第3話 ダウナー系アホの子
時刻は午後八時過ぎ。
天城が一人で暮らす、2LDKのマンションの一室に到着。
「飲み物出すから、新は座ってて」
天城に促され、テレビの前のソファに腰を下ろした。
ここへ来るのは久しぶりだ。
相変わらず、無駄なものが一切ないモデルルームのような家。
ゲームや漫画と娯楽の類はあるが、基本的に綺麗に片付いており清潔感に溢れている。
……一緒にいてとか言ってたけど、どういうつもりなんだ?
新しいゲーム買ったから、二人でやりたいのかな。そういうことなら朝まで付き合うけど。
「お……お待たせ……」
「おう。ありが――」
コップにお茶をついで持ってきた天城。
俺はお礼を言いかけて、彼女の顔を見て続く言葉を飲み込む。
「……だ、大丈夫か?」
どういうわけか、天城の顔が今まで見たことがないほど真っ赤になっていた。
◆
「飲み物出すから、新は座ってて」
何とか新を連れ込めた。
ここが蜘蛛の巣だとも知らず、のこのことやって来ちゃって。
うへへ。もう絶対に逃がさないんだから。
よーし、早速ヤるぞ! ……とはいかない。
だって私も、初めてだから。
どうやってそういう雰囲気に持ち込めばいいとか知らないし。
ただ、手は用意してある。
「ふふっ……」
小さく笑みを浮かべながら、戸棚から小瓶を取り出した。
てれれれってれ~! 媚薬~!
少し前にネットで発見し、いつか役に立つのではと購入したものだ。
効果はわからないが、レビューは絶賛の嵐だった。だから大丈夫……の、はず。
こいつを新の飲み物に混ぜれば……ふふっ、はーはっはっ!!
私のことが欲しくなって、堪らなくなって!
手とか握っちゃったりして、押し倒したりしちゃったりして!
それで、それで……!
いいよ……って、私が快く受け入れればハッピーエンドってシナリオよ!!
ぽっと出の女になんかには、絶対に負けない。
新の身体に、自分が誰のモノか刻み付けてやる。来栖ちゃんで童貞を捨てましたって、一生言わせてやるからな。覚悟しとけよ。
「……量、これでいいのかな?」
コップに麦茶をついで、そこに媚薬を一滴追加。
説明書には、どれだけ使えとか書いてなかったしな。
うーん。
足りなかった時のこと考えたらもう一滴くらい……いや、もう全部入れちゃおう。余らせたって仕方ないし。大は小をかねるって言うし。
「味でバレたりしないよね……?」
媚薬を盛ったなんて知られたら、確実に怒られる。
変な味がしないかどうか、念のため確かめておこう。
「ごくっごくっ……ふぅー……」
微妙に甘い……か?
多少気になりはするが、普通の麦茶だな。
これなら何の問題もない。
「………………。…………。……ん?」
今になって気づいた。
ダメじゃん!?
私が飲んじゃダメじゃん!?
バカ!! 私のバカバカ、アホー!!
……や、やばい。
心なしか、身体がポカポカとしてきた。
私がやらかす前に、こいつを一刻も早く新に飲ませて襲わせないと。
「お……お待たせ……」
「おう。ありが――だ、大丈夫か?」
飲み物を持ってソファへ向かい、新の隣に腰を下ろした。
すると彼は、私を見るなり目を丸くする。
「え? 何が?」
「何って、顔赤いし……」
「いやぁ、暑くってさ」
「まだ五月だし、夜は肌寒いくらいだろ」
「もしかして」と眉をひそめた新。
……まさか、媚薬のことがバレたのだろうか。
新に身体を向けたまま仰け反ると、彼はそれを追って腕を伸ばす。
私の肩を掴み、ぐいっと引き寄せた。その男の子らしい力加減に、心臓が跳ねる。
「逃げるなよ。ちょっと来い」
「……っ」
低い声と乱暴な口調が、信じられないほど胸に響く。
全身から汗が噴き出し、呼吸が乱れ、彼を直視できない。
「んー……熱、とかじゃないな」
私の額に手を当てて、困ったように呟いた。
……もう、かなりやばい。
こっちの我慢がもたない。
「あ、新……これ……」
「麦茶? うん、ありがとう。あとで飲――」
「今、飲んで」
「え?」
「今飲んで。……命令っ」
「はぁ? まぁ、いいけど……」
コップを手に取り、ぐいっとひと呼吸で全てを胃の中へ。
やった……!
これで準備は整った!
あとは新がその気になるのを待つだけ……っと、その時が来る前に、私も十分喉を潤しておこう。これから新に、たくさん鳴かされちゃうからね。うへへ。
ぷはぁー。
あー、美味しい。
「……ん?」
舌に感じる、この微妙な甘さ。
どっちのコップに媚薬を入れたのか、そしてどっちのコップを新に渡したのか記憶を辿り、サーッと血の気が引く。頭を抱えて悶絶する。
「あっ……わぁ……っ」
身体がポカポカして、頭がほわほわしてて、興奮してて……。
完全に、渡す方を間違えた。
……媚薬、飲んじゃった。
私が全部、飲んじゃった……!!
――――――――――――――――――
媚薬はジョークグッズでただのビタミン剤なので、効果はプラシーボです。
翌日、ちょっとお肌の調子が良くなります。
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よろしくお願いいたします。
それでは、よいお年を。
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