第19話 苛立ち


「あ、折村くんっ! おはよう!」

「昨日はどうだった?」

「王子とのデート、上手くいった!?」


 休み明けの月曜日。

 いつものように教室に行くと、俺にオシャレをするよう言ってきた女子三人が話し掛けてきた。


「上手くいったかどうかは知らないけど、俺的には楽しかったぞ。おかげ様でな」

「じゃ、じゃあ、王子と何かあった……?」

「何かって?」

「いやだから、こう……思い出に残ることとか!」

「思い出って言われてもな……あいつとのやり取りは、基本的に全部覚えてるし……」

「そういうのじゃなくて、例えばお泊りしたとか!」

「ん? 泊まり? まあ、確かに俺の家に泊めたけど」


 そう言うと、なぜか彼女らはキャーと嬉しそうに声をあげた。


「あっ……でも、折村くんの親御さんはいた感じだよね?」

「いや、俺と来栖だけだった」

「「「キャー!!」」」


 いや、意味がわからない。

 ただ泊まっただけだろ。


「そ、それでそれで……!? 王子と何したの……!?」

「何って……二人でご飯作って食べて、一緒に恋愛映画観て――」

「「「キャー!!」」」


 映画鑑賞って、叫ぶほどのものか……?


「映画観たあとは!? そ、そのあとは、二人で……!?」

「先に来栖が風呂に入って、あとから俺も入って」

「「「おお……っ!!」」」

「そのあとは、二人で深夜までマリカーした」

「「「…………」」」

「楽しかったぞ」

「「「死ね」」」

「何でだよ!?」


 俺に対しゴミを見るような目を向け、ずかずかと帰って行った三人。

 それを見計らったように、「おーっす」と後ろの席の男子が背中を叩いた。


「昨日はアレ、ちゃんと使ったか? 折村のにはデカ過ぎたかな?」

「ふざけんなよ犬飼いぬかい。うっかり落として、来栖に見られるところだったんだからな」


 プリン髪にピアスが特徴的なクラスメート――犬飼陽太ようた

 先日行った美容院の息子で、俺のジャケットにコンドームをしのばせた張本人。


 ジッと睨むが、犬飼はまるで気にした様子を見せない。

 普段通りの明るくおちゃらけた笑顔で、「わりぃーな!」と俺の肩を小突く。


「それよか今日の球技大会、折村には期待してんぜー! 絶対優勝しようなっ!」

「……頑張りはするけど、普通に考えて隣の三組には勝てないだろ」

「そこはほら! お前が王子のストーカーぶん殴った時みたいな、スーパーパワーで何とかしてもらって!」

「無茶言うな。別に勝って何がもらえるわけでもないし、程々に頑張るよ。無駄に疲れたくないし」


 今日は期末試験前の一大イベント、球技大会。

 俺たち二年生の種目は、男子がバレーボールで女子がソフトボール。それぞれがトーナメント形式で優勝を争う。


 自分で言うのも何だが、俺は運動は得意な方。

 だがバレーボールという競技の特色上、チームメンバー全員の能力値が高くないといけないし、まして連携が取れないと試合にならない。


 隣の三組はバレー部の部員を多く抱えており、その中にはエースもいる。仮に決勝まで進めても、まず間違いなく負けるだろう。


「てか、来栖はどこだ? 教室にいないみたいだけど」

「あー、さっき三組のやつの呼び出されてたぞ。例のエースだよ。あいつも懲りねぇよな」

「……ちょっと様子見てくる」

「いてらー」


 ちょっと前を境に、うちのクラスで来栖に告白する人間はいなくなった。


 だが、その他のクラスや学年は違う。

 特に三組のバレー部のエースは、入学当初から来栖にベタ惚れ。多い時では毎週、少なくとも毎月彼女に迫っており、その惚れ具合は誰もが知っている。


「暴力とか振るうタイプじゃないからいいけど、もしもってことがあるからな……」


 三組の教室にはいなかったので、適当に空き教室を見て周った。


 すると、微かに来栖と男の声が。

 近づくうち、その声は段々と鮮明になり、


「いい加減にオレと付き合ってくれよ!!」

「……あー、ごめん。無理かな」


 やはりというか何というか。

 何十回と聞いたやり取りが繰り広げられていた。




 ◆




「いい加減にオレと付き合ってくれよ!!」

「……あー、ごめん。無理かな」


 三組のバレー部のいつものやつ。


 このひと、これで何十回目だ?

 いい加減にして欲しい。っていうか、普通に怖いんだけど……。


「もしかして、折村に申し訳ないとか思ってるのか? あんなの多少運動ができるだけのガリ勉だろ?」

「……」

「友達だってそんないるように見えねえし、絶対にオレといた方が楽しいって」

「……」

「親友だか何だかしらねえけど、いい加減に見放した方があいつのためだぞ?」

「……」


 ブチ殺すぞこの野郎!! お前みたいな部外者に、新の何がわかるんだ!!

 喧嘩売ってんのか!? じゃあ買ってやるよ!!

 在庫ひっくり返して全部持ってこい!!!!


 ……と言いたいところだが、グッと飲み込み我慢する。


 私が怒って、それで向こうが逆上して手を出してきたら大変だ。そうなったら、新がこいつを本当に殺しかねない。


「じゃあ、今日の球技大会でオレのクラスが勝ったら付き合ってくれねえか!?」


 じゃあって何だよ、じゃあって。

 自分の都合しかないのか。


 ……いやまあ、新がよく出来た男なだけで、高校生とか普通はこんなもんなのかもしれないけど。


 そもそもこいつ、バレー部のエースだろ?

 自分の得意な土俵で新と競うって、恥ずかしいとか思わないの?


 ……でも、これで負けたら、流石のこいつも心が折れて諦めるだろう。


 どうせ新は負けない。

 私の親友は最強だから。


「仕方ないな。付き合ってあげるよ、勝てたらね」

「マジで!? ありがとう!!」


 そう言って、彼は教室を出て行った。

 ため息を一つ落として、私も自分のクラスへ戻る。


「あっ。おはよう、新。実は――」


 登校して席に着いていた新。

 事情を話そうと声をかけたが、今まで見たことがないほど機嫌が悪そうで思わず唇を噤む。


「何だよ。どうかしたのか?」

「い、いや……大丈夫。何でもないから」


 声もどこか低く、私に対し壁を感じる。


 ……私、何かしたっけ?

 家に行った時、新のお菓子を勝手に食べたのがバレた? いや、そんなことで彼は怒らない。


「お前ら座れー。ホームルーム始めるぞー」


 担任がやって来て、私は自分の席に戻った。

 ホームルーム中も、新はずっと難しい顔をしていた。




 ◆




「もしかして、折村に申し訳ないとか思ってるのか? あんなの多少運動ができるだけのガリ勉だろ? 友達だってそんないるように見えねえし、絶対にオレといた方が楽しいって。親友だか何だかしらねえけど、いい加減に見放した方があいつのためだぞ?」


 教室の外から、そっと聞き耳を立てる。


 好き勝手言ってるなぁ、あいつ。

 まあ、別にいいけど。多少運動ができるだけのガリ勉なのも、友達がそんなに多くないのも事実だし。あとお前が来栖と付き合えないことに、俺はまったく関係ないぞ。


「じゃあ、今日の球技大会でオレのクラスが勝ったら付き合ってくれねえか!?」


 と、男は言った。


 ……何だ、こいつ。

 来栖を景品みたいに扱いやがって。あいつはモノじゃないぞ。


 大体お前、バレー部のエースだろ。

 自分の得意なことで、しかもチームスポーツでそんな賭けして恥ずかしくないのか。


 こんなフェアじゃない申し出、来栖が受けるわけがない。


「仕方ないな。付き合ってあげるよ、勝てたらね」

「マジで!? ありがとう!!」


 ……は?


 思わず声が出そうになったが、その感情を抱えたまま自分の教室に戻る。


 来栖をモノ扱いされたことへの憤り。

 そして、彼女がフェアじゃない賭けを飲んだことへの疑問。


 俺が負ける可能性とか考えてないのか?

 それだけ信頼されているってことなら、むしろ光栄だし別にいいけど……。


 仮に負けて付き合うことになっても、それでいいと思ってるとかじゃないよな?


 ……来栖が、誰かと付き合う。


 俺がとやかく口を出す話じゃないのに、なぜだか考えただけで胸の内側を虫が這うような感覚に襲われる。


 昨日キスしそうになったことを思い出し、あそこにいたのが俺ではなくあのエースだと想像すると、ものすごく気分が悪い。


「おう、折村! 王子とエースくん、どうだった!」


 と言って、犬飼が明るく笑った。

 俺はドカッと席に座り、


「……とりあえず、三組は全力で叩き潰すぞ」

「何があったんだよ!? さっきまで、無駄に疲れたくないとか言ってたのに……!」

「手足が千切れても絶対に勝つ。犬飼も協力してくれよ」

「て、手足って……お前、そんなこと言うキャラだっけ……?」


 俺も自分のことがよくわからない。

 ただ今は、むしょうに苛立って仕方がなかった。



――――――――――――――――――


 現在体調不良で、熱が38度後半出て執筆どころではない感じです。

 毎日更新を続けてきましたが、どこかでお休みを頂くかも。そうなったら申し訳ない。皆さんも体調には気をつけて。


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