら、折村くんもそれに応えてあげるのが礼儀ってもんでしょ!?」

「そ、そうなのか……?」

「そうだよ! 隣を歩いてるひとがカッコよかったら、誰だって嬉しいもん!」


 あの来栖が今更そんなことを気にするとは思えないが、彼女たちの主張には一理あるなと思った。


 向こうが頑張って、こっちが頑張らないのは違う。

 俺が努力したところでたいした意味はないと思うが、それでもやらないよりはやった方がいい。


「……わかったよ。じゃあ、俺も新しい服でも買おうかな」

「それだけじゃダメだって! この際だから、靴からアクセサリーから全部揃えちゃおう!」

「ちょっと男子ー! ヘアセット教えてあげてー!」

「普段からテストとか部活の助っ人でお世話になってるし、今回はあたしたちが全力で手伝うよ!」

「えっ……あ、あの、そこまで気合い入れなくても……」

「「「いいから任せて!!」」」

「……は、はい……っ」


 瞬く間に俺を取り囲む、クラスメートたち。

 かくして俺は、神輿のように担がれながら買い物へと連行された。


 ……そんな気合い入れたって、どうせ来栖は気づきもしないだろ。

 無駄金な気はするけど……まあ、勉強代ってことにしとくか。




 ◆




 六月某日。

 天気は曇り。


 デートの待ち合わせ場所へ向かう中、遠目に新を発見した私は、


「わぁっ……あっ……!」


 頭を抱え、悶絶していた。



――――――――――――――――――

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