第29話 二人っきりじゃないとできないこと


「新、大丈夫?」

「……大丈夫」

「何か冷たい飲み物、買ってこようか?」

「……悪い、頼む」


 遊園地に到着して、昼食を挟みジェットコースター

 これは特に問題なし。


 次いでコーヒーカップ。

 これも問題なし。


 そして満を持して、お化け屋敷へ。

 これはもう、問題しかなかった。


 宣言通り始まりから終わりまでずっと抱き着かれ、しかし場所が場所なだけに振り払えず。同じ理由でお姫様抱っこもできないので、腕がずっと温かいものに包まれていて死ぬかと思った。

 

 来栖だって、自分が女の子だってことはわかっているはず。

 なのにあそこまでくっつくってことは……俺、男だと思われてないんだろうな。ただ安全で無害なだけの付き人だって思われてるんだろうな。


「はぁー……」


 野太いため息が漏れた。


 俺と来栖の仲は、かれこれ十年近くになる。

 これまで何もなかったのに、俺がオシャレの一つや二つ頑張ったところで何とかなるのだろうか。可愛いと褒めたところで、意識してもらえるのだろうか。


 いっそ、俺が執着するのをやめて、別の誰かと幸せになることを応援した方がいいんじゃ……。

 そんな思いが胸をよぎった、その時。


「……ん?」


 ベンチに座る俺の服を、誰かが横からちょいちょいと引っ張った。

 誰だ? と顔を上げると、そこには今にも泣き出しそうな四、五歳の女の子がいた。


「えっ……ど、どうしたの? 俺に何か用事?」

「ま……ま、ママと……っ」

「ママと? なに?」

「えっと……え、えっと……!」

「ご、ごめん。お兄さんよくわからないから、ちゃんと言ってもらっていい?」


 できるだけ笑顔でそう尋ねると、女の子はプルプルと震えだし、しまいには大声で泣き始めた。

 お前が泣かせたのか、という周囲からの視線。「ちょ、ちょっと!」と焦るが、何を言ったらいいかわからず口ごもってしまう。


 この子と同じくらいの宵奈ちゃんと何度か遊んでいるけど、その経験がまるで活かせていない。そりゃ義理でも家族と他人じゃ違って当たり前か。


「……新、何やってるの? 小さい子泣かすとか最低だよ」

「ち、違うっ! この子が話し掛けて来て、そしたら勝手に泣き出して……!」


 ドリンクを二つ持って戻ってきた来栖。

 事情を察したのか、地面に膝をついて女の子と視線を合わす。


「見てみてっ」


 と、女の子の注意を引き。

 ドリンクを地面に置いて、おもむろに空いた両手で頬を摘まむ。


「へんなさかなー」

「「ぶふぅっ!!」」


 思い切り顔を左右に引っ張り、完璧に整った顔が嘘のような深海魚じみた変顔を披露。

 言葉通り間違いなく変な魚で、俺と女の子は揃って噴き出す。


 それを見た来栖は満足そうに頷いて、置いていたドリンクを手に取った。


「喉乾いてない? ジュースいる?」

「……い、いる」

「じゃあはい、リンゴジュースね。お姉ちゃんと乾杯しよ。はい、かんぱーい」

「かんぱいっ!」


 大袈裟にカップをぶつけて、ストローに口をつけた。

 そして、ぷはっと息をつく。女の子は笑顔を見せ、来栖は慈しむようにその子の頭を撫でる。


「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」

「う、うん……メイちゃんがわるい子だから……ママ、かえっちゃったかも……」

「メイちゃんって言うんだ。大丈夫だよ、安心して。ママも絶対、メイちゃんのこと探してるから」

「……ほんとう?」

「ホントホント! ねっ、新?」

「え? あっ……うん! 探してると思う!」

「ほら、お兄さんもこう言ってるから。遊園地のひとに言って、ママのこと呼んでもらおっか」


 女の子はおずおずと頷いて、来栖の手を取り歩き出した。

 俺はそっと近づいて、彼女に耳打ちする。


「……お前、やけに手馴れてるよな。何でそんなに知らない子どもと喋れるんだ?」

「うち親戚多くて、小さい子も沢山いるからさ。正月とかそういう行事になると集まってきて、私が面倒見てるんだよ」


 結構長い付き合いだが、初めて聞いた。


 女の子と手を繋いで、ゆっくり歩幅を合わせて歩く来栖。

 親友で、付き人で、同級生の女の子が、今は何だか一人の母親のようで……。


 上手く言語化はできないが、いいなと思った。

 他の誰にも渡したくないと、強く思った。


「おにぃちゃんも、こっち」


 と、女の子が空いた方の手を振る。

 俺は来栖の反対側に回って、女の子の手を取った。


 子ども一人分だけ、来栖との距離が遠い。

 でもこの位置から見る彼女の横顔は、今までに見た何よりも綺麗だった。




 ……っていうか俺、来栖は子供嫌いだとばっかり思ってたけど、これだったら宵奈ちゃんを紹介しても大丈夫そうだな。今度、スケジュールが合いそうだったら会ってもらおう。




 ◆




 メイちゃんを迷子センターへ送り届ける途中で、運よくお母さんと出会った。

 その場でお別れ――のはずが、何だか私に懐いてしまったようで一緒に遊ぶことに。そして日が暮れてきたところで、お母さんに引っ張られながら大号泣で帰って行った。


「メイちゃん、可愛かったな」

「そうだねー」


 いまだ聞こえる泣き声を背に、私たちは遊園地の出口から中心部へと戻る。


 あの子の登場で何をしに来たのかわからなくなってしまったが、たまにはこういうのもいいだろう。新と二人きりでどこかへ行くのは日常茶飯事だが、ああいうトラブルは初めてだったし。


「……ん?」


 ふと、先ほどの新の発言が気になり首を傾げた。


 ……言われてないじゃん。


 私!! 今日!! まだ!!

 可愛いって言われてないじゃん!?


 ちょっとこれ、どういうこと!?

 今日の私、メチャクチャ可愛いよね!?


 前はバカスカ可愛い連呼して、いきなり言わなくなったかと思ったら、今度はデートとか言って私を誘って……!! それなのに可愛いは言わないとか、時代が時代なら極刑ものの犯罪でしょ!! ってか、私が裁きを下してやろうかボケェ!!


「俺たちはこれからどうする? 遊園地出て、外で夕食ってのもありな気がするけど」


 なにをテメェ、勝手にデート終わらせにかかってんだよ!!

 ざけんじゃねぇ……そんなこと許せるか……!!


 ……迫ってやる。


 遊園地だからって油断してるな?

 こういうところでも、その気にさせられる場所はいくらでもあるんだぞ……!!


「外は……やだ」

「わかった。じゃあ――」

「新っ」


 彼を呼び止めて、そっと腕に抱き着く。


 きゅるんと、渾身の潤んだ瞳。

 小動物のように見上げて、甘えるように口を開くが、


「――観覧車、乗らないか」


 私が声を発する前に、新が言いたいことを言ってしまった。


「い、いや、ずっと考えてて……どっかで二人っきりになれないかなって……」

「…………」

「夕食前に、どうかな? 最後に二人で乗ったの、小学生の時とかだし」

「……あ、うん。いいよ、乗ろっか」


 完全に予想外の提案に面食らってしまった。


 いやいや、落ち着け私。

 コンドームの時だって、散々期待して結局何もなかったじゃん。今回だって何もないよ、きっと。


「何で……二人っきりに、なりたいの……?」


 不要な期待はしたくないので、一応聞いておいた。

 どうせ人ごみが疲れたとか、そういう理由だろう。知ってるんだからね。


「それは……――」


 と、気恥ずかしそうに頭を掻いて。



「二人っきりじゃないとできないことを……し、したいから?」



 ……………………。

 ………………。

 …………。


 ん?


 ピーガガガと私の頭の中で音が鳴る。

 来栖コンピュータが、“二人っきりじゃないとできないこと”が何かを予想し、その結果をはじき出す。



 ――――セックスだ。



 こいつ遊園地内で、よりにもよって観覧車でおっぱじめる気だ!?

 や、やべぇよ新……!! とんでもない男だ……!!


 いいのか私……初めてが観覧車とかいう、えっちな漫画でしか見たことないシチュエーションでいいのか……!?


「く、来栖? いきなり黙って、大丈夫か……?」


 考えて、考えて、考え抜いて。

 私は力強く、拳を握った。


 ――うん!! まぁ、いっか!! 何でも!!


 細けぇこたぁ、ヤッてから考えればヨシッ!!

 よっしゃー、気合入れるぞーっ!!




 ◆




 今日、来栖に会った時からずっと思っていた。


 ――可愛いと言いたい。

 彼女が喜ぶとかそういう理由ではなく、これは俺自身の望みだ。


 毎秒可愛くて、視界に入るたび可愛くて、しかし安直に言ってはいけないと注意された手前ずっと欲求を押し殺していた。それは、美味しいものを食べて美味しいと言うことが許されないようなもので、俺にとっては拷問に等しい。


 だからこその、観覧車。

 二人きりの空間なら、品も雰囲気も申し分ない。来栖に恥をかかせることもないだろう。


「ふぅーっ! ふぅーっ! 観覧車……観覧車……っ! ふぅーっ! 観覧車……ふぅーっ!」


 にしても、何で来栖はさっきから鼻息を荒げてるんだ……?


 そんなに観覧車、好きだったのかな。

 知らなかったなー。



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