第2話 ぽっと出の女には負けない


 番組の打ち合わせ、そして取材が終わり、最後の撮影へ。


 スタジオのライトの下。

 衣装を着てポーズを取りフラッシュを浴びる天城は、何度見てもカッコいい。彼女はすごいやつなんだなと、こうして仕事場に来るたび実感する。


「……ねえ、折村君」


 天城のマネージャーで、所属事務所の社長――いずみぼたんさん。

 彼女は長い亜麻色の髪を揺らしながら深刻そうな面持ちで迫ってきて、コソコソと俺に耳打ちする。


「天城さん、今日どうしたの? もしかして、何か怒ってる……?」

「あぁー……まあ、その……たぶん……」


 クールでダウナーな天城。

 無表情がデフォルトなせいで感情が読みづらいが、俺や泉さんくらい付き合いが長いとおおよその考えは読める。


「困るよ折村君っ! うちは天城さんのおかげで成り立ってる、弱小事務所なんだからっ! 彼女のご機嫌取りも君の仕事でしょ!?」

「って言われても、何で怒ってるのか俺にはさっぱり……」

「……まさか、? あれは折村君がしてくれたのでしょ?」

「それ絡みじゃなくて、学校を出て車の中で話してたら急に不機嫌になって……」


 車内での会話を、丸々泉さんに話した。

 すると彼女は何かを察したように頷いて、気まずそうに目を逸らす。


「あぁ、そういうこと……困ったなぁ……」

「な、何がですか? 俺、そんなにまずいこと言ってました?」

「……会社を守るために事情を全て話して何とかしたいところだけど、あたしが動いたって天城さんに知られたら絶対にプライド傷つけるし、間違いなく怒って事務所辞めちゃうだろうなぁ……」


 うんうんと唸る泉さん。


 泉さんが動いたら天城が事務所を辞める?

 何がどうピタゴラスイッチしたら、そんな結果になるんだ?


 よくわからないが、俺はとてつもない地雷を踏み抜いたらしい。


「とにかく……折村君、もうちょっと天城さんに優しくしてあげて?」

「……自分で言うのも何ですが、十分に優しいと思いますけど。俺、あいつのためなら何でもしますし、実際してきましたよ」

「そ、それはわかってるけど、そういう優しいじゃなくて! 何て言ったらいいかなぁ……! 難し過ぎるよぉ……!」


 頭を抱える泉さん。


 そうこうしている間に撮影は終了。

 ライトの下から離れても天城は、心なしか先ほどよりも不機嫌オーラが薄い。よくわからないが、イライラモードが終わったらしい。


「お疲れ。じゃあ、帰ろうか。家まで送っていくよ」


 言いながら、いつものようにペットボトルを差し出した。

 それを受け取った天城は、戸惑ったように眉を八の字にして頬を染め、その場で小さく深呼吸。そして拳を握り締めると、トンッと一歩前に踏み出し。


「――……今夜はずっと、一緒にいて」


 俺の服の袖を引いて、焦りを帯びた甘い声でそう呟いた。

 瞬間、視界の端で泉さんが「よっしゃぁ!」と謎にガッツポーズを決めた。




 ◆




 私の親友――折村新は、とてもカッコいい。


「王子もいいけど、折村くんもいいよね」

「わかる。ぶっちゃけ、男子の中じゃ一番イケメンじゃない?」

「ずーっと王子一筋で、騎士みたいなとこも推せるわー」


 本人はまるで意識していないが、学校での女子人気は相当なもの。


 顔は整っており、背丈も私より頭一つ分高い。

 日々の鍛錬のおかげで身体は分厚く、実際、そこらの男より強い。


 そのくせ、そういったステータスを無暗にひけらかさないところが、余裕がある感じでカッコいい。


「折村の勉強の教え方、ほんと上手いよなー」

「勉強もそうだけど、スポーツもできるのずる過ぎるだろ」

「前にうちのバスケ部に助っ人で来てくれて、マジで助かったわ」


 仕事でどうしても学業をおろそかにしがちな私に教えるため、新は人一倍勉強に時間を費やす。

 結果、成績は学年トップクラス。勉強法やテスト対策を惜しげもなく周囲に公開するため、うちの学年の平均点は異様に高い。


 また運動神経も高く、部活の助っ人を依頼されることもしばしば。

 頼まれたら時間が許す限り参加し、確実に結果を残して去っていくことから、ちょっとしたヒーロー扱いを受けている。


 そして、何より――……。



「やめろよ。いじめとかカッコわるいぞ」



 新と出会ったのは、小学生の頃。

 日本人離れした見た目のせいで見事にいじめられた私を、周りの目など一切気にせず庇ってくれたのが彼だった。


 あの時私は、心底彼をカッコいいと思ったし――好きになった。


 皆は私を王子と呼ぶが、私にとっての王子はいつだって新だ。


 だから新とそういう関係になりたいけど、もしものことが怖くて何も言い出せず、いつの間にか片想い歴は十年に。


 この想いが届かなくても、彼はずっとそばにいてくれる。

 時間が経って、お互いに落ち着いたら、自然と一緒になれるんじゃないか。


 そんな甘っちょろいことを考えていた。

 ……つい、さっきまで。


『いきなり妹とか言われても不安しかなかったんだが、会ってみたらメチャクチャ可愛くてさ』


 車の中での新の発言を反芻し、ギリッと奥歯を噛み締めた。


 ……可愛い? はぁ!?

 何で……何でさっ! 私には一度だって、そんなこと言ってくれたことないのに!


 いつもいつもカッコいいって……いや、それはそれで嬉しいけど!!


 でも、私だって可愛いって言われたいよ!!


『いやもう、マジで天使って感じ。俺の顔見て、ずーっとニコニコしてるし』


 天使!? 天使ってなに!?


 私の方が、新の顔見てるじゃん!

 ずーーーっと見てるじゃん!


 写真撮ってこっそりスマホの壁紙にもしてるよ!

 中学の時に撮ったプリクラ、今も大事に財布の中に入れてるよ!

 

 まあ、ニコニコは……あ、あんましてないかもだけど。

 仕方ないじゃん、表情に出すの苦手なんだから……!!


『ちなみに名前は宵奈ちゃんって言うんだけど――』


 極めつけはこれだ。

 宵奈ちゃん。うん、いい名前だと思う。


 でもさぁ!?

 ぽっと出の義理の妹はすぐに下の名前で呼んで、もう十年の付き合いの私は未だに苗字呼びっておかしくない!?


 それを言ったら、ちゃん付けがいいのかとかすっとぼけるし……!!


 くそー!!

 ふざけんなー!!


 私のことも、来栖ちゃんって呼べよ~~~!!


「王子ちゃん、表情がちょっと怖いよ。もう少しこう、やわらかい感じにできる?」

「……あ、はい」


 カメラマンさんに言われ、私は表情を正した。


 いけないいけない。

 腹の中で怒りを爆発させていたせいで、今仕事中なのを忘れていた。


 ……しかしこれは、由々しき事態だ。


 宵奈ちゃん。天使みたいに可愛い女の子。

 新が私以外の異性の容姿を褒めたことなど、今まで一度もなかった。


 ということは、その女は私に匹敵するビジュアルの持ち主なのだろう。

 私と違って女の子らしく背が低くて、声が小動物みたいに高くて、おっぱいがバインバインで……そういう甘ったるい感じに違いない。


 そして妹の方は、確実に新に惚れている。

 しかも会って早々に交際を申し込むとか、絶対にロクな女じゃない。……でも、気持ちはわかる。新、カッコいいしなぁ。


 そんな二人が、遠くない未来、一つ屋根の下で過ごす。


 同じ食事を囲って、一緒にテレビを見て、休日は二人で遊びに行って。

 一緒にお風呂に入って、触りっことしかしちゃって、そのまま両親に隠れて部屋で……。


 う、うわぁああああああああああああ!?


 新の貞操が!!

 私が貰うはずの童貞が、ぽっと出の女にとられる!!


「王子ちゃーん、どうしたの今日? 何か調子悪い?」

「……いえ、何も」


 もう一度表情を律して、ふぅっと息を吐いた。


 ……一刻も早く新をおとして、私のモノにしないと。

 もう素直になれないとか、もしもの時が怖いとか、そんな悠長なことは言っていられない。


「お疲れ。じゃあ、帰ろうか。家まで送っていくよ」


 私は今日、


「――……今夜はずっと、一緒にいて」


 この鈍感野郎との関係に、決着をつける。




――――――――――――――――――


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